637.悔やみの先へ
「……寝坊した」
浴びる陽射しの強さで、いつもより遅い起床だと判る。
「う~ん♡」
ベッドの左隣には、ドライアドのNPC、ヨシノが裸で眠っていた。
「ハァ~……まぶし」
右隣でヴァンパイアロードの隠れNPC、エルザが起き上がる。
「おう、おはよう、コセ」
「う、うん、おはよう……」
昨日、クエストが終わって暫く街でルーカスが現れるのを待っていた俺は、二人と一緒に“神秘の館”へと帰還した。
みんな疲れていたらしく、起きていたメンバーも俺が帰るなりさっさと寝てしまい……少しやるせない気分になった俺は、二人に誘われるまま……。
「なんだ、朝からシたくなったのか? 男は朝でもシたくなるらしいな」
「い、いや、大丈夫だから」
さっさと起き上がり、装備を付けて部屋を出る。
★
「ごちそうさま」
「どういたしまして~♪」
遅く起きた俺のために、朝食を温め直してくれたサトミに礼を言う。
「フフ、あんまり思い詰めていないようで安心したわ」
「うん?」
「昨日のコセさん、クエストが終わった直後、凄い形相だったわよ?」
「……そっか」
だからヨシノとエルザは昨夜、俺を誘ったのか。
「本当は私も、コセさんが戻って来るまで起きてようと思ってたんだけれど」
「サトミは朝食作りで早めに寝る必要があったんだから、当然だよ」
それにしても、リビングで一人朝食を取るなんて、こっちの世界に来てから初めてだな。
「たまには、こういうのも悪くないな」
「ユウダイ様」
食後の紅茶を飲んでいると、メイド長のナターシャが入ってきた。
「おはよう、ナターシャ」
「おはようございます、ユウダイ様。本日ですが、メルシュ様とレギオン幹部皆様の判断で、攻略はお休みとなりました」
「当然だな」
俺はすぐにルーカスとの待ち合わせ場所に行く必要があったから詳細は把握してなかったけれど、重傷者が数人いたようだし。
「……全員、無事だったのか?」
「もっとも重傷だったヒビキさんも、朝から外で稽古していますよ」
つまり、全員問題ないと。
「トゥスカは?」
「モモカ様達と外に」
「ありがとう、ナターシャ」
「片付けは私が」
「本当に助かる」
からになったティーカップをナターシャに任せ、彼女の頭を軽く撫でてから外へと向かった。
★
○戦士.Lv79になりました。回復アップセット機能解禁。オールセット機能にも反映されます。
○戦士.Lv80になりました。“武術強化”が“超武術強化”に進化しました。
魔法使いの場合は、“魔法強化”から“超魔法強化”かな?
Lvアップで手に入る職業固有スキルはスキルカードとしてドロップしないらしく、俺が“魔法強化”のスキルを手に入れる方法は基本的に無いらしい。
「ていうか、昨日のクエストでLvが2も上がってる!」
堕天使の軍勢の時に上がったばっかりだったから、“共有のティアーズ”があっても暫くは上がらないと思っていたのに。
「《エクリプス》メンバーのLvが高かったのか、それだけ多くの悪魔を皆が撃退したって事なのか……」
SSランクを所持した小児性愛者、ルーカス。
やっぱり、逃げられるべきじゃなかった。
エルザじゃなくて、俺がボス扉を張っていれば……いや、昨日エルザが言っていた通り、俺一人で残党全てを敵に回すのはさすがに危険すぎだ。
「……SSランク武器の精錬を、俺が三つ同時にできてさえいれば」
それなら、さっさとケリを着けられたはず!
「ほら、治ったわよ、モモカ」
「良かったですね、モモカ」
近場から、メルシュとトゥスカの声が聞こえてきた。
「フッふふふ! ローゼ様の完全復活!」
「鍛冶屋で高速修理されたばかりなんだから騒ぐな、ローゼ」
バトルパペットのローゼとマリア……昨日のクエストで壊されていたのか。
「……」
「モモカ、どうかしたのか?」
「アンタが辛気くさいからよ、マリア」
「そんなわけ――」
「良かった!!」
モモカが泣きながら、ローゼとマリアを抱き締めた。
「「モモカ?」」
「あんな風に別れるの……もう、絶対に嫌だよ!」
「「……ごめん」」
二人がモモカを庇って、酷く損傷してしまったってところか。
俺からも、ローゼとマリアに礼を言っておくか。
「皆、おはよう!」
五人に声を掛けた瞬間――モモカの身体がビクッと震えたのが見えた。
「モモ……カ?」
「こ、コセ、おはよう!」
モモカが無理に笑顔を作って、返事をしたののが容易に解ってしまった。
「……それじゃあ、俺はヒビキさんの様子でも見てくるよ」
必死に声が震えないように抑えながら、俺は急ぎ足にならない程度にその場を離れた。
「……あのクソ野郎かッ」
怯えの原因は、十中八九ルーカスだろう。
つまりモモカは今、男の声が聞こえるだけで反射的に怯えてしまうような精神状態になってしまっているということ。
「マスター……」
……メルシュが追ってきたらしい。
「攻略は、暫く休もう」
今のモモカを連れ歩くのは危険だし、昨夜、四十四ステージへと進んだルーカスが観測者からの情報で再び待ち伏せしている可能性もある。
考えれば考えるほど、昨夜、奴を仕留められなかった自分が情けなくなってしまう!!
「……解った。皆には昼食の時にでも伝えるね」
「ああ、頼む」
重い足で、俺はヒビキさんを探す。
自分の身体がフラついているのかもよく分からない状態で、微かに聞こえる剣戟の音を頼りに。
「ク! やっぱ、長物相手はやりづれぇな!」
戦っているのは……ヒビキさんとレン?
「ハアアアアッ!!」
木槍と木斧の激しい応酬……ヒビキさんの気迫が凄まじい。
「……コセさん?」
身体を小さくするように体育座りしていたのは、藍色の髪と白いカチューシャが映えるフミノさん。
「ああ、おはようございます」
「お、おはよう」
なんだか様子が変だな、フミノさん。
「――ハッ!!」
ヒビキさんの怒濤の攻めにより、レンの木斧が弾き飛ばされた。
「ハアハア、ハアハア」
「……朝からずっとすげぇ気迫だな、ヒビキ。お前、大丈夫か?」
「今日は、徹底的に自分を苛め抜きたい気分ですので!」
本当に、凄い気迫だ。
「というわけでコセさん、相手をお願いできますか?」
あれだけの攻防の最中だったにも関わらず、俺に気付いていたらしい。
「……ああ、良いよ」
俺も、思いっきり身体を動かしたい気分だったし。
「ほれ、コセ!」
大きめの木剣を投げ渡してくれたのは、山猫獣人のサンヤ。
「ありがとう……もう一本あるか?」
「ほいよ!」
もう一本受け取り、二刀流で構える。
「長物相手に、大剣の二刀流ですか」
「不利なのは解ってるけれど――俺も、今日は自分を苛め抜きたい気分なんだ」
「気が合いますね」
「ああ、本当に」
ヒビキさんの槍を握る手に力が込められた瞬間――自分から仕掛ける!!




