633.ハンニバルデビル
「ハアハア、ハアハア」
「悪魔、こっちには来ないみたいですね、ノーザンさん」
馬獣人のケルフェが知らせてくれる。
「悪魔の大群が現れるなんて思ってなかったから、《カトリック》を始末するのに力を使いすぎた」
始末できたのは、ケルフェと二人でたった八人。
多ければ百人超えのレギオン。コセ様のためにも、もう少し片付けておきたかったのに。
「は、離せぇぇッ!!」
「やめてぇぇぇ!!」
見覚えの無い集団三人が、大型の黒ネズミ、“デビルハムスター”によって生きたまま食い殺される。
任務で盗賊を探していたら、洞穴の中でネズミ系のモンスターに食い殺されていたなんて例は少なくなかったな。懐かしい。
「《カトリック》の奴等か――なに、この感じ?」
怖気の正体を探ろうとした瞬間、地面に走る赤光の地割れから黒灰色の腕が伸びてきて……デビルハムスターを掴んで引きずり込んだ!?
「なんですか、今の?」
「解らない。けれど――」
更に何度も腕が伸び出て、そのたびにデビルハムスター、更にはレッサーデーモン、イービルスパイダーと、どんどんモンスターを引きずり込んで!!
「ここもマズそう。離れた方が――ケルフェ!!」
「しま――」
見えていたのとはまったく別の場所から伸びてきた腕に、ケルフェの足が掴まれた!!
「“超高速”!」
引き摺られていくケルフェを急いで追う!
「“超竜撃”!!」
赤い光に引きずり込もうとする腕を、間一髪で切り飛ばした。
ユリカさん達が根獄で手に入れたというブラウンの斧、“グレイトドラゴンアックス”……コセ様とのお揃いで♡
「ノーザンさん!」
僕に向かって、今度は腕が三本も襲い掛かってきた!?
「“超高速”!」
ケルフェを抱えながら、屋根の上へと逃れる。
「あの腕、赤い光のどこからでも現れるのか」
赤い光のラインの一部が、ひときわ強く輝き出した!!
『ギィァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!』
腕を一つ失った、元八本腕の異形が姿を現す。
青灰色の爬虫類のような肌を持つ、二足歩行で首が埋まった……まさしく悪魔、化け物という呼び名が相応しい不自然な異形の存在。
「く!」
凄まじい瞬発速度で、屋根の上まで追い掛けてきたか!
『ギギギ!』
腕を明後日の方向に伸ばし――捕らえたグレーターデーモンを、口を大きく歪ませて食い千切った!?
しかも、僕がぶった切った腕が再生したばかりでなく、身体が一回り大きく!
「コイツ、捕食する事で力を増すタイプのモンスターか!」
なら、今ここで始末しないと危険すぎる。
何より、赤い光の中から出て来た今しか、コイツを仕留めるチャンスは無いと思った方が良い。
「ケルフェ」
「はい、仕留めましょう!」
幸い、あの捕食悪魔を恐れてか、他の悪魔達は一定の距離を保ってこちらへは近付いて来ない。
「“雪玉発射”!!」
腕の一本を盾に、構わず距離を詰めてきた!?
「“獣化”――“闘気盾”!!』
馬の人獣になったケルフェが、正面から隻眼の盾を掲げて体当たり。
『“砂鉄盾術”――アイアンサンドチャージ!!』
屋根を飛び出し、向こうの家の壁へと自分から突っ込むケルフェ。
『クッ!!』
不自然に壊れない家の壁からケルフェが弾き飛ばされ、逆に向かいの壁に叩き付けられる!
「“獣化”――“超高速”!!』
ケルフェに襲い掛かろうとする捕食悪魔の背後を、牛の人獣形態で取った!
『――“極寒断ち”!!』
“極寒忍耐の破邪魂”の力で、凍結切断!!
『コイツ!!』
二本の腕を犠牲に、本体への直撃を避けた!?
『――砂嵐脚!!』
僕に気を取られた捕食悪魔の頭をケルフェが狙うも、あちらも腕二本を犠牲に防がれてしまう!
弾かれた捕食悪魔は下側の腕でバランスを整えながら、最上部の腕二本を伸ばしてアークデーモン、バットアバターを新たに捕食――再び腕を再生させるだけでなく、腕が十本に増えて蝙蝠の翼まで生えた!?
『――“暗黒砲”!!』
口から暗黒の砲撃を!?
『“超高速”!』
『“早駆け”!』
凄まじい威力――余波だけでこれなんて。
『『ああああッッ!!』』
伸縮する十本の腕で、二人とも回避直後に殴り飛ばされたッ!!
アイツ相手に、消耗を抑えるとか考えている場合じゃない!
ケルフェも同じ考えに至ったのか、同時に“獣化”を解除。
「“ニタイカムイ”!」
「“ミケカムイ”!」
互いに武具に九文字刻むと共に、僕はパワー特化、ケルフェは速度特化の神を降ろす。
息つく暇もない程の激しい攻防の末、奴の腕をボロボロにしていく。
捕食さえすればいくらでも再生できると理解しているからなのか、躊躇いなく腕を盾にし続けるか、この悪魔。
「ぁあッ!!」
ケルフェが、尻尾で弾き飛ばされる!!
腕に注意を引き付け続けてからの、尻尾の薙ぎ払い……コイツ、間違いなくそこらの悪魔よりも知能が高い。
「しま!!」
こちらの攻勢を崩されたところで、三度悪魔の捕食を許してしまった!!
しかも、今度は身体が一回り大きくなるだけでなく前傾姿勢となり、肌が黒い装甲に覆われていく。
「く――“凄愴苛烈”!!」
もはや、一刻の猶予もない! 無理をしてでも一気に仕留める!!
『ギギギィッ!!』
身を削る身体強化を施しても、ここまで強化された奴の守りを崩せないどころか、余裕であしらわれてしまう!
「“超竜撃”――“極寒断ち”!!」
武術よりも早く繰り出せる武具効果で攻撃し、刹那の隙を作り出す!
お願い、ケルフェ! なんとかこの隙を突いて――
「“閃光の如き生き様”――――“殴打撃”!!」
悪魔の感知を掻い潜って、白い閃光の一撃が捕食悪魔の脇腹を打ち据え――吹っ飛ばした!?
「えっと……コトリ?」
「無事だった、ノーザン?」
笑顔で余裕そうだな、コイツ。
『ギ……ガギ――ィィィ!!』
「アイツ、逃げるきか!!」
捕食する素振りすら見せず、一心不乱に。
どれだけコトリの一撃が堪えたのか、知能が高い故に恐怖感もいっぱしなのか。
「追うよ、コトリ、ケルフェ!」
「いや、大丈夫だと思うよ」
「へ?」
「――“神代の聖十字”」
捕食悪魔の背後から迫る青白い滅却の光により、呆気なく、跡形もなく……捕食悪魔は滅び消えた。
「今のは……」
暗がりから現れたのは、豊かな橙髪を靡かせた銀鎧の戦士、イチカ。
そのイチカの手の十字架には、僕が未だ到達し得ない領域、十二文字の神代文字が刻まれている。
……コセ様と出遭ってから、いったいこれで何度目の嫉妬だろうか。




