619.九尾のタマモ
「“硝子の鑑み”――“熱光線”」
硝子の剣、“キヤイウメアイ”の切っ先から放った光線を、頭上に浮く円形の硝子鏡にぶつけ――数十メートル離れた怪鳥に直撃させて焼き殺した。
「フー、実戦でもなんとか使えそうね」
「やったじゃん、マリナ」
コトリが褒めてくれる。
「動く相手を狙って当てられるなら、本格的に戦術に組み込んでも良いのでは?」
ケルフェの提案。
「まあ、威力も射程も上がるし、遠くの相手を狙うなら良いかもね」
斜角の微妙な調整で乱反射させるとか、かなり扱いが難しい分、器用な使い方も出来るみたい。
「やりおるね~。うちの活躍する暇はなさそうやわ~」
これまでろくに戦っていない九尾のタマモ。
「そろそろ、タマモの実力が見たいんだけれど」
「私もだ」
コトリとエトラの声が少し低い。
「ええよ。ちょうど良さげなのがきよるようやし」
木々から多数の気配を放ちながら現れたのは、十を超える猿顔の悪魔――“レッサーデーモン”!
「ほな」
前に出るタマモの九つの尻尾から、それぞれ武器が出現――突撃してきた“レッサーデーモン”の群れを、自在に動く尻尾で正面からねじ伏せた!?
しかも、尻尾で握る太刀や棍棒で、何体かは絶命したらしい。
「“桜火武術”――指情断ち」
花のように燃える太刀、“悪路王の毛抜形太刀”を横に薙ぎ、生き残っていた猿悪魔達は全滅した。
「このくらいの雑魚相手なら、うちでもどうとでもなります」
わざとらしく口元の笑みを隠す妖艶な遊女、タマモ。
「尻尾だけで九つの武具を同時装備……強力な装備が揃えば揃うほど、強くなると言うわけか」
エトラが畏怖を抱いていそう。
「それはあんさんらもおんなじやろ? あんまり持ち上げておくんなまし」
「「「「いやいやいや」」」」
私達は基本的に、多くても片腕に一つずつの計二つしか装備できない。
サブ武器欄の武具だって実体化させてなければなんのバフも受けられないし、実際に使わない武器を背負ったり腰に括り付けながら戦うのは邪魔だし。
「控えめに言っても、装備次第で最強の隠れNPCになれるんじゃ……」
「まあ、NPCの中でならねぇ。ただ、どれだけ頑張っても、NPCが神代文字を刻めない事実は変わりゃしやせん」
「つまり、アルファ・ドラコニアンみたいな奴等には戦力外って事?」
「その通りや」
神代文字無しではまともに太刀打ちできない相手には、確かに無力と言って良い。
まともに戦ったわけじゃないけれど、傍目からもそれが解るくらいには、あの化け物蜥蜴は恐ろしい存在だった。
アレを相手にするのは、正直怖い。
「他には、神代文字を刻めるプレーヤーとかもやね。真っ向からの勝負では、うちらはあんさんらには勝てやせんやろ」
「NPCよりも、神代文字を刻める仲間を増やす方が大事ってわけか」
コトリの意見は確かにそうだけれど、疲れ知らずで正確な情報をくれるNPCの存在はありがたい。どんな武器だって使いこなせるからか、私達に新しい戦術を提案してもくれるし……もしかして、だからメルシュは、使用人NPCの数を増やさないの?
確か、使用人NPCに使えるチップは全部で七。あと二人は増やせるはずだし。
「レッサーデーモンが出たいうことは、ここからは強い悪魔系モンスターが出て来る証拠。後方の本隊と合流した方がええやろねぇ」
ホイップは元人間だから、ここまで建設的な気遣いはしてくれなかった。
なんだかんだで、タマモと代わってくれて良かったのかもね。
●●●
「ハイパワースラッシャー!!」
突進してきた“ワイルドボア”を両断。
「爆裂脚!!」
「“殴打撃”!!」
トゥスカ、セリーヌが“グレーターデーモン”を蹴散らす。
「悪魔系のモンスターが増えてきたな」
襲ってくる半分以上が、動物のようなモンスターから悪魔っぽい奴に代わってきている。
「ルートがパーティー事じゃないからか、襲撃の頻度も数も多い……面倒だ」
今は俺のパーティーが先頭になる番のため、俺達に負担が集まっていた。
「そろそろジュリー達と交代しようと思ってたけれど、安全エリアが見えてきたね」
進むほどに鬱蒼とし、暗い場所が増えてきた森の中、不自然に明るい場所が目の前にポツリとある。
「なら、このまま行こう」
あまりモモカに戦わせたくないし。
何事もなく安全エリアまでたどり着く。
○パーティー事にランダムに誘われます。
●捨てられた教会 ●根獄の暗路 ●屍魔道学園
●悪魔憑きの迷園 ●暗部養成所 ●魔女裁判跡地
●悪魔竜の渓谷
「今回は選べないうえ、七カ所もあるのか」
「オリジナルでは、この中から二カ所を選んで宝を手に入れるという内容だったはず」
ジュリーの話だと、本来とは違う仕様らしい。
「そういえばこのゲーム、結構説明が不親切なところあるけれど……」
「敢えてそうしている部分はあるって、パパは言ってた。落ち着いて考えたり、ちゃんと情報を集めれば解るようにしてるって」
「一種の謎解き要素か」
「それでも、このダンジョン・ザ・チョイスはかなり改悪されてる――絶対に赦さない」
なんか今一瞬、ジュリーが厄介オタクに見えたような……。
「それと、私はこの“悪魔竜の渓谷”というのに覚えが無い。そもそも、ここでの選択肢は全部で六つのはずだ」
「観測者側が新しく用意した物か……ユニークスキル獲得イベントの可能性は?」
「無いとは言い切れない。私も、そこまで記憶に自信が無いから」
「そっか」
だとしても、二つ選択する場面で一カ所だけに変更された理由はなんなんだ?
「この先六カ所の情報は膨大だから、今日の午後は丸々、攻略情報を教えるのに使っちゃって良いかな?」
メルシュからの提案。
「まあ、良いけれど……なんか最近、やたら攻略を遅らせようとしてないか?」
四十ステージに長く留まってた一因は、メルシュから提案された模擬レギオン戦。
四十一ステージの時はそうでもなかったけれど、四十二ステージの攻略開始はかなり明確に遅らせようとしていたように思える。
「……そんな事ないかな」
露骨に顔を横に……無理に誤魔化す気はないけれど、まだ言いたくないって感じか。
「メルシュ、お前はそういうところで不和を生んでるんじゃないか?」
ジュリーは人のこと言えなかった気がするけれど。
「それはまあ……」
「時期が来たら教えてくれるんだろうな?」
「……うん、約束する」
自然と指切りげんまんする俺達……知ってるんだ、指切りげんまん。
「まあ、私もメルシュが裏切るとは思っていないが」
「メルシュは、俺のこと大好きだしな」
「――ちょ、マスター!?」
赤面して慌てているメルシュは珍しい。
「まあまあ」
一昨日、“超同調”を使って存分に身体を重ね合わせた事で、メルシュの俺への気持ちはちゃんと理解しているつもりだ。
トゥスカ達と比べると、色々解りづらかったけれど。
「あ、頭撫でないでよ……」
「嬉しいくせに」
「……コセ」
ジュリーが、頭頂部が見えるように頭を差し出していた。
「「……フフ」」
「おい、笑うな!」
顔を赤くして慌てていたジュリーを思う存分撫でたのち、俺達は昼前にこの日のダンジョン攻略を切り上げた。




