616.《エクリプス》の処遇
レギオン戦が終わり、戦いの対価を貰うために黒い空間へと転移された俺達。
そんな俺達の前には、土下座する百人超えの《エクリプス》メンバーが居た。
全員で綺麗に……なんだ、この無駄な一体感。
「モモカ、バニラ、今から難しい話が始まるので、私達は先に戻って遊んでいましょう」
「うん、判った!」
「ガウ!」
さすがヨシノ。今回は上手く連れ出してくれたな。
「それで、何をしている?」
「どうか、穏便に済ませて頂けないかと……一発ヤらせろとかなら、女総出で喜んで――ヒッ!!」
トゥスカ達からの圧にビビり、再び地面に額を擦りつける女。
「ご主人様、彼女が例のSSランク持ちです」
「てことは、レギオンリーダーで間違いないか……それで、なんでレギオン戦なんて仕掛けて来た? それも、ルール無用なんて」
おかげで、このレギオン戦の落とし所をこっちで考えなければいけなくなってしまった。
一応、Aランク以上の武具を取り上げるのが妥当、くらいには考えていたけれど。
「わ、私達は、そうやってレギオンを拡大してきたのよ。倒したレギオンを丸ごと取り込む形で……」
「……メルシュ」
「私達のレギオン結成時に、レギオンリーダーだった人間の顔が三名居るね。その女以外で」
冒険者ギルドのレギオンに関する張り紙には、レギオンリーダーの顔が載っているからな。
「……なんのためにレギオンを……」
いや、相手が嘘つきなら、質問してもあまり意味が無い。
「――“超同調”」
リーダーの女と意識を同調させ、向こうの目的を曝――
「ダメ、マスターッ!!」
「――――――ウォエェェェぇぇぇぇぇぇッッ!!!?」
向こうと意識が同調し始めた瞬間、激しい嫌悪感と吐き気に襲われてしまうッ!!!
「ご主人様!?」
「ユウダイ!?」
「ユウダイ様!!」
トゥスカにマリナ、ナターシャの声のお陰か、思わず膝を付くほど意識を持っていかれそうになったけれど……なんとか持ち堪えられた。
「大丈夫……――“超同調”」
女の意識の中で見た犠牲者の男と同調し……再び激しい嫌悪感に襲われるッ!!
「――いい加減にしなさい! 貴方の精神がおかしくなってしまうわ!!」
普段とは違うメルシュの一喝に……少しだけ心が洗われた。
「ご主人様……」
「あんた、本当に大丈夫なの?」
二人が両脇から支えてくれるも、俺はすぐにそれを拒んでしまう。
「…………メルシュ、コイツら全員を、さっきのフィールドに装備無しで送ることは可能か?」
「……それが、レギオン戦の対価なら」
そうか、可能なのか……モモカが居なくて良かった。
「Cランク以下の武器と盾だけ持たせて、コイツらを裸でフィールドへ」
「了解」
「ちょ、ちょっと待っ――――」
慌てる《エクリプス》達の声が、一瞬で全て途切れる。
「……声が向こうに聞こえるようにセットしたよ」
「ありがとう、メルシュ――今から一時間殺し合え。生き残った一人だけを自由にしてやる。複数人が生き残った場合、全員に死んで貰う。では、始め」
ルールを理解した奴等から、さっそく殺し合いが始まる。
「ユウダイ……本気で言ってるの?」
「メルシュ。一時間後、誰も殺さなかった奴だけ、装備そのままに解放しろ。奴隷からもな」
「うん……」
「…………ッ!!」
ダメだ。最後まで見届けるのが俺の義務だと思ったけれど、同調による嫌悪感と目の前の光景に……耐えられそうにない。
「スマン……帰る。メルシュ」
「うん、こっちは任せて」
レギオン戦の対価の設定が終わったため、レギオンリーダーである俺も、レギオン戦の空間から帰還する事が出来た。
●●●
私は……なぜ付いてきてしまったのだろう。
「大丈夫ですか、ご主人様?」
トゥスカさんに肩を貸され、なんとか寝室までたどり着いたギルマス。
「……」
憔悴しきった彼を間近で見て、嘲笑しようとでも思ったのだろうか。
「……水を持ってきます。エレジー、ご主人様をお願い」
「へ?」
急ぎ足で出ていくトゥスカさん。
「……」
私にどうしろと?
目の前には、項垂れたままピクリとも動かないギルマス……たぶん、今なら簡単に殺せる。殺せてしまう。
「……いったい、何を見たんですか?」
何を期待したのか、自分から声を掛けていた。
「……気持ち悪い物……かな」
意識の同調をした途端に嘔吐するなんて、いったい何を垣間見たのか。
「気にしても仕方ないのでは?」
何を見たのかは分からずとも、《エクリプス》のメンバーがろくな連中じゃないのは、あの短いやり取りだけでも理解できた。
「――リョウにも、似たような気持ち悪さを感じていたとしても?」
「どうして……そんなことを私に!」
「……ごめん。自分で、自分がコントロール出来なくて……今は、俺の近くに居ない方が良い」
ギルマスのリョウ様に感じていた嫌悪感の正体を……私は知っている。
私の仲間を殺した女の脅しに追い詰められ、彼がマーリとキューリを売り渡した一部始終を……私は見ていたから。
冷静になればなるほど、私の仲間を殺したはずの女に同情さえしたくなってくる。
彼女の最後の言動は、《エクリプス》の奴等とは全然違っていた。
この世の全てに、特に男に、強い嫌悪感を覚えていたみたいで……だからって、許すつもりになんてなれないけれど。
「私は……私の事も、気持ち悪いですか?」
「……その問いに、いったい何の意味があ――」
答えが知りたくて、私は――彼の頭を抱きしめていた。
抱き締めた瞬間、彼の身体が強ばるも……すぐに力が抜けていく。
「……良かった」
彼に自分の存在が認められた……そんな気がして。
「俺は……元から、人間は気持ち悪いって思ってて……だから関わりたくなくて。でも、この世界にきて、初めてそうじゃない……人間だって思える人に遭えて――どうして、人間じゃない奴等と人間と同じように接しなきゃならないんだ!!」
私の胸が濡れていく……。
ずっと、凄い人だと思ってた。
初めて奴隷商館の牢で見掛けたとき、震える彼の姿を見ていたはずなのに。
始まりの町で奴隷だった多くの獣人や村の異世界人を救い、たくさんの人から賞賛され、さっさとトゥスカさんと去っていった救世主のような人。
住む世界が違うと、漠然と思っていた人。
この人なら全てを救ってくれるって勝手な期待をして……リョウを殺されて、勝手に裏切られた気分になって。
こんなにも脆い人だなんて思いもしなかった。
私の憎しみを自分だけに向けさせ、他のレギオンメンバーが巻き込まれないように配慮していたその優しさにも気付かず。
「……ありがとう……ございます」
私を、受け入れてくれて。
扉からトゥスカさんのノックの音が聞こえてくるまで、私は彼の頭を抱きしめ続けた。




