614.熾天使と脅迫
「静謐で豪奢と言えば聞こえは良いけれど……」
メルシュとトゥスカ、エレジー、クマム、ナノカと一緒に主都の一番大きな建物、正教教会の神殿本部を尋ねた私達。
奥へと進み、無駄に広い階段を上っていく。
「で、何をするつもりなの、メルシュ?」
「本来は礼拝という名のお布施のために来る場所なんだけれど」
「さっき、入り口で寄付を断ったら睨まれましたよね? 良かったんですか?」
クマムが心配そうに尋ねた。
「一週間以内に街を出ていけば、なんの問題も無いよ」
「そもそもとして、寄付は自由な物のはず。睨まれる謂われはありません」
エレジーはさっきの件に、意外にも腹を立てているらしい。
タマみたいに、もっと信心深いタイプだと思ってた。
「ゲームにこんなこと言うのもなんだけれど、その寄付金がこんな豪奢な神殿を建てるのに使われてると思うと、なんか腹が立つわ」
「そうですね。控え室に無駄にお弁当や飲み物が用意してあったりしたときは、本当にもったいないって思いました」
そういえばクマムって、本物のアイドルだったんだっけ。
「ねぇー……枕営業って、本当にあるの?」
失礼を承知で聞いてみる。
「マリナさん……そういう噂はそれなりに。私は強要された事はないですけれど、女性の方から番組プロデューサーに迫る場面は何度か」
「やっぱあるんだ、そういうの」
「しつこく食事に誘われるとかは私もありましたね。未成年なのを理由に、なんとか断ってましたが」
「芸能界って、凄く気持ち悪そう」
「はい、私もそう思います」
クマムって、清楚なようで皮肉的っていうか。
清純派だけれど芯は強そう。
「着いたよ」
最上階の、一番天井が近い場所へ。
「やっぱり、像が無くなってるか」
奥の祭壇? みたいな所に、それっぽいスペースが。
「でも、今回は隠れNPC狙いじゃないんでしょ?」
「まあね。じゃあ、クマム」
「はい」
クマムが前に出て、大天使の名を持つ四つのランタンを実体化――ランタンの中の四つの光が祭壇に吸い込まれていき、代わりに大きな光がクマムの元へ!?
○“熾天使”のサブ職業を手に入れました。
「メルシュさん、これは?」
「天使系に特化した“ホロケウカムイ”、みたいな物かな」
天使系特化となると、必然的にクマムの物みたいなもんか。
「だから私を誘ったんですね」
「ユニークもSランクの武器も無いクマムにとって、かなり重宝すると思うよ」
「昨日頂いたスキルカードと合わせることも可能なのですか?」
「うん、問題ないよ」
昨日貰ったスキルカード?
「では、さっさと朝食を食べに戻ろう余!」
元気いっぱいのナノカに促されながら、上ってきた階段を下りていく私達。
「マリナは、どうして私達に付いてきたのです?」
「なんでそんなこと聞くのよ、トゥスカ?」
「いえ、私が居ない間、ご主人様とイチャイチャしようとするとばかり思っていたので」
「……私にだって、色々考えがあるのよ」
私がコセとあんまりベタベタしていたら、コトリやケルフェのチャンスを奪っちゃうじゃない。
他愛のない話をしながら神殿入り口へと近付いていくと……プレーヤーと思われる集団が入ってきた?
「やあ、初めまして」
ファンキーというか、不良っぽい女が穏やかに声を掛けてくる。
「メルシュ、コイツらの顔……」
「昨日、遠目に見掛けた顔が幾つかあるね」
ナノカ達は、コイツらを知っているらしい。
「なんの用ですか?」
トゥスカが前へ。
「お前達《龍意のケンシ》に――レギオン戦を申し込む!」
●●●
朝食後、トゥスカ達から話を聞いていた。
「何を考えているんだ、その《エクリプス》っていうレギオンは?」
エルフのレリーフェの発言。
「勝者の要求をなんでも呑む代わりに、ルール無用のなんでもあり。考えようによっては悪くない内容だよね」
とはメルシュの言葉。
本来のレギオン戦は、人数や持ち家の数を合わせてやるもの。
それだけ「勝者の要求をなんでも呑む」って部分が大事なんだろうな。
「向こうがコンソールに送ってきたレギオン戦の内容は言い分と同じだったし、皆が良ければ、さっさと了承の返事をしちゃうけれど? 期限は14時までだし」
「そ、そそそれ、無視することも出来るんだよね? む、無理に戦わなくても……」
地味カナが反対意見を述べる。
「実はさ、女レギオンリーダーがSSランク持ちでさ」
「「「へ!?」」」
マリナの言葉に驚く一同。
「レギオン戦を拒む場合、そのSSランク武器で私達を襲うと脅しを掛けてきました」
「それ、はったりとかじゃねぇのか?」
トゥスカの言葉に否定的なレン。
「女が目の前でひけらかしてたから、間違いない余。18番目のSSランク、“マキシマム・ガンマレイレーザ”でな!」
「しかもそのSSランク、威力もさることながら超射程に秀でているから、不意打ちに持ってこいなんだよね」
「レギオン戦を吞まない場合、あまりにも危険だな」
この時点で、無視できる状況じゃない。
「SSランクを手に入れられるチャンスじゃん! やるっきゃないよ、ギオジィ!」
クレーレはやる気満々。
「実際のところ、勝てる見込みは?」
メルシュに尋ねる。
「こっちが余程のミスをしなければ、高確率で勝てると思うよ」
「根拠は?」
「向こうの装備は、ほとんどがAランクメイン。Sランク持ちもチラホラいたけど、神代文字対応の武器持ちは三人だけ」
遠回しに、神代文字を使える人間は居ない可能性が高いから楽勝って言いたいんだろうな。
「なら、神殿に居なかった面子がかなり居たとしても、大した事なさそうね」
少しお気楽過ぎる気がするマリナの意見。
「レギオン戦を受けるのは決まりだけれど……もし、向こうに隠し球があったとしたら?」
「どういう事です、コセさん?」
イチカさんに尋ねられる。
「ユニークスキル、もしくは――もう一つのSSランク」
「……なるほど。それなら、私達にわざわざSSランクの正体を明かした理由にもなります」
「こっちの情報を知らないはずなのに、やけに自信満々でしたしね」
「《ハイベルセルクズ》のように、一つのレギオン内で複数のSSランクを所有していてもおかしくはないか……」
エレジーとトゥスカ、エトラが俺の意見に肯定的。
「だから、向こうに強力な隠し球があるという前提で作戦を立てる」
幸い、レギオン戦では死んでも死なないしな。




