607.天使の砦
「……」
「どったの、レンちん? 私のこと見て?」
クレーレに気付かれる。
「なんで年上の私に対して、他の奴等みたいに姉ってつけねぇんだよ」
「レンちんはレンちんって感じだから♪」
コイツ!
「……悪いな。お前のその胸の不調、私のせいなんだろ?」
微かに覚えている……頭に靄が掛かって、ボーッとした感覚で、妙な衝動に突き動かされながら人を殺しまくっていた頃の記憶。
おかしくなった私を、実質二度も殺した男との激闘も……どこか、夢の中でVRゲームをしていたような感覚で。
「でも、おかげで私、もの凄く強い武器が手に入るかもだって! 凄くない?」
「お前なぁ……」
吞気なこと抜かしやがって。
「まあ、ギオジィとの子供をちゃんと産めるのかなって心配は……あるけれどねぇ」
「……子供か」
ヘルシングの隠れNPCになった私は、このゲームを終わらせた時……どうなっちまうんだろう。
私と同じように隠れNPCとして蘇ったホイップの奴はその辺、どう考えていたのやら。
「居なくなる前に……訊いておけば良かったぜ」
「レンさん、そろそろ行きましょう」
イチカが呼びに来た。
「おう」
まあ、なるようにしかならねーか。
●●●
「皆が消えましたね」
安全エリアから全員で、白い煉瓦で整備された道を進んでいたにも関わらず、忽然とパーティーメンバー以外の面子が消えてしまう。
「出て来たぞ、天使の軍勢が」
エルザさんの言うとおり、かなりの数の気配があっという間に迫ってきた!
「子供のような天使に、白く燃える騎士?」
「弓を持っている子供が“キューピッド”、燃える騎士が“エンジェルナイツ”です」
ヘラーシャさんが教えてくれる。
「最初に矢が来るぞ!」
レンさんの言葉通り、“キューピッド”達が一斉に矢を放ってきた。
「“鞭化”!」
“背負いし十字架はこの手の中に”を鞭となし、全て弾き飛ばして見せる!
すかさず“炸裂ナイフの皮鞘”から抜いたナイフを投擲――先頭の“エンジェルナイツ”のヘルムを貫くと同時に炸裂、内側からバラバラに弾け飛ぶ。
“投擲貫通”と炸裂するナイフの組み合わせは、非常に凶悪。
ただ、このような小手先の戦術は、アルファ・ドラコニアンのような圧倒的強者には通用しないだろう。
「下がって、イチカさん!」
背後からチトセさんの声が聞こえてきたと思いきや、黒い液体が弧を描いて“エンジェルナイツ”へと落下。広範囲に飛び散って――天使達が悶え苦しみだし、あっという間に消滅していった。
「今のは……」
「もしかして、“不浄液”?」
「そうです」
フミノさんの予想を肯定するチトセさん。
「天使にも有効なのですね」
「効果があるタイプと無いタイプが居るらしいけれどね」
チトセさんが、グレネードランチャータイプの薬液銃を持ちながらにこやかに教えてくれる。
その間、エルザさんが私のように槍を鞭にして矢を弾き、ヘラーシャさんが“薬液マシンガン”で“キューピッド”を倒していた。
こちらも“不浄液”の効果は覿面で、虫のようにボタボタと落ちては消滅していく。
「薬液か。前のレギオンにも使っている奴はいたけれど、あくまで補助的な武器としてだったな。それに、“溶解液”以外は全然使ってなかったなような」
「薬液とモンスターの相性が判らなければ、まあ、そうなるだろうな」
レンさんのかつての仲間を、フォローする形となるエルザさん。
「ライブラリシステムが追加された今ならともかく、それ以前に一から薬液とモンスターの相性を探っている余裕なんて無かったでしょうね」
薬液を専門武器にしているチトセさんが言うと、説得力がある。
「ライブラリね。そんな便利な物、もっと早く追加して欲しかったぜ」
考えてみれば、レンさんは大規模アップデートの時からずっとおかしくなっていたから、ヘルシングとして蘇るまでのおよそ一ヶ月間、ライブラリを利用した事は無かったんですね。
「そろそろ行きましょう」
フミノさんに促されるまま、私達は天使が守る白煉瓦の砦へと歩を進める。
●●●
『み……ごと……』
見るからに“エンジェルナイツ”よりも格上であろう燃える甲冑騎士が振るう得物、黄金の薔薇の意匠がある槍をトゥスカが踏みつけ、その隙にセリーヌが頭に武術を見舞い。問題なく仕留めた。
「門番の割には呆気なかったな」
「“パワー”程度では、こんなものかと」
ナターシャからみると、弱くて当然らしい。
○“ゴルドローズスピア”を手に入れました。
「名前からして、クマムが持っている剣の槍バージョンか」
「ゴルドローズシリーズは天使の武器っていう設定があるから、このタイミングで出て来るのは当然だね」
メルシュが教えてくれる。
「砦が……」
閉ざされていた砦の門が開くと同時に、砦の一部が変形して、上と下への階段が現れた。
同時に、砦上部を覆っていた白い光熱のカーテンも消える。
○好きなルートを選んで進めます。
上階:上位天使の領域
砦内:天使の軍勢の駐屯地
下階:天使の宝物庫
「上が一番ヤバそうだな」
「どうなのですか、メルシュ?」
「見たとおり、上は強力な天使。砦内は天使や天使に与するモンスターの集団。下は、天使に関連するアイテムが主に手に入るよ」
集団と宝物庫は、どっちにしろ天使関連のアイテムが手に入る気がするけれど……。
「メルシュ、一番面倒なルートは?」
「厄介という意味では、宝物庫かな」
「よし、下に行こう」
「よろしいのですか、ユウダイ様?」
ナターシャの、珍しい不安げな表情。
「ああ……何かマズいの?」
「いえ……」
この微妙な反応、ナターシャにしては本当に珍しい。
「確かに、メルシュにしてはあまり詳細を話そうとしない気がしますね」
トゥスカの発言に、困ったように笑みを浮かべるメルシュ。
「今回はぶっちゃけ、どのルートを通った方が良いとか無いからね。天使系統のビルドはほぼクマムだけだし、天使系統のアイテム以外はランダム要素が強いし」
「だから、今回は自主性に任せたと? どのルートにどんな敵が出るかくらいは、教えてくれても良かったんじゃないか?」
「その辺は一通りNPC組に話してあるから、安心して」
やっぱり、わざと情報を伏せてる時があるよな、コイツ。
「まあ、良いか。そろそろ進もう」
五人で、下へと続く階段を下りていく。




