603.妖しき色街
「名前からなんとなく察してたけれど……ドラマで見た遊郭みたいな雰囲気だな」
祭壇麓まで来ると、並ぶ建物の中から、着物を着た女性達が客の袖を引いている光景が幾つも見える。
媚びを売ってでも客を取らないと生きていけない環境……毎日のように客の相手をしても性病などで身体を壊すか、精神を病む。
人気の花魁になって運良く良い人に身請けされたら御の字。というのが、俺の遊郭への認識。
客を誘っているのがNPCとはいえ、ちょっと目を背けたくなる光景だ。
「ユウダイ、まさかとは思うけれど」
「なんでそこで疑うんだよ、マリナ」
俺を慰めてくれる相手が何十人も居る状態なのに。
「ま、それはそうなんだけれど」
「分からんぞ、マリナ。コセは“橋の上の砦町”でそういう店に入ったことがあるからな」
「……ユウダイ?」
「……ご主人様?」
「リューナ、事情を知らないマリナとトゥスカが勘違いしただろうが!」
「ハハハハ! あのとき私を待たせた罰だ!」
「大して待たせてないだ……本当は自分が店に入りたかったんじゃ……」
「そ、そんな分けないだろう……」
この女好きめ! 露骨に目を逸らしやがって。
「コセ、そういう店ってなぁに?」
無垢なモモカが、純粋な気持ちで尋ねてきた!?
「……そういう店って名前の店なんだよ」
「そ、そうだぞ、モモカ!」
さすがにマズいと思ったのか、必死に誤魔化しに協力してくれるリューナ。
「バカな事を言ってないで、さっさと館に戻るぞ。俺様は……この町が嫌いなんだ」
どこか落ち込んでいるように見えるセリーヌ。
「マスター、ここではフェアリーが買えるから」
メルシュが耳打ちしてくれる。
つまり、セリーヌは元々ここに居て、この町で誰かに買われ……そして死んだのか。
「そうだな。一旦、全員で家に帰ろう」
★
○以下から購入できます。
★呪術師の着物 35000G
★武術使いの着物 35000G
★侍の和装 30000G
★忍の和装 30000G
★破邪の着物 56000G
「おお、本当に和服がいっぱい」
日が暮れたのち、セリーヌの代わりというわけじゃないけれど、俺のパーティーメンバーにユイ、シレイア、コトリ、ケルフェ、エトラ、マリナを加えた面子で“妖しき色街”内を散策していた。
「それにしても……」
「なんで私を見ている、コセ」
エトラに警戒の眼差しを向けられる。
「いや、疲れてそうだったし、付いてくるとは思わなくて」
「一心同体のコトリが行くと言いだしたら、私も行かないわけにはいかんだろう」
コトリが死んだら、自分も再びだもんな。
「ごめんね、エトラ」
「どういう意味で言ってるんだ、お前?」
「両方?」
コトリとエトラの会話の意味がよく分からない。
「まあ、散策してみたかったのもあるがな。私が居たのは、もっと上のステージだったから」
なんか雰囲気変わったかな、エトラ。
そうこうしているうちに、町の灯りから随分遠ざかっていた。
「うーん、やっぱ取られてたか」
ポータル奥にあった社よりも大きい、狐の像がある社祠?
「もしかして、ここで“九尾”が?」
トゥスカの質問。
「うん、この台座に“殺生石”を乗せると、台座奥の狐像から隠れNPCが出て来るの」
「その狐像が無いから、“九尾”は取られた後だと」
やっぱり、この先は隠れNPCが手に入らない覚悟をしておいた方が良さそうだな。
「ギルマス、向こうから良い匂いがするよ!」
「醤油の匂いか……なんか懐かしい」
外を歩きながら醤油やてんつゆの匂いを嗅ぐという経験は、実に久し振りだ。
「テイクアウトできる店なら、買って帰るか」
たまには外食したい気もするけれど、この町をモモカに歩かせたくないし。
「コセ、今夜はこの町の宿で愉しまないかい?」
シレイアからの提案。
「ダメに決まってるだろう」
町の宿なんて危険すぎる。
●●●
「フフフフ、和食のレシピ、ゲットー♪」
喜んでいるサトミさん。
サトミさんとリューナのパーティーの半数で、コセさんとは別行動を取ることになった私たち。
レシピや食材の買い出しを中心に、色街の北西へとやってきていた。
「案内してくれてありがとう、ヒビキちゃん」
「サトミさんには、いつも美味しいご飯を提供して頂いていますから」
レシピ無しではまともな物が作れない私からすれば、感謝しかない。
「もう、ヒビキちゃんの方が年上なんだから、さん付けなんてしなくて良いのに」
そう思うなら、なぜ私をちゃん付けするのでしょう?
「性分ですので。それより気を付けてください。この町はプレーヤーが多いですから」
遊女や男妾と実際にまぐわえる場所があるせいか、特に男プレーヤーが居座っているのがこのステージ。
「まあ、そうみたいね」
「……囲まれましたか」
見られているとは思っていましたが。
「死にたくなきゃ大人しくしろ」
「装備を全て解除してアイテムを実体化しろ。目当てはアイテムだけだからよ」
大した装備は無さそうだな。
「遊女に貢いで一文無しになった、というところですか」
「普通に私達の身体目当てだとも思うわ。目が血走ってるもの」
装備を解除させようとしたのは、アイテム狙いに見せ掛けた無力化が狙いと。
「確かに、そっちの方が本命かもしれませんね」
奴等の下卑た空気は、よく知っている。
劣等感を悦の沼に浸からせて自分を誤魔化し、女や子供を食い物にしてきた奴等と同じ雰囲気。
「大したアイテムは持っていないでしょうが、害虫狩りと行きますか」
「言うわね、ヒビキちゃん」
私の願いは、目の前の奴等みたいな精神汚物共を――この手で皆殺しにし尽くすことだから。
「たった四人で、この数をどうにかできるとでも思ってんのか!」
異種族混成集団八人、プラス指輪モンスターによる水増し程度で、なにを言っているのか。
「一人くらい見せしめにしても構わねー!」
「殺すならあのデカ女だ!」
「――グァ!?」
包囲していた一人が喉を裂かれ、死亡する。
「ヒビキに言われて警戒していたら、こんな絵に描いたようなクズが出てくるとは」
「本当だよねー」
「ぎゃあああああッッ!!」
現れた黒尽くめ二人により、瞬きの間に二人が命を落とす。
「今だ!」
六人により、あっという間に制圧される賊共。
「さっき言っていたデカ女というのは、私の事か?」
「た、助けてくれぇぇ!! 持ってるアイテムは渡すか――」
ブチ切れたメグミに頭を吹き飛ばされる、リーダーっぽかった男。
「助かりました、リューナ、サンヤ」
フードを外す二人に礼を述べる。
「こういうのは慣れっこだ。気にするな」
「それより、そろそろ帰ろうっす。早く美味しいご飯が食べたい」
サンヤは相変わらずのマイペース。
「長居してたら、また絡まれるかもしれませんしね」
「サトミ様、買い出しは充分ですか?」
リンピョンさんが確認してくださる。
「ええ、問題ないわ! 今夜は腕によりを掛けて、和食のフルコースにしちゃう!」
……サトミさんの雰囲気、遊女のNPC達の雰囲気にかなり近いような……。




