601.化かし合い
「ハイパワーキック!!」
馬獣人のケルフェの蹴りで、最後の狸が茂みの中に消える。
「ようやく片付いたか」
山に入ってからというもの、狸モンスターの集団に襲われること六度目。
「さっきから狸しか出ないわね。これはやっぱり……」
「もう山頂だし、そろそろ本命が来て良い頃だと思うんだけれど」
マリナとコトリは、私達の前に現れる超強力な妖怪モンスターを特定していると見える。
「“隠神刑部”か。できれば“鵺”か“牛鬼”辺りに出てきて欲しかったけれど」
「うん? どういう意味だ、ホイップ?」
ていうかアイツ、やたらモンスターや武器に詳しいような……。
「――来るよ、エトラ!」
コトリの低い声に、咄嗟に視線の先を追う。
『――我が眷族を傷つけた罪、万死に値する』
人間のような体型に和装。そして凶悪そうな狸の面……アレが“隠神刑部”か。
『行け!!』
奴の背後から現れたのは、奴よりも小柄な二足歩行の和装狸。
短刀を手に、十体以上がバラバラに襲いかかって来た!
「“猪古令糖魔法”――チョコレートバイパー!!」
甘ったるい匂いと渋い香ばしさと共に、茶色い液体龍が私の前に躍り出る!?
「どういうつもりだ、ホイップ?」
私が、この程度の奴等に遅れを取るとでも?
「“隠神刑部”は火耐性が低い! コイツらは無限湧きだから、エトラはボスを狙って!」
かつてのボスみたいな言葉を並べやがって。
「相性の良い私に、さっさと奴を倒せということか!」
良いだろう、大物取りは燃えるからな!
「ホーン族のエトラが、貴様の相手をしてやろう! “熱視線”!!」
目を狙って、“万物よ灰燼に帰せ”の刃先から光線を放つ。
簡単に避けられたうえ、短刀を袖から滑り出し――二刀流で攻めてきた!?
「面白い――装備セット2」
武器を爪の黒短剣である“万能のドラゴネイルエッジ”と、拳を覆うガード付きの灰色短剣である“灰燼のナックルブレイド”に、逆手状態で持ち替える。
「ハハハハハ!!」
正面からの刃物と刃物の応酬――久し振りに好みの戦いだ!!
「エトラ、遊んでいる場合じゃないよ! ――キャ!!」
コトリが狸共に蹴り飛ばされた!?
「何やってんだ、アイツ? ……おいおい」
私以外の全員が押され気味じゃないか!
コトリ達の相手は目の前の奴より弱いはずだが、強い個よりも弱い集団の方が厄介な事もあるか。
「仕方ないな! “烈火竜技”――レッカドラゴンファング!!」
右腕に竜属性の火花が混じった牙群を生成――奴の右腕を刈り取る!
「氷河拳!!」
“氷河武術”をナックルブレイドのガード部分で放ち、顔面の右を殴打と同時に凍結。
「距離を取るか――なら! 装備セット1」
得物を、“万物よ灰燼に帰せ”に持ち直す。
「“灰燼魔法”――アッシュバレット!!」
とにかく手数で動きを制限すると同時に、向こうの出方を見る。
昔、初見の相手に全力で魔法を放って痛い目に合ったからな。
「あ?」
奴の姿がぶれたと思ったら、攻撃がすり抜けた?
「カウンターを狙わないとダメなタイプか?」
『“八百八狸”』
舞い落ちてきた葉っぱが、次々と狸に――クソ!!
「――――アッシュブラスター!!」
詠唱短略による威力低下を補うため、この危機を脱するため――“万物よ灰燼に帰せ”に神代文字を九文字刻んだ!!
灰色の本流が青白い光により増強され、無数の狸共を纏めて消し炭にする!!
「ハアハア、ハアハア……」
咄嗟だったから、限界以上に文字を使いすぎた。
『――滅せよ』
背後に、木槌を手にした“隠神刑部”が――
「“殴打撃”!!」
「“穿孔脚”!!」
コトリの金棒が“隠神刑部”の頭をちぎり飛ばすと同時に、ケルフェの蹴りが脇腹を貫通していた。
『お……のれ……』
光になって消えていく狸男。
「お前ら、押され気味だったんじゃ……」
「うん? 本気でそう思ってたの?」
「コトリの猿芝居を見た時は、さすがに気付かれたと思ってたんですけれどね」
「猿芝居ってなんなんだよ、ケルフェ!」
「キャ! とか、絶対にコトリからは出ない声でしょう?」
「は? 私だって、たまにはそういう可愛いこと言うし!」
「いや、なんでわざわざそんな……」
「――やっぱり使えたんだね、神代文字」
「……ぁ」
しまった、今まで隠してたのに!
「……いつから疑ってた、コトリ」
「最初に文字を使えないって言われた時から」
「そんなに前から!?」
「知らない割には食いついてこなかったし、エトラの前で文字の優位性を披露しても全然反応しないし、結構バレバレだったよ?」
「刻めるのは九文字というコトリの予想も当たってましたね」
「ザッカルさんが十二文字刻んだときは、驚きを隠せてなかったもんね」
鋭いとは思っていたが、こうまで見透かされていたとは。
「わざわざ私に神代文字を使わせるために、こんな茶番を仕組んだのか?」
「ホイップが上手い具合に誘導してくれたから、助かったよ」
アイツが“鵺”か“牛鬼”が良かったとか言ってたのは、その方が状況を整えやすかったって事か。
「で、なんで隠してたの?」
マリナに少し睨まれる。
「……前のレギオンメンバーと合流した時に、お前らの寝首を掻けるようにするためだ」
《龍意のケンシ》メンバーの大多数と交流した今なら、必要なかったかもなとは思うが。
「馬鹿っぽいって思ってたのに、意外としたたかね」
「おい、マリナ……で、私をどうするつもりだ?」
コトリの奴隷である以上、私は運命を委ねることしかできない。
「別に、どうもしないよ」
「は?」
「むしろ、神代文字が使えるって判って心強いくらいだよ」
握手を求めてくるコトリ。
「……器が広いな」
まるでボスみたいだ。
○“隠神刑部のスキルカード”を手に入れました。
◇◇◇
『ヒィィぃ!! た、助け――』
神隠しの先で現れたボサボサ黒髪禿げ頭が、妙に人間臭い態度で命乞いしていたが、コセは問答無用で両断した。
……強い。
SSランクを使用した時の強さには隔絶した差を感じていたが、今回は“サムシンググレートソード”とかいう剣一本で終始圧倒。
ユイを見ていると感じる、戦闘に対する人外感をアイツからも垣間見た。
景色が歪み、外へ。
「“九尾狐狸”、ルイーサかジュリーが“殺生石”を手に入れていれば良いんだけれど」
「隠れNPC、九尾を手に入れる手段でしたっけ。そんなに強いの?」
トゥスカがメルシュに尋ねる。
「獣人専用アイテムを魔法使いが装備できる事に加え、多くの武具を尻尾に装備する能力があるから、強力な武器があればあるほど強くなるんだよね」
「サトミのパーティーにも、そろそろNPCが居ないとキツいだろうしな」
コセが剣を背中に収める……ちょっと格好良かったな、今の。
「どうした、セリーヌ? ボーッとして」
「はぁ!? 俺様がボーッとなんてするはずねぇーし! お前が死んだら俺様も死ぬから、気が気じゃなかっただけだし!」
「ご、ごめん……」
一々落ち込むな! 私が悪いみたいでしょう!
「……セリーヌ様は、もう少し素直になられた方が良いのでは?」
「は?」
ナターシャに妙な事を言われる。
「そろそろボス部屋へ行こうか。万が一だけれど、向こうは他のプレーヤーに襲われる可能性もあるし」
「だな」
釈然としないまま、私達はポータルで転移をした。
○“悪路王の毛抜形太刀”を手に入れました。




