600.影鰐と青い心臓
「……アレが、私達が相手にする超強力なモンスターなのか?」
海岸ルートを選び、砂浜を海沿いに歩いていて暫くすると、砂浜に妙な影が現れた。
その影の主を特定しようと空を見上げるも、それらしいモンスターの姿はどこにも見当たらない。
「来ます!」
リンピョンがそう叫んだ瞬間、影が鰐の頭のように口をバクバクさせながら突っ込んできた!?
咄嗟に影を避けるも、なにがなんだか。
「――ああッ!!?」
誰よりも影から距離を取っていたはずのホーンマーメイド、リエリアが突然苦しみだした!?
「メグミちゃん、アレ!」
サトミが杖を指し示した先にあった光景は、例の影がリエリアの影に食らい付いているというもの!
「コイツの攻撃は、影を経由する事が可能なのか! ――“竜光砲”!!」
リエリアの影ごと、化け物の影を吹き飛ばす!
「……やったのか?」
例の化け物の影は……見当たらない。
「サトミ様、もしかして今のが……」
「メルシュちゃんが言ってた、海岸ルートで一番面倒な奴だっていう……“影鰐”?」
「だとするとぉ、厄介ですねぇ」
うちのパーティーにはモンスターを見ただけで特定できるNPCが居ないから、こういう所で他のパーティーにはない情報的不利が発生している気がするな。
「エレジー、リエリアの様子は?」
「身体が麻痺して動けないみたいですが、外傷は見当たりません」
「それじゃあ、エレジーちゃんはリエリアちゃんを守ってて」
「へ? ――あ!?」
サトミの言葉を疑問に思った様子のエレジーだったが、その答えはあっという間に姿を現す。
「なんて数……」
「いったい、どこから湧いて出やがったのか」
十や二十を超える“影鰐”が、砂浜を埋め尽くしていく勢いで現れる。
「リンピョン! コイツらの対処法は?」
「物理以外での攻撃! 特に光属性には極端に弱いって!」
「なら、私がやる! ――オールセット3!」
鎧の中心部に、心臓を模した青い宝石細工を装着!
「下がれ、お前達!」
左腕の“ドラゴンの顎”を掲げる!
「“竜光砲”――“連射”!!」
一発で総TPの半分を持っていく強力な竜属性の砲線を、インターバル無しで連続発射!!
「後ろは私がぁ――オールセット2!」
回り込んできた“影鰐”を、“自由の女神の両肩腕”に持たせた銃剣を用いながら、四丁の銃で迎撃してくれるクリスティーナ。
「……終わったか?」
奴特有の微かな不気味な気配は、もう感じないが。
「メグミちゃん、“影鰐のスキルカード”っていうのを手に入れてるわよ? それも八枚も」
サトミが教えてくれる。
「多数のような一個体タイプだと思ってたが、ただただ数が多い奴だったのか」
念のため気を張り巡らせていたが、同じく警戒していたクリスとリンピョン、エレジーらも気配を感じないようだ。
「エレジーちゃん、リエリアちゃんは大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」
リエリア本人が答える。
さっきよりはマシみたいだが、まだ身体の左側、特に腕が痺れていそうだ。
「少し休みましょうか――有翼恐竜」
サトミが指輪を用い、プテラノドンのような生物を呼び出す。
「空から警戒をお願い」
『クォ』
緑色の有翼竜が飛び立つ。
「さっきのメグミさん、凄かったですね。神代文字無しであの火力」
空気を変えようとしたのか、エレジーが話題を振ってきた。
「総TPの半分を使う“竜光砲”の連射だからな。まあ、これのおかげだが」
胸の青い宝石細工をカツカツと叩く。
「それは?」
「SSランクの“マッスルハート”だ。身体能力を引き上げる以外の目玉能力は、一瞬でTPを回復する事くらいだが」
「その能力上、今のレギオンで一番上手く扱えるのはメグミちゃんだろうって、コセさんが持たせてくれたのよね♪」
まあ、自分とタマが居ないパーティーに持たせたかったんだろうな、コセは。
十二文字以上刻めるメンバーが一人もいないの、たぶんこのパーティーくらいだし。
「……ごめんなさい、足手まといに」
「あんな所見殺し、さすがにキツいって」
「たまたまリエリアが最初に餌食になってしまっただけで、そうでなければ別の誰かに被害が出ていたでしょう。気にする必要はありません」
リンピョンとエレジーが励ます。
「でも、でも……こんなんじゃ、私……」
聞いてはいたが、だいぶ自己肯定感が低いんだな。
前のパーティーメンバーに、必要以上に卑下された扱いを受けていたらしいが……。
「あの“影鰐”、また出てきたら厄介ね」
「強い弱いじゃなくて、数による不意打ちが一番怖いな」
常に警戒しながら進むとなると、精神的に参ってしまいそうだ。
こういう時、疲れ知らずのNPCが一人居てくれるだけでもありがたいんだが……。
「……影に攻撃してくるなら、別の影に隠れていれば」
「リエリア?」
「い、いえ、なんでもないです! き、気にしないでください!」
リエリアの言葉をエレジーが聞き逃さなかったらしく、突っ込まれて慌てふためいている……可愛いな。
綺麗で可愛くてあざとさもない、絶妙な愛らしさ……羨ましい。
「話すだけ話してみたらどうだ?」
「えと……私が持ってる指輪で、飛行車っていうのがあるんですけれど、あれなら噛み付かれても麻痺しないし……」
リエリアに外傷は無い……意外といけるかもしれないな。
『クウォォッ!!』
悲痛な声と共に、サトミが呼び出した有翼恐竜が墜落した!?
「“影鰐”がまた来まぁした! ゴブリンみたいな奴等も!」
「今度は進路方向からか――リエリアの案で行こう! 良いな、サトミ!」
「ええ。それじゃあお願いね、リエリアちゃん」
「は、はい――プラズマ飛行車!」
前方左右にデカいライト? が付いた空色の車が出てきた。
前座席が一人乗り。後部座席が二人乗りか。
「装備セット3――デュフェンドガード! クリス、リンピョンはこっちに乗れ!」
翠の大型バイクを呼び出し、中距離攻撃が出来る二人をこっちに乗せる!
リエリアの車との周波数は……調整している時間は無いか!
「出すぞ!」
向こうが動きやすよう、先に私が発進させる。
本当は、このバイクでリエリアの飛行車を護衛するつもりだったが。
「模擬レギオン戦の合間に、幾らでも機会はあったろうに」
私の想定不足だな。
「サトミ様と離ればなれに――“影鰐”が来る!」「さて、どうなる?」
正面から“影鰐”と接触――身体に不調は無い!
「リンピョン、クリスは問題ないか!」
『なんともない』
『はぁい、大丈夫!』
リエリアの読み通りで間違いなさそうだな。
『メグミさん、私の声が聞こえますか?』
「ああ、聞こえてる! リエリアの閃きのおかげで、この場はなんとかなりそうだ!」
『エヘヘ』
嬉しそうな声に、少しホッとする。
「私達で露払いをする! リエリアは私のバイクに付いてきてくれ!」
『了解です!』
……リエリアって、ちょっと天然?




