599.嬉しい苦悩
「山頂付近まで、結局なにも出なかったね」
私の契約隠れNPC、魔神子のナノカが、ひらけた場所に出るなりそう言ってきた。
「ナノカ、フラグみたいな事は言わない方が良いわよ? そういう事言ってると実際に引き寄せちゃう気がするって、前にユリカが言ってたし」
ナオさんが、珍しく迷信めいた事を口に。
「そのフラグとやらはよく分かりませんが、出たようです」
狸獣人のカプアさんがそう言うと、茂みの中から何かが飛び出してきた!?
「“魔人武術”――サタニズムバッシュ!!」
猪の頭を模した盾から黒紫の衝撃波を放ち、回転しながら突撃してきた何かを吹っ飛ばしてくれるナノカ!
「気をつけろ、“輪入道”だ!」
水車みたいな見た目で炎を撒き散らしながら、側面の厳ついおじさん顔がこちらを一瞥――高速回転し始め、縦横無尽に飛び回る。
「動きが速いうえに読みづらい……私じゃ、魔法を当てるのは難しそう」
レギオンメンバーの中でもっとも魔法特化と言われているウララさんは、今回は戦力外。
同じく魔法と拳特化のナオさんも、全身凶器のような今回の敵との近接戦は危険すぎる。
「ナノカ、さっきみたいに皆を守って。攻めは私が担当します」
“随行のグリップ”を装備させた事で私を自動追尾するようになった“ゴルドローズソード”と“猛毒凝血のドレスソード”、“気炎万丈のレイピア”を前へ。
「“念動力”」
三本の細剣を対象に能力を適用、自在に操る手段を付与する。
「“尖衝武装”」
“超能力者の大柄マント”の能力により、“念動力”を適用した物体に対して私のスキルを適用。刺突に優れた三角錐状の赤光を施す。
「ウララさん、敵を囲うように魔法を撃ってください」
「“六重詠唱”、“雷雲魔法”――サンダークラウズスプランター!」
ウララさんの素早い判断で虚空に放たれた大雑把な雷により、“輪入道”の動きが雷線の囲いの中で制限される。
「ここ!」
動きが鈍った一瞬を突き、おじさん顔に三本のレイピアを刺し込んだ。
「――“共振破壊”」
三本のレイピア全てから破壊の衝撃波を放ち、内部から崩壊させて終わらせる。
「やるな、クマム」
ウォーダイナソーの隠れNPC、バルバザードさんが褒めてくれた。
「いえ。ウララさんが的確に、私の意図を汲んでくれたので」
「クマムちゃんは謙遜しすぎだよ」
「でも、そういうところが可愛いんだよね~♪」
「か、可愛いとか言わないでください……」
ウララさんの言葉に被せて、私をからかってくるナオさん……からかってますよね?
「さすが私のマスター、クマム。パーティーリーダーも板についてきたんじゃないか?」
「なかなか的確だったと思います」
ナノカとカプアさんまで、妙な事を言い出す!
「そ、そうですかね?」
ちょっと嬉しいような、プレッシャーなような……。
○“輪入道の指輪”を手に入れました。
●●●
『我が名は“頼豪”。さあ、我にひれ伏せ!』
袈裟を着た二足歩行鼠が、偉そうに命令してくる。
「ハアハア……これ、ちょっとマズいか?」
神隠しに遭った先に広がっていたのは、古びた木造の屋根裏のような場所。
屋根裏と言っても空間は広大で、大きな梁のような足場がどこまでも張り巡らされている。
その梁の下には大量の大型鼠、スタンピードラットがひしめき合っていて、時間経過なのか定期的に数十体がそこかしこから柱を伝って登ってくる始末。
「セラ以外は呼び出しても下に落ちかねないし……本当にマズいですね」
十字の梁の上で、互いを四方からやってくる敵から守るように戦っている私達。
幾ら梁が常識よりも大きいと言っても、エレメンタルガーディアンの黒ピカが動き回れるような幅は無く、サタンドラゴンのサタちゃんが飛び回れる程の高さも無い。
テイマーのサキが居るのを良いことに、連携能力が乏しいバニラとモモカを引き受けたのが仇になったか。
「“頼豪”を倒さないと、一生スタンピードラットの相手をしないといけない……けれど」
ハイエンジェルウィッチのセラ、サキ、エリーシャ、クレーレ、私でモモカとバニラを四方から来る鼠共から守っている状況。この防御陣形を崩すわけにはいかない。
「ジェリー! 私達も戦う!」
「ガウ!」
モモカとバニラはやる気満々。
「けど……」
一歩間違えればネズミに食い殺されかねない状況……二人を前に出すのは。
「ジュリー様、ネズミの上がってくる数が増えています。勝負に出るならば早い方がよろしいかと」
「私も同感」
エリーシャの提案に、クレーレが乗っかってきた。
「分かってるけど……」
戦力を分けるには足りなさ過ぎ、全員で攻勢に出るには危険すぎる足場。
「……――飛行できる私とセラで手早く攻める! その間、貴女達だけで耐えて!」
決断するしかない!
「「了解!」」
「任せてよ、ジュリー姉!」
「うん!」
「ガウガウ!」
皆の返事に、少し安心する。
「“三重詠唱”――“天雷魔法”、ヘブンサンダラスレイン!!」
白黄の爪宿す白雷の槍を、頼豪の居る前面に無差別掃射! 目の前のスタンピードラットを一掃!
「セラ!」
『はい!』
互いに羽ばたかせた橙色の翼で、ネズミ頭の僧へと距離を詰める!
●●●
マスターが攻めに転じた以上、後は耐え忍ぶだけ。
「来なさい、エレメンタルガーディアン!」
赤の魔方陣より、巨軀のリビングアーマーを召喚!
『ククク! この我が来たからには――どわー!?』
狭い足場のため、ろくに動けない状況に驚くエレメンタルガーディアンこと黒ピカ。
『こ、このような場所に我を呼び出すとは! いったいなにを考えておるのだ!』
などと言いつつ、盾でスタンピードラットの突撃を防いでいる。
「黒ピカ、格好悪い」
『――姫ぇぇ!?』
本当、モモカちゃんにだけはオーバーリアクションなんだから。
「――“鳥獣戯画”」
『へ?』
ユニークスキルの力を行使し、鎧だけの存在である黒ピカを受肉させる!
「お、女の身体になっとる……なにをしてくれとるんじゃ、このクソテイマー!!」
「これで問題なく動けるでしょう!」
人間化したことで、かなり縮んだ黒ピカ。
飛行可能な夜鷹を呼び出して“鳥獣戯画”を使用しようかとも思ったけれど、元々武具と攻撃スキルを有している黒ピカの方が適任と判断。
「我は誇り高き騎士、アーサーだというのに……」
「黒ピカ、可愛い! 凄く綺麗!」
「……そ、そうであるかぁ?」
モモカ相手だとチョロい。
「……へ、なにが起きたの? なんで女の子に?」
あれ、クレーレは見るの初めてだっけ?
「モモカとバニラは後ろ、黒ピカは前をお願い!」
時間を稼ぐだけなら、これで問題ないはず。
●●●
「金星球!!」
金属の大球体を指輪で呼び出し、ネズミ頭に向かって発射――軽やかに躱されてしまう。
私が一度も戦った事が無いモンスター……そもそも、オリジナルにあんなのが居た記憶がないんだけれど。
今回の妖怪モンスターとのエンカウント、観測者側が敢えて、私達が戦いづらい相手を選出してぶつけてきているわけはないでしょうね?
『“鉄鼠”!』
式符のような物を四枚も投げてきたと思ったら、式符がスタンピードラットとは違う大型鼠に姿を変えただと!?
『下賤な者共よ、さっさと跪くが良い!!』
「黙ってろ!」
向かってくる鼠をすれ違い様に両断しようとするも、金属音を響かせて弾かれた!?
『クカカ!! 跪かぬのならば、我が式に食い殺されるが良いわ!』
「武器交換――“避雷針の魔光剣”」
“侵略の雷帝剣”から、緑の剣に持ち替える。
『“天雷魔法”――サンダラスヘブン!』
鉄の鼠を一掃したセラの雷が“頼豪”に迫るも、奴は再び軽やかに回避。
「“瞬足”――“避雷針”」
ネズミ頭を先回りするように空を蹴ると同時に、雷を引きつける魔光剣の効果を行使。
『――グギャアぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?』
引き寄せられた聖なる雷が後方から直撃――悶え苦しむその胸に剣を突き刺し、奴の身体を駆け巡る雷を剣に吸わせる。
『ま、待て――』
「――“雷光斬”!!」
腹から肩へと切り上げながら雷光の斬撃を放ち、“頼豪”を仕留めた。
○“頼豪のスキルカード”を手に入れました。




