596.アッコロカムイ
「ようやく海が見えてきましたね」
さざ波と磯の匂いに気分が高揚したのか、パーティーを離れて先行してしまう。
「スゥーシャ、危ないよ」
空を泳ぎ飛ぶ私を、タマが追いかけて来てくれる。
「ごめんね、磯の香りが珍しくて」
私が住んでいた城があったのは海の真ん中だから、海草などはほとんど無かった。
そもそも、まともに城周辺の海域外から出しては貰えなかったっけ。
キジナ姉さんは、お構いなしに遠泳してたみたいだけれど。
「私には、ちょっと匂いがキツいです」
嗅覚が鋭いからか、そもそも馴染みが無いためか、タマにはキツいみたい。
「“怪魚の港”に比べたら、なんてことないけど……」
私と出会う前に立ち寄った町か……ちょっと良いな。
もっともっと、タマとの思い出をたくさん作りたいもん。
「オーイ、スゥーシャ! タマ! 海から何か来るぞ!!」
エルフのレリーフェさんの危機感を煽る叫びに、すぐさま状況を確認!
「海が盛り上がって……なにあれ?」
「巨大な……タコ?」
赤紫色の水で出来たような巨大タコが胴体を覗かせ、海から海岸へと上陸していく!?
「例の超強力な妖怪モンスターです! 気を付けてください!!」
ドライアドの隠れNPC、ヨシノさんの声。
その次の瞬間、タコの脚が私達を捕らえようと高速で近付いてきた!!
「見るからに水耐性が高そうな敵――私が前に出るから、スゥーシャは援護をお願い!」
「うん、任せて!」
タマと二人で倒せば、良い思い出になるかも!
●●●
「“蒼穹魔法”――アジュアダウンバースト!!」
“蒼天を駆け抜けろ”で飛行しながらスゥーシャから距離を取ったのち、手始めに蒼の風圧を天から叩き付ける!
「陸に上がった事が仇になりましたね」
海の中なら、蒼穹特化の私が打てる手はあまり無かった。
「く!!」
あまりの巨体に、重風圧の範囲外だった水の脚が襲い来る!
「相手が水の塊である以上、私が与えられる最高の有効打は――“チャランケカムイ”!!」
青紫色のオーラを纏い、飛行速度を強化!
「“蒼穹魔法”――アジュアバレット!!」
カムイと六文字分の神代の力で強化された蒼の散弾により、四本のタコ脚を滅する。
やっぱり、水で出来ているせいかすぐに再生していく。
でも今は、一時的にでも邪魔な脚を排除できれば良い!
「――“万雷乱電槍”」
轟き煌めく雷を蒼穹のランスに纏わせ、荒れ狂う雷の槍と成す!
「“魔眼”」
黒い眼球を額に生み出し、襲い来る残りの水脚を見切りながら――接近し続ける!!
「――はあああッ!!」
タコの頭に万雷のランスを突き立て、全身に雷を流し込む!
『ゥォォォ……』
「ク! “逢魔槍術”――オミナスチャージ!!」
埒が明かないと判断し、水の身体の内部へと突っ込んでいく!!
――突入した瞬間、身体が重く!?
突撃の勢いが水圧によって急速に失われていく中で、万雷の槍の雷が私にまで牙を向き始める!
「グぅ!!」
マズい……このままじゃ。
――“蒼天を駆け抜けろ”に、今の私には考えられない力が宿る!?
《――タマちゃん!!》
これ、スゥーシャの力が共鳴して、想いが伝わってきてるんだ。
戦うんだ、最後まで――コセ様のように諦めず――――全てを駆け穿つ!!
“蒼天穹を駆け穿て”に宿った十二文字とスゥーシャの力を暴発させて、水のタコの巨体を駆け穿ち抜く!!
「“滑走”――“神代の騎槍”!!」
駆け穿った勢いそのままに海面を滑走し、ランスのスラスターからの“噴射”で器用に方向転換――再突撃!!
「“万雷乱電槍”――“蒼穹槍術”、アジュアチャージ!!」
再び万雷の槍を纏わせ、“神代の騎槍”により洗練された力で――今度は数本の脚ごと、アッサリと穿ち抜けた。
「タマちゃんをいじめないで!!」
直後に六つの銛がタコに突き刺さり、内側から暴発。
……なんとか、二人で倒し切れた。
「オーイ、二人ともー!」
「ユリカさんが呼んでる。行こう、スゥーシャ」
「うん……なんか怖いけれど」
その後、レリーフェさんとユリカさん、ヨシノさんに、二人で無茶した事を凄く叱られました……。
○“アッコロカムイ”のサブ職業を手に入れました。
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「あったぞ、チトセ」
山越えルートに生える樹、上部の幹を剥いで、中にあった物を投げ渡すヴァンパイアロードのエルザ。
「ヘラーシャ、これって何か判る? レンちゃんが持ってるのと同じに見えるんだけれど」
「おお、“アームリングリング”ですね。“リングリング”の腕輪版で、人数分あっても良いとされるアイテムです」
「そうなんだ。やったね、エルザ」
「見つけられたのはたまたまさ」
降りてくるエルザ。
「まさか、木の中にアイテムがあるとはな」
「あれ? レンちゃんは知らなかったの?」
フミノに突っ込まれる。
「ああ。このゲームのオリジナルをプレイした奴が、レギオンに一人しか居なかったからな。そいつも、二十ステージくらいまでプレイしてすぐにアンインストールしたらしい」
あんまり町や村で情報収集とかしてなかったしな、私は。
「情報があるかどうかでかなり損してしまう物なのですね、ゲームって」
お嬢様育ちらしいイチカの発言。
「お前って、今までろくにゲームしたことねーの?」
「ボードゲームやトランプならありますよ? テレビゲームはやったこと無いですけど」
「……本当に居るんだな、ガチのお嬢様育ちって」
「私の周りは、アニメも漫画も触れた事が無いという人は多かったですよ? うちは子供向けのアニメや漫画はオーケーでしたけれど」
アニメも漫画も無い世界なんて、私からしたら地獄だな。
「二人とも、チトセさん達が行っちゃうわよ?」
フミノが知らせてくれる。
「ああ、やべ――」
山が大きく揺れ、木々が折れ倒れる音が響く。
「当たりを引いたようだぞ、レン」
エルザの奴が、わざわざ私の名前を呼ぶ。
「で、アレはなんなんだ?」
そこらの大樹よりも遥かに巨大な骸骨の巨人が……屹立する。
「山越えルートに出る最強の妖怪モンスター、“餓者髑髏”だ」
「へー!」
前回は関所ルートを通ったからなのか、こんな巨大な奴は出てこなかった。
「よし、アレは私の獲物だ! 手を出すんじゃねぇぞ! ――“邪獣化”!!」
黒い靄を纏う半獣となり、生前からの相棒である“邪悪に全てをぶっ壊せ”という名の巨斧と、ヘルシングの隠れNPC専用Sランクである“怪物狩りの戦黒斧”を握る!
『久し振りに――思いっきり暴れてヤルゼェェェッ!!』
アルファ・ドラコニアンとトゥスカ達の戦いを見てから、ずっと身体がウズウズしてたんだからなぁぁ!!
●●●
「冒険者の皆さんなら、通行料さえ払えば通れますよ」
○一人100000G、500000万G払いますか?
パーティーリーダーである私が、纏めて全員分払わなければいけないらしい。
「だが断る」
「では、お引き取りください」
「それも断る!」
「――不法入国者だ! 引っ捕らえろ!!」
周りに突っ立っていた兵士達が、こちらに槍を向けてきた。
「行くぞ、ルイーサ!」
「おう!」
フェルナンダの判断が下りたところで、関所内部へと駆け出す!
「追え! 絶対に入国させるな!」
追ってくる兵士を倒さないように逃げ、関所半ばまで来た時――視界が歪んだ!
「……成功したんですか、フェルナンダさん?」
ノーザンが確認を取る。
「周りの景色が変わった時点で、転移は成功だ」
地味な木材の関所内部と違い、ここの木材は異様に黒っぽい灰色。
「金を払わず、兵士を一体も始末しないで無理矢理進んだ場合に起きる現象、神隠しって名前なんだっけ?」
アヤナが訊いてきた。
「そうだ。そして、神隠しに遭った場合、脱出するには、その領域の主を倒す必要がある」
「それにしても、不思議な場所だな」
屋内なのに、和風の庭園のように白い石が敷き詰められている。
私達が居るのは、その白い石の地面に降りないように張り巡らされた木造の橋廊下。
橋廊下は二階、三階の分もあるようで、広範囲が吹き抜けのようになっているため、その迷路のような異様さがよく伝わってくる。
「ここって、お城の中って事で良いのかしら?」
アヤナが、攻略情報を持ってるフェルナンダに尋ねた。
「ああ。だが、狙っていた“九尾狐狸”が出る領域とは特徴が一致しないな」
「ここ……もしかして」
アオイの様子がおかしい。
「どうしたの、アオイ?」
「……ここ、“黒昼の村”で受けた試練の場所と一緒なの」
Sランクスキルを手に入れられる試練か。
――小さな振動が伝わってきて、次第に大きくなっていく。
「来るよ……アイツが」
「アオイさんが受けた試練の内容って……」
ノーザンの質問の答え合わせをするように、角からソレが顔を覗かせた。
「このお城の中を四分間逃げろって奴だよ、アレからね」
五メートルを超える巨大な、黒灰色の肌を持つ鬼の顔が。




