592.旅立ちの邂逅
「ガウ?」
“明けの鬼京”を北東門から出て暫く、獣のごとく振る舞うバニラが虚空を……窺っている?
「モモカ、バニラはどうしたんだ?」
バニラと意識を通わせる事ができる七歳児、モモカに尋ねた。
「えっと……懐かしい匂いがするって」
「匂い?」
《そのまま、黙して進むが良い。俺はまだ、奴等に気付かれるわけにはいかん》
この声、アルファ・ドラコニアンのように頭に直接……でも、奴等のような野蛮さは感じない。
「ご主人様……これってもしかして」
「トゥスカにも聞こえたのか?」
「ジュリーも?」
「ねぇ、今なんか声が」
ルイーサとマリナにも聞こえている……簡易アセンションを経験したメンバーにだけ。
「ケルフェ、なんか聞こえた?」
「いえ、私にはなにも」
コトリ達を始め、全員がトゥスカ達を訝しみ始めている。
「気を引き締めろ。モンスターも来た」
ちょうど良く、山の斜面から鬼のモンスター達が下ってきてくれた。
さっきの声は、おそらく星獣の声。
デルタから姿を隠しているという星の意思の化身、その一体。
気付かぬ振りが吉だろう。
◇◇◇
『昨日はお疲れだったね、ピーター』
『お、オッペンハイマー様にご足労させてしまい、も、申し訳ございません!』
わざわざ私の管理室に来るなんて……。
『わ、私は……処分されるのでしょうか……』
結局、三日前の突発クエストでは《龍意のケンシ》の人間を一人も殺せなかった。
しかも、アルファ・ドラコニアン四体を失ったばかりか、二人の女を……覚醒させてしまったかもしれない。
『何を言っているんだい、ピーター? 君は、《龍意のケンシ》の同盟相手である《ザ・フェミニスターズ》に多大な死傷者を出し、解散に追い込んだじゃないか』
『そ、それはまあ……』
てっきり、コセ一派の誰かを殺さなければダメだとばかり。
でも、これで……惨たらしい死に方をせずに済む。
薬物実験、悦楽による人体欠損、ミンチにされて獣の餌……暗殺を除けば、とにかく苦しめて殺すのがDSの流儀。
『まあ、シーカー辺りから、なにやら不満の声があったのも事実だがね』
――やはり、問題が無いわけではないのか!?
『そちらは統括者としての権限で一応黙らせたから、安心したまえ』
シーカーを……黙らせた? たかがダンジョン・ザ・チョイスの一管理者の分際で?
『そんなことより、その少々騒いでいる者達を黙らせる良い案があるのだが……協力してくれないか、ピーター』
『そ、そういう事であれば是非!』
よく分からないけれど、それで私の身の安全が保証されるのであれば!!
『さて、エリカ君には大仕事を頼まねば。ククククク!』
オッペンハイマー……いったい何を企んでいるのやら。
●●●
「“斬切武装”」
発光する竹刀、”只ひたすら打ち込むのみ”に青い、切断特化の光の刀身を纏わせる。
「――“六連瞬足”」
六度の連続高速歩法を用い、擦れ違い様に――具足を着込んだ鬼三体を切り刻む。
「ワーオ、鬼武者をアッサリ。さすがだね、フミノ」
ワイズマンのNPC、メルシュに褒められる。
「これくらい、大したことはありませんよ」
剣道をやっていたのもあって、人型を相手にするのには慣れている。
だから私は、人型から大きく逸脱した物にほど対処が遅れがち。
でなければ、あの白いワームに貪り喰われずに済んだはず。
「アイツ、結構強かったのに……凄ーい」
ボーッとした顔で褒めてくれたのは、ユイちゃん。
「ユイ先生は、さっきの鬼と戦った事が?」
質問したのは、ピンクの戦巫女って感じの格好のヒビキ……髪も服もピンクなのに、何故か凛々しい格好いい人。
「うん……伝統の山村? てところで」
「そんな序盤の村で? ああ、突発クエストですか」
「うん、結構強かったイメージ」
二人の会話。
「そんな序盤で戦ってたら、ユイ先生でも強敵と感じるわけですね」
「お前ら、そろそろ安全エリアとはいえ、油断してるんじゃねぇ」
バカでかい黒斧を肩に掛けた元人間、ヘルシングのレンちゃんが、不器用に注意を促してきた。
「ありがとね、レンちゃん……そう言えば、ヒビキさんとレンちゃんは、このステージも経験済みなんだっけ?」
「おい、フミノ。なんでヒビキにはさん付けで、ヒビキより年上の私にはちゃん付けなんだよ!」
「見た目と雰囲気でだよ?」
「身も蓋もねぇな、このアマ!」
背がちっちゃいから、怒っても可愛くしか見えない。
むしろ、精神年齢は今の姿の方が合ってるのかも。
「何を騒いでいるんだ?」
「ヒッ!?」
相変わらず、コセさんが近付くと反射的に怯えるのですよね、レンちゃんは。
「ご、ごめん……」
「き、気にすんなし……」
もう結構な期間を一緒に行動しているのに、この二人の関係性は全然変わらない。
まあ、一度は受け取るのを拒んだ生前の装備を使っている辺り、頭では許してはいるのでしょうけれど。
「そう言えば、次の安全エリアの先は例の……」
「ああ、お前のお気に入りの場所か」
ヒビキさんのお気に入り?
「別にお気に入りというわけでは……」
「嘘つけ。あそこで手に入れたスキルや装備を、ずっと愛用してんじゃん」
「そういう意味では、確かにお気に入りですけれど」
ヒビキさんのお気に入りって事は……炎や和風の武具が色々手に入るとか?
●●●
「……うまー」
安全エリアにあった茶屋で、串団子というのを食べていた。
最近は美味しい物ばっかり食ってるから、ちょっと……腹回りが心配になってきたかもしれん。
「にしても……」
茶屋の……安全エリアのすぐ横に広がっているのは、寂れた村。
建物は“明けの鬼京”の物に似ているが、二階建てはないし、華やかな色も使われていないようだ。
というか、穴だらけだったり半壊してたりで、人が住めるとは思えないほどボロボロの建物しか無いだろ、これ。
「この先はパーティーごとの行動になるから、しっかり聞いてね」
メルシュが、五十人以上の前で喋りだす。
「さすがに狭いな」
「セリーヌ、お話、聞きにいかないの?」
声を掛けてきたのは、私よりも背の小さい少女、モモカ。
「ガウガウ」
退化した獣人みたいなガキ、バニラはいつもモモカと一緒だな。
「俺様はメルシュと同じパーティーだからな。わざわざ聞く必要は無い」
なのに俺様まで聞きに行ったら、本当に聞かなきゃいけない者共の邪魔になってしまうだろうが。
「スッゴーい! セリーヌって頭が良いんだね。私くらい小っこいのに!」
「お前な……」
俺様はフェアリー族だから、他種族と比べて平均身長が小さいってのに。
「何度も言ってるが、俺様はフェアリー族の中では大きい方なんだぞ?」
だから、フェアリーの男には全然モテなかったけれどな!
「俺様はこれ以上大きくなれない。そういう種族なんだ!」
だからこそ……私の種族はデルタ共に狙われて……。
「……お前たちも気を付けるんだぞ、モモカ、バニラ」
モモカの頭とバニラの顎を撫でてやる。
「セリーヌって、優しいよね♪」
「は、ハァ? 俺様が優しい?」
俺様は……私は、全然優しくなんてない。
私は只の…………偽善者だ。




