590.存在への罪悪
「じゃあ、誰もSSランクを手に入れて居ないのか」
クエストが終わって戻ってきた俺達。
各々がそれぞれ休んでいる中、俺とメルシュはリビングで話をしていた。
「気を失ったジュリーとルイーサ、タマ、クレーレの方も確認して貰ったけれど、無かったって」
残念そうなメルシュ。
「アルファ・ドラコニアンにはポイントが振り分けられてなくて、赤鬼、青鬼が3ポイントで、黒鬼が10ポイント。一番持ってそうだったアヤナ、ウララも無し……まさか、《ザ・フェミニスターズ》の手に渡るとは」
俺達の誰も持っていないとなると、必ず誰かが手に入れられるルール上、《ザ・フェミニスターズ》の誰かが持っている可能性が一番高い。
この都市に、俺達以外の誰も居ないという前提での話しだけれど。
「ギルマス様♡!」
扉を開けて入ってきたのは、リエリア?
「どうしたんだ、リエリア?」
「エレジーさんに頼まれて、こちらをお持ちしました!」
丁寧に両手で差し出されたのは、一つの腕輪?
「これは?」
「EXランクのアイテムだそうです」
手箱をもっとも多く開けた人間が手に入れられるアイテムを、まさかあのエレジーが手に入れているなんて。
「メルシュ、この腕輪は……」
どういう物か尋ねようとしたとき、ナターシャがリエリアと同じ扉からやって来た。
「ユウダイ様、コンソールの方にミキコさんから連絡が入っております」
「ミキコから? タマコからじゃなく?」
「はい、ミキコさんからです」
★
「待ってたわ」
白い庭園の空間に赴くと、ミキコと……エロい格好の踊り子の二人がいた。
こちらは、俺とナターシャのみ。
「それで、用件って?」
「私の所有権、今はアンタが持ってるんでしょ? その所有権を、チエリに渡して欲しいの」
クエスト開始直前、俺はタマコから彼女の所有権を譲られていた……自分が死んだ時のことを考えて。
《ザ・フェミニスターズ》は《龍意のケンシ》を裏切らない。という証明でもあったのかもしれない。
「ああ、それは良いけれど……タマコは?」
「我々の間に仲間割れが起き……少なくない犠牲者も出ました。そのため、心身共に疲弊しきっておられます」
チエリが答える。
たった一人、アオイが死んだ時ですら、俺は相当なショックを受けた。
タマコのショックは、その比じゃないんだろうな。
「それじゃあ」
チョイスプレートを展開、彼女にミキコの所有権を譲った。
「その代わりってわけじゃないけれど」
ミキコがチョイスプレートを操作して出現させたのは、心臓を模したような青い宝石細工?
大きさも、本物の心臓くらいだろうか?
「“マッスルハート”、SSランクよ」
「まさか、今回のクエスト報酬? 良いのか?」
「偶然とはいえ、私が手に入れた物だもの。タマコ様からの許可も下りている」
とはいえ、貴重なSSランクを簡単に。
「そのSSランクのせいで裏切りが起きたと言っても過言ではないので……遠慮せず貰ってください」
「しかも、私達が知っているSSランクに比べたら大した事ないし……こんな物のために」
「ナターシャ」
“マッスルハート”の説明を求める。
「はい。“マッスルハート”の最大の能力は、“技能力支配”。どれ程TPを消費しても、一瞬で全快するという代物です」
「TPの超回復特化装備って事か」
確かに、“ブラッディーコレクション”や“エンバーミング・クライシス”に比べると地味すぎる。
観測者め、わざと微妙な性能を選んだな。
ただ、シンプルな分、ある程度使い手を選ばずに性能を生かせそうだ。
「用件はこれで終わりよ……じゃあね」
「ステージを離れる前に一報をください。見送りには行かないと思いますが」
「……ああ」
二人が庭園から去っていく。
「ユウダイ様?」
「いや……俺達と行動を共にしていなかったら、彼女達はまた仲間を失わずに済んだのかなって……聞かなかった事にしてくれ、ナターシャ」
言っても詮ないことだって解っているのに、どうしても……彼女達の運命を自分が悪い方に歪めてしまったって……そう思ってしまう自分がいる。
「これはお前の呪いか? リョウ……」
お前を殺さなければ、こんな風に悩んだりせずに済んだのかな。
●●●
「手箱から回収されたアイテムの多くは、ランクアップジュエルが大半ですね。宝飾専用に偏っていますが」
メルシュ様に、レギオンメンバーから受け取ったアイテムを報告。
「お疲れ、ナターシャ」
メルシュ様は、同じNPCでありながら、私達使用人NPCを人間扱いしている節がある。
区別を付けてはいるけれど、情を向ける対象として認識しておられる様子。
ユウダイ様達のように生きた人達なら仕方ないのかもしれませんが、NPCであるメルシュ様が同じように接するのは……不可解ですらある。
「じゃあ、ナターシャはこのジュエルと“王族の妄執”で、“光魔の指輪”を“光帝の指輪”に進化させて」
「ありがとうございます、メルシュ様」
本来であれば、神代文字を使用できる人間を優先すべきところ……NPCにも分け隔てないと言えば聞こえは良いですが。
「それと、貴女の“ロイヤルゴルドアーマー”を預けてくれる?」
「仰せのままに」
同じNPCですが、メルシュ様はユウダイ様の伴侶にしてレギオンの参謀。
よって、私にとっては敬うべき対象。
「それで、この鎧はどなたの手に?」
「違うわよ。“ロイヤルプラチナアーマー”が手に入ったから、鍛冶屋に持ち込むの」
「……なるほど。“ロイヤルトゥルースアーマー”を制作なさるつもりなのですね」
純粋な性能もさることながら、“黄金障壁”と”白銀障壁”の両方を備えた優れた防具。
「だから、丸一日は鎧無しになってしまうから、気を付けてね」
「……私に頂けるのですか? 他の方が使用した方が……」
「ロイヤル装備で固めている貴女が、一番適任よ」
「それはそうですが……」
冷静に考えればそうなのですが……何故か納得がいかない。
「コセに迎合する形で学習しているだけあって、利他主義のような考えになってきてるわね、貴女」
からかうような笑み。
「私は使用人NPC。元より奉仕するための存在です」
「でも、マスター以外の人の事も考えている」
「ユウダイ様が大切に思っている人達を優先するのは、専属侍女として当然のこと」
「フフ、そうね」
なにがおかしいのか。
「“音階の黒角打楽器”は……プレーヤーが使いこなすのは難しそうだし、レミーシャに渡すのが最適解かしら」
時折空気感が変わるメルシュ様……この方は、本当にNPCなのでしょうか?
同じトライアングルシステムから派生しているシレイア様、ヨシノさんとも少し……メルシュ様だけが違う気がする。




