582.ドシラソファミレド
「クオリア、先に牢へ行ってろ」
赤いトカゲ男が、猛スピードでこの祭壇上を目指してくる。
「分かりました」
クオリアが祭壇裏へと翼を広げて落ちていくと同時に、この手のシャシュカと黒甲脚――“終わらぬ苦悩を噛み締めて”と“終わらぬ苦悩を踏み締めて”に十二文字刻む。
「あれが、噂のアルファ・ドラコニアンか?」
相対する事が、ここまで恐ろしいと思ったのは初めてかもしれない。
《“回転”》
赤いメタリックレッドの甲手、その先端の銀の鉤爪部分、というより鋭利な機械手を回転させ、真っ向から――身体がいきなり動かなく!?
――身体の表面を覆うなにかを、神代の力で弾き飛ばす!!
《なに!?》
なんとか紙一重で回避。
奴の能力について聞いていなかったら、今の一瞬で死んでいたかもしれない。
「“空遊滑脱”」
空を自在に行けるユニークスキルを行使――トカゲ男の容赦ない連撃を避け続ける!
《ちょこざいな!!》
一瞬だけ身体を止められて、回避のタイミングをずらされた!!
《死ね!!》
「――”逆さ立ち”!!」
自分への重力の作用を逆転させ、上空へと足から落ちていく!
《本当に小賢しい!》
“空遊滑脱”の力で、空中に着地。
「“神代の脚”――“瞬足”!!」
青白い光脚を纏わせてから“逆さ立ち”を解除――自ら高速で蹴り落ちる!!
「逃げるなよ、トカゲ野郎!!」
《抜かしたな、ノルディック風情が!!》
コイツらの思考は、拗らせた差別主義者だという。
なら、見下す相手に挑発されれば――
「――“業王脚”ッ!!」
黒いエネルギーを“神代の脚”に纏わせ、奴の超能力の力場を――力尽くで突き破る!!
祭壇最上部にて神代と業の力が炸裂し、夕焼けの空を震わせた!
「ハアハア……あの野郎!!」
防ぎきれないと見るや、祭壇裏に飛んで逃げやがった!
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「ハアハア。粗方片付きましたね、ウララ様」
「うん。でもそれより……」
ウララ様の視線の先に居たのは、ユリカとレリーフェと……ムキムキの赤いリザードマン。
「ユリカちゃんに、下がって見てろって言われたけれど……」
「劣勢ですね」
黒い角ハンマーみたいな物が乱立した、鈍器なのか大刀なのかもよく分からない武器を振り回し、二人を圧倒している。
「――“煉獄鳥”!!」
神代の力を纏った紫炎の鳥をユリカが放つも、スキルでもなんでもない何かによって防ぎきるレッドリザードマン。
「クソ!!」
《ぬるいぞ、小娘!!》
鈍器の一振りが、ユリカに直撃し――
「“風光弓術”――――シーニックブレイズ!!」
ゴツイ黒き大弓、“アルテミスの魔弓”から放たれた風と光の暴威は、レッドリザードマンの不可視の力を突き破って――派手に吹き飛ばした!
「二人とも、大丈夫ですか!」
ユリカを中心に駆けよる。
「ハアーハアー、ハアーハアー」
「無茶しすぎだ、ユリカ。あんな化け物を一人で止めるなんて」
「生半可な攻撃じゃ通じないって知ってるからよ。ていうか、まだ全員、ハアハア、気をぬく――」
――砂煙から、倒したはずのレッドリザードマンがユリカさんを狙った!!
「――“不可侵条約”!!」
ウララ様が、ユニークスキルで浮かせた“締結の聖典”で、攻撃を防いでくれる!!
《ああ、やりづれぇぜ》
空気が揺らぎ――見えない何かに全員が弾き飛ばされた!!
「ぜ、全員、神代文字の力を全身に! アイツには、神代の力無しじゃ対抗できない!」
そういうユリカは、最初からずっと十二文字を刻んでいて……既に限界が近そう。
「“神の丘の獅子”――“失墜の怨嗟”!!」
ウララ様が“神の丘の獅子伝”から呼び出した有翼蛇尾の獅子に、”堕とされし外典”の効果と“目眩く禁断を読み耽り”に刻まれた九つの神代文字で強化を施した!
「全員、下がって!」
《デカい猫がよ》
獅子が正面から突っ込むも、見えない何かに止められてしまう!
「この!!」
銀のクロスボウ、“アジャストメント・ギミック・クロスボウ”から“魔力矢”を連続で撃つ!
《ああ、ウザってぇぜ!!》
「“災禍の霧の宝珠”!!」
レリーフェが紫の宝玉を呼び出し、緑の弓から文字の力を流し込んで、宝玉が生み出す紫霧を強化。
「“風光弓術”」
文字が刻まれた弓、鏃の先端に紫霧を集中させている?
《お前ら、俺を舐めすぎだろ?》
――私と獅子の攻撃を置き去りに、一瞬でレリーフェの横へ!?
「お前こそ――私達を舐めるな、レプティリアン!!」
霧で鈍器の一撃を止めた挙げ句、リザードマンの身体に纏わり付かせて捕らえた!
「――――シーニックブレイズ!!」
至近距離からの一撃――これで決まる!!
《“音階”――ドシラソファミレド》
黒い突起物先端から順に衝撃が弾けていき、拘束していた霧ごとレリーフェの一矢を相殺してしまった!?
「ふざけやがっ――」
衝撃波を叩きつけられ、十字路脇の建物に叩きつけられるレリーフェ!!
「――オールセット1」
クロスボウから巨大な銀槍、“慟哭よ・その胸を貫きたまえ”へと持ち替え、サブ職業などの構成も全て接近戦主体へ!!
「“ニタイカムイ”!」
パワー特化の緑のオーラを纏い、銀槍に九文字を刻む!!
「カプア!!」
ウララ様の書物に刻まれた文字が共振し、互いの想いが繋が――やっぱり、ウララ様の心は……。
「気をぬいちゃダメ!!」
目の前にいきなり――レッドリザードマンが!!
「――――“神代の兆滅煉獄”ッ!!!」
紫の炎混じりの青白い奔流が、レッドリザードマンに直撃……した。
「ハアハア、ハアハア」
いつの間にか居なくなっていたユリカが、屋根の上から不意打ちを浴びせたようだ。
「ハアハア、もう……限界」
その場で膝を付き、五爪の黒杖の文字も消えてしまう。
《――よくもやってくれたな》
炎煙の中から飛び出したレッドリザードマンが、ユリカへと飛び掛かった!!
「“雷雲魔法”――サンダークラウズスプランター!!」
ウララ様の魔法が奴を牽制し、その隙に獅子が飛び掛かって組み伏せる!
「今よ、カプア!!」
「はい――“凶暴化”」
身体を赤黒く染め、TPと引き換えに力を最大限に強化!!
《邪魔だ、離せ!!》
ユリカの一撃で肘から先の右腕が消えている奴は、簡単には“神の丘の獅子”を振りほどけない!
「“溶解槍術”――アシッドストライク!!」
獅子が不可視の力で弾き上げられた瞬間、立ち上がり掛けた奴の胸を――深々と突き刺したッ!!!
《俺の念道力を……》
「ハアハア、ハアハア」
溶解液を体内からタップリと浴びせた……これで、私達の勝利は確定し――不可視の力を叩き付けられ、私もレリーフェ同様に壁に強打させられてしまうッ!!
「ガ……ハ」
木片が腹部から突き出していて……でも、なんとか勝て――
《“瞬間再生”》
奴の傷が……一瞬で全快した?
《ああ、クッソ。お前ら如きに、こんな無様を――絶対に許さねぇ》
もう終わりだ……ユリカもレリーフェも私も、もうまともに戦えるような状態じゃない。
ウララ様だって、ほとんどMPは残っていないはず。
《まずはお前からだ、ガキ女》
「く!!」
「誰……か」
ウララ様を……助け……。
悔しい……私は……また。
「“聖水魔法”――セイントスプラッシュ!!」
「“蒼穹魔法”――アジュアダウンバースト!!」
白水の奔流と蒼き重風圧が、レッドリザードマンの動きを止める。
《……ゴキブリみたいにゾロゾロとよ》
「貴方の相手は、私がします」
レッドリザードマンの前に降り立ったのは、白猫獣人のタマだった。




