572.トリプル薬液スピアー
「ハアハア、ハアハア……どうして」
どうして、そんな弱った姿を……私に見せるんですか。
「ギルマスは完璧で、リョウ様の憧れで……冷徹にリョウ様を切り捨てた……そういう人じゃなきゃいけないのに」
でなければ、私の逆恨みが……本当に只の……。
この前の決闘を見て、思い知らされた。
私じゃ、どう足掻いたってギルマスには勝てないって。
「どうして……私はこんなにも惨めなの」
好きになった人を見捨てて、自分が出来なかった事を勝手にギルマスに期待して、挙げ句に逆恨みして……復讐しようとしたあの人は、私よりもずっと正面から向き合って……苦しんでいる。
私という人間の矮小さを、これでもかと見せ付けられて……。
「エレジー?」
蹲っていた背後から、メルシュの声が聞こえてきた。
「参謀……どうして」
「マスターを探しにね……で、なんで泣いてんの?」
「ハハ……悔しくて……ですかね」
何を言っているのだろう、私。
「……教えてください、参謀……どうしたら私は、ギルマスを苦しませられますか?」
本当に、何を訊いているのだろ。
「……フーン。じゃあ、コセの大切な人になれば?」
「へ?」
「コセの大切になれば、貴女と同じ苦しみを与えられるかもね」
参謀が去っていく。
私の背を押すような事を、言われるとは思わなかった。
「…………私が、ギルマスの大切に」
私は……どうかしている。
●●●
“明けの鬼京”の外、早朝。
セラミックみたいな白い穂先を持つ黒槍の柄上部に、“溶解液”をセットして瓶の上部を内側に押し込む。
ガチャンと嵌めた直後、僅かにゴポポという液体が流れていく音が聞こえてきた。
「イッ――くよ!!」
『グギャぁぁ!!』
迫る赤い鬼、“剛鬼”が左腕を横から振ってきたから、屈んで回避後に“トリプル薬液スピアー”の柄頭で顎を打ち引っ掛け――顎打ち背負い!
鬼が立ち上がった瞬間にお腹に槍を突き刺し、槍の柄頭のボタンを押し、穂先からセットしてあった“溶解液”を一気に流し込んで始末をつける。
「なんだかおっかない武器ね、それ」
見学してた姉ちゃんが声を掛けてきた。
「“トリプル薬液スピアー”、Sランク。だいぶ癖があるけれど、強いよ」
これのおかげで、Lv40台でもこの辺の鬼モンスターを仕留められるし。
「Sランクにしては大した事ないって、メルシュは言ってた気がするけれど?」
「薬液を同時に三種類セット出来るのが、その武器の強みだ。大抵の敵に有効な攻撃手段になる」
マクスウェルの隠れNPC、ツンツン金髪のフェルナンダがこの槍について説明してくれる。
「刺してから柄頭を押さないと、あんまり意味なくない?」
お姉ちゃんにしては鋭い指摘。
「いや、セットした段階で薬液は穂先の刃に流れている。柄を押すのは、耐久性の高い奴に一気に流し込むためだ」
「なるほどね。それなら、雑魚狩りと強敵、両方に対応出来るか」
やっぱりお姉ちゃん、私が居ない間にちょっと……かなり変わった。
「南西側の鬼は狩り尽くしちゃったし、今度は北東に行こう! 北東が一番鬼が強いらしいから!」
四つある、京と外の出入口。その先は空き地が広がっているけれど、それぞれ山で囲まれていて林の向こうには見えない壁で行けなくなってる。
北東だけは、四十ステージのダンジョン部分に繋がってるからちょっと違うけれど。
「毎日張り切ってるわね、アオイ。今まではイチカ達と来てたんでしょ?」
「うん。フミノもLvが皆より低いからね。ノーザンやクレーレとも来てたけれど」
半月以上通っても、まだLv58だけれど。
《龍意のケンシ》の平均Lvは大体七十らしいから、あと10は上げたい!
「ここらの適性レベルは六十前半くらい。そろそろ頭打ちになるはずだぞ?」
「あんましモンスターの数も多くないみたいだしね」
「メルシュは、手に入りづらい鬼の素材が集まって嬉しいらしいがな」
フェルナンダとお姉ちゃん、前よりも喋るようになった。ムー!
「お姉ちゃん達だけ狡いもん!」
「狡いって……アンタが倒しても、経験値はレギオン全体に入ってるから、ほとんどLv差は埋まらないわよ?」
「レギオン全体? ……なんで?」
「ああ、まだ知らなかったか。共有のティアーズという指輪があって、パーティーリーダーが同じ色の宝石の指輪をして同じステージに居ると、パーティーメンバー全員に経験値が共有される」
じゃあ、私だけで戦っても意味ないじゃん。
ま、続けるけどさ。
「じゃあ、その指輪ってルイーサが装備してんだ……ルイーサ?」
さっきから会話に入ってこない聖騎士に目を向ける。
「……お前達に訊きたいことがあるんだが……アヤナとアオイ…………もしかして、コセとヤッたのか?」
「「「今頃?」」」
とっくに気付いてるもんだと思ってた。
「や、やっぱりそうだったのか……二人のコセへのスキンシップが増えて、なんかおかしいとは思ってたんだ」
さすがに……キスとかは人目を忍んでたけれど……ルイーサってこんなに鈍かったっけ?
「……お前達、最初はコセに興味無さそうだったくせに」
「まあ、ねー。ホホホ」
「今度コセを”忍者屋敷”に招いて、三人で襲っちゃう?」
「あ、良いわね、それ。やるじゃない、アオイ」
「それほどでも」
珍しく姉ちゃんに褒められたぜい。
「た、頼むからやめてくれ、このバカエロ双子!!」
ルイーサってば、なんだかんだで一番純情だよねぇ。
●●●
草原の上で寝転がり、太陽とは逆側の空を見上げながら風を感じる。
「……ハー……結局、ルフィルとはろくに話せなかったな」
何を話せば良いのかも判らないが。
「それにしても、あのフード付きローブの女……」
アテル達と行動している顔を見せない女は、ザッカルの話ではエルフらしいが……。
「もしあのエルフがあの方なら……あのアテル達と行動している事は不幸中の幸いだが……」
だが、もしあの方がアテルの思想を肯定しているのならば……私は大罪を犯さなければならないのかもしれない。
「……」
「――うお!?」
いつの間にか、地味モードのカナ、地味カナが隣に立っていた!!
「ああ……すいません、驚かせちゃって」
「お、おう……なんか、いつにも増して辛気くさい顔をしているな」
「あ、あの……それだとまるで、わ、私がいつも辛気くさいみたいじゃな、ないですか」
いや、お前はエロカナの時以外は辛気くさいよ。
「なにかあったのか?」
「ああ、いえ……その……れ、レイナちゃんのパーティーに、山羊の面を被った人が居たじゃな、ないですか?」
「ああ、確かミドリだっけ?」
顔合わせのパーティーとかにも出ていなかったから、コセ……殿とアテルの戦いの時に初めて見た不気味な女。
あの時のコセ……格好良かった♡
も、もう結婚もしちゃってるし……殿を付けるのはおかしいだろうか? でも、呼び方を変えるのは恥ずかしい♡ ま、まだ初夜も済ませてないし♡
「ミドリっていう名前だけなら、只の同名だと思えてたんですけど……背格好が…………す、すいません……帰ります」
「ん?」
カナの奴、結局何が言いたかったのだ?




