571.装備の覇王
『悪いな、時間を取らせて』
朝八時頃、キクル、人魚のグダラ、レイナさん、バロンの隠れNPCであるミレオが“神秘の館”を尋ねてきた。
『率直に言おう。俺達を、レギオンから脱退させて欲しい」
食堂のテーブルの対面にて仮面を外し、左側が爛れた顔を晒すキクル。
左目の瞳は白色で、その歪さに痛々しさと不気味さを感じてしまう。
「俺達に不満でも?」
「何事においても、誰も不満を抱かないなんて事は無いだろう」
はぐらかすつもりか?
「理由は色々ある。だが、大まかには二つ。一つは、内部分裂が本格化する前に《龍意のケンシ》を離れるべきだと考えたからだ」
「エレジーと何かあったのか?」
ザッカルから相談は受けていたけれど、下手に突いて薮蛇は出すべきじゃないと判断して放置していた。俺達と合流するまではと。
キクル達も、問題を起こしたかったわけじゃなさそうだし。
「二つ目は?」
「俺自身が、俺を試したくなった」
「試す?」
「俺は……一人で気ままに攻略を進めたいと思っていた。だが、このゲームは協力プレイが必要な場面が幾つもある。だからレイナ達と組んだし、このレギオンに入れて貰おうともした」
キクルの顔に、気負いは無い。
よくよく考えて答えを出したのだと分かる。
「けれど、お前とアテルの戦いを見て思ったんだ――お前達二人と、肩を並べたいと」
まさか……俺とアテルをライバルだと捉えている?
「……次のステージでは、レギオンを組んでいる必要がある」
ジュリーは言っていた。レギオンでなければ進めないカ所が複数あると。
「抜けるのは、“湖の城”に居る面々だけか?」
レイナさん達を入れても、レギオンを起ち上げるために必要な十五人には満たないはず。
「一緒に行動しているユウコ達三人と……ホタル達五人も新しいレギオンに加わってくれるそうだ」
ユウコという人の事は聞いていたけれど……まさか、キクルがホタル達と交流を持っているとは思わなかった。
「……そっか」
今後、ホタル達と一緒にやっていくのは無理だろうとは思っていたけれど……。
「キクル達と組むなら、ホタル達は安心だな」
「お前……」
キクルには、助けられたよしみもある。
「キクル達の脱退を認める」
その日のうちに手続きを済ませ、キクル達十一人は《龍意のケンシ》を抜けた。
●●●
『本当に悪いな。わざわざ来て貰って』
「同盟を組むこと自体は、俺達にとっても悪くないさ」
後日、同盟手続きのために冒険者ギルドまでコセ達に来て貰った。
「レギオン名は……《白面のケンシ》?」
『なかなかレギオン名が決まらなくてな。最終的に、リーダーである俺の特徴と……そっちのケンシをパクった。すまん』
まさか、レギオン名決めるだけで半日掛かるとは思わなかった。ユウコとレイナでちょっと喧嘩になりかけてたし。
「まあ、別に良いけれど」
コセには、不義理な事をしてばかりだ。
「悪いな、コセ。この“隆起のグランドアックス”は返すよ」
立ち会いのために来ていたレギオン幹部のレイナ、ユウコ、ホタルだったが、ホタルが戦用のブラウンの斧をコセに差し出す。
「それは別の理由で渡した物だし、レギオンは別でも同盟関係にはなるんだ。そのまま持っていってくれ」
「……世話になってばかりですまない」
苦笑し、下がるホタル。
本当に、コセには借りばかり作ってしまっている。
「さっさと同盟を組んでしまおう」
ギルドで手続きし、俺達は晴れて対等な立場となった。
『俺達は、このまま京を出る』
「ああ、気を付けて」
このまま世話になりっぱなしじゃ、俺の気が治まらない。
『コイツを受け取ってくれ、コセ』
赤いメダルを実体化し、コセに差し出す。
「……これは、ユニークスキル?」
『“装備の覇王”という、二十五ステージで手に入れた物だ……俺達にはイマイチ使い道の無い物だから』
実際、他の強力なユニークスキルと比べると大した能力じゃない。
「まあ……ありがとう」
どういう能力なのか分からないと、礼は言いづらいよな。
『お前達から借りてた装備も結局貰うことになってしまったし、遠慮せず受け取ってくれ』
「そろそろ行くわよ、キクル」
ユウコにせっつかれる。
『ああ……じゃあな、コセ』
俺達は、一足先に“明けの鬼京”をあとにした。
●●●
「ク! 上手く行かないし」
悔しがるマリナ。
「トゥスカ、コツを教えてよ!」
「コツと言われても……ご主人様と自分が一つになる……みたいな?」
「「なんかエロい」」
一緒に見学していたジュリーとルイーサが、トゥスカに突っ込む。
「正確に表現しようとした結果です!」
むくれるトゥスカ。
なんだか、以前よりも感情を顕わにするようになった気がする。
「お前らは何をしてるんだ?」
リューナが、サンヤと一緒に魔法の家の庭へとやって来た。
「この“名も無き英霊の劍”は複数の姿になれるんだけれど、俺が自力で作る二つの形態とは別に、トゥスカの力を重ねた第三の形態にもなれるんだ」
「それを聞いたマリナが、それなら自分もと試していたんです」
「トゥスカに出来て私に出来ないはずがないんだからね!」
どうしてあんなにも、トゥスカに対してだけは対抗意識が高いのだろう、マリナは。
「それなら私も試してみたいな。トゥスカと
コセで一回見せて欲しい」
ルイーサに提案される。
「悪いけれど、ちょっと休ませてくれ」
精神力を結構持っていかれるため、数回試しただけなのに大分疲れてしまっていた。
暫く歩き、適当に草原にひっくり返って腕を枕にし……青空を見上げる。
「……なんか、眠くなってきたな」
★
「…………」
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
辺りが暗くなり始めていた。
誰かが近付いてくる気配……トゥスカかマリナかな。
「居なくなられるのは、なんだか寂しいな……キクル達が居なくなっただけで、なんだか年を取ってしまったような気分だ」
昔は、他者が居るのが鬱陶しいとばかり思っていたのに。
「……時々考えてしまう。俺と関わらなければ、皆はどんな人生を歩んだのかなって」
リョウをこの手にかけてからというもの、何度も何度も頭をよぎる議題。
「俺と関わった事で、悪い方に人生を歪めてしまっているんじゃないかって」
たくさんの女性と関係を持ってしまっているのもそう。
このダンジョン・ザ・チョイスという極限状態だからこそ求められ、許されているだけで……このゲームが終わったあと、俺から離れていく人も少なからず居るだろう。
「助けたつもりが、結果的に追い詰めてしまっただけなんじゃないかって。俺が干渉しない方が、幸せになれた人が多かったんじゃないかって……俺が居なければ、リョウはエレジー達と上手くいっていたかもしれないって」
考えても仕方のない事だと解っていても、他者と関われば関わるほど気になってしまう。
「人間を嫌っている俺なんかが、俺の道を突き進んで……皆を幸せに出来るのかって」
今後、レギオンの誰かが死んだら俺は……死ぬほど悔やむんだろうな。
苦しむ姿を見るほどに、本当に彼女達をこの戦いに巻き込んで良かったのかと自問自答するだろう。
背負った責任に耐えられず、放棄してしまうかもしれない。
「……変なこと言ってごめん…………あれ?」
反応が無いことを訝しんで腰を上げて背後を振り返ってみるも、そこには誰も居なかった。
「気のせい……寝ぼけてたのかな、おれ」
取り敢えず立ち上がって、まだ浅暗いうちに“神秘の館”へと戻ることにした。




