565.壊れている女
「あれ? アオイ、髪切ったの?」
ボス戦を終えて蛇神信仰の町で色々買い物してから戻ってくると、長かったアオイのサイドテールが肩くらいまで短くなっていた。
「ベトベトになって邪魔だなって。まあ、そのうち短くしようとは思ってたんだけれどー」
「そう……」
なんか、アオイの雰囲気が今朝と違うような。
何の気なしにコセを見ると……今、さり気なく目をそらされた?
「お姉ちゃんが四十ステージまで来たら……一緒に結婚式、挙げようね」
耳元で妙に色っぽく言われた言葉が、すぐには理解できなかった。
「……ちょ、アンタまさか!」
「シー、ルイーサにバレちゃうよ?」
「く!!」
私が、ルイーサにまだ隠してることまでバレてるし!
「食堂の前で何を言い争っているんだ、お前達?」
ルイーサに怪しまれる!
「な、なんでもないわよ~。アオイ、ちょっと一緒にお風呂にでも行かなーい?」
「さっき上がったばかりだから」
てことは、やっぱりそういうことシてたんでしょ!
「私も、先にひとっ風呂浴びるかな」
「じゃあ、私はアオイに用があるから、先に行ってて、ルイーサ!」
「え? さっき、お風呂に行くって……」
「気にしない気にしなーい」
先に話を聞かないと、モヤモヤして仕方ないっての!
「あの……なにかお取り込み中でしたか?」
イチカ達三人が、いつの間にか玄関の前に。
「なにか用ですか?」
コセが逃げる!
「正式に《龍意のケンシ》に参加したく。本日よりここに、三人住まわせてください」
「「「……へ?」」」
●●●
「つまり、自分が所有していた魔法の家を売り払ってきたと」
「はい。レギオンの軍資金にしてください」
と言って、実体化した金袋をリビングのテーブルに差しだしてくるイチカさん。
「何も、魔法の家まで手放さなくても……」
「そちらが所有する家の方がレギオン戦に向いていますし、ゲームを攻略するまで雇われるのであれば、無くても困りませんので」
とはいえ、“神秘の館”に住まわせるのはちょっと。
「隣の和風の建物って、誰が所有しているの?」
フミノさんが尋ねてきた。
「ああ、私のだ」
ルイーサが答える。
「イチカさん、向こうの家に住ませて貰いません? この家は結構な人数が住んでいるみたいですし」
「構わないでしょうか、ルイーサさん?」
「ああ、良いぞ。四人じゃ持て余していたし」
なんか、あっという間に“忍者屋敷”に住むことに……別に良いけれど。
「あの……ホタルさん達からは?」
イチカさんに尋ねられる。
「昨日、帰った後からは何も」
「……そうですか」
気にして当然か。
「で、もしホタル達が、イチカを追い出せとか言ってきたらどうすんだ?」
ニヤニヤしながら訊いてくるレン。
「言ってきたら考えるさ」
「へー」
どうなるかはまだ判らないけれど、レンの指摘したパターンにはならない。そんな気がしていた。
ザッカル達がこのステージに辿り着くまでにはまだ時間がある。それまでは待っても良い。
あまり、意味は無いかもしれないけれど。
「おーい、コセは居るかー?」
日が沈んだ頃、ザッカルの声が食堂の方から聞こえてきた。
「どうした?」
「おう、ちょっと頼みてー事があるんだけれどよ。コセと……ウララとカプアだったよな? ちょうど良い、お前らも来い」
「私達も?」
いったいなんなんだ?
★
“林檎樹の小屋”付近まで連れてこられた俺達三人。
「エレジー……」
樹の根元には、鹿獣人である彼女が立っていた。
「……」
何も言わず一礼だけされる……口も利きたくない……て思われてそうだな。
一瞬、いつぞやの決闘を今からやるという話なのかとも思ったけれど、ザッカルのニヤニヤ顔が違うと物語っていた。
「それで、いったいなんのためにここまで?」
狸獣人のカプアさんが尋ねるも、ザッカルは樹の下の入り口のドアノブを掴むだけ。
「ちょっと見せたい物があってよ!」
ドアが開けられ、樹の中にあったのは……角の生えた人魚……の彫像?
灰色を帯びた水色の下半身に、長い髪。
頭の左右からは赤橙の珊瑚のような……角?
「……綺麗だ」
凄く儚げで、それでいて気品と大人の色香、自信のなさ故の幼さ、未熟さを感じる絶妙な表情。
「わー、凄い美人です!」
「確かに美しいですが……これ、本当に人形ですか? まるで本物に見えます」
カプアさんの指摘には同意だった。
「フッ! もう良いぞ、エレジー」
「リエリアへの命令を解除」
エレジーが無表情でそう口にすると、作り物と思われた人魚が動きだす!?
「…………ッ!」
「へ?」
俺の顔を見るなり頬が朱に染まり、俯いてしまう人魚の女性。
「お、おい、ザッカル! なんなんだ、この状況!」
「コイツ、エレジーが生き返らせたリエリアっていう、人魚族とホーン族のハーフらしいんだが、前のパーティーメンバーに散々ブサイク扱いされてたらしくてよー。それで、自分がどれだけ美人かって教えてやろうと思ってな」
「なんじゃそりゃ」
あの容姿で自分はブサイクとか、どうやったら思い込めるんだ?
「あ、あの、私、リエリアって言います! ……す、末永くよろしくお願い致します!!」
それだけ言い、樹の上へと泳ぎ飛んでいくリエリア。
「えと……」
「悪かったな、わざわざここまで来てもらってよ。じゃあ、飯食いに帰るか!」
ザッカルに肩を掴まれ、半ば無理矢理に“神秘の館”へと引き返させられるのだった。
●●●
「……フー」
私しかリエリアに命令できないとは言え、こんな悪ふざけのためにあの人と対面しなければならなくなるなんて……。
「ウララ様、私達も戻りましょう」
「先に行ってて、カプア」
小柄な異世界人の黒髪女性、ウララさんが私に近付いて来た?
「あの……なにか?」
「もしコセさんを殺したいなら、先に私を殺してくださいね」
――一気に心臓を鷲掴みにされて、臓物が冷えていくような悪寒に晒される!!
「な、なぜ……そんなことを……」
「ああ、怖がらないで!」
慌てた様子で謝罪するウララさん。
「私……もうコセさんが居ないと生きていけないの。だから、コセさんの前に私を殺して欲しいっていう、只のお願いだから。あまり気にしないで」
本当に申し訳なさそうにそう口にするウララさんに薄ら寒い物を覚える一方で……その後ろ姿に思い至ってしまった。
あの人は、私以上に壊れてしまっているのだと。




