58.マイホーム購入
「ありがとう! ありがとうな、坊主!」
ミニチュアの店内に居たがたいの良いおっさんが、“ネイルグリズリーのスキルカード“を一枚40000Gで買い取ってくれるというので、二十六枚全部売った。
普通に売ったら5000Gらしいカードを、一枚40000Gで。
“買い取り一割アップの指輪“の効果で、1144000Gが手に入る。
なんか、”狩爪”のスキルが必要だから、“ネイルグリズリーのスキルカード“が欲しかったらしい。
”狩爪”で動物系モンスターを倒すと、食材が九十パーセントの確立で手に入るのだそうだ。
これが、メルシュの言う金策。
「この山村では食糧不足っていう設定があるから、食べ物が通常の五倍の値段で売れるよ。逆に、食糧の買い値は十倍に跳ね上がってるから」
「だから街で買い込んでいたのか」
でも、ステージが上がってからじゃないと、そのステージの情報は入って来ないはずじゃ。
「もう、只の偶然だって」
硬い笑顔でお腹を小突かれる。
メルシュも、意図的に隠している情報が多そうだな。
「二人共、さっきの家の見取り図だよ」
店主と思われる女性と、カウンター越しに対面しているジュリーに呼ばれる。
カウンターの上には、例の見取り図が広げられていた。
「へー、離れは鍛冶場になってるんだ」
「ここには温泉もあるみたいだよ。大浴場は檜造り」
「各部屋のコーディネートも、ある程度自由に変えられるんだよ」
ジュリーとメルシュの進め方、なんか違和感があるんだよな。
「この広さなら、六人でも悠々と過ごせそうだよ」
「……六人? なんで?」
ジュリーの言葉に、一瞬思考が飛んだ。
「ジュリー達も一緒に暮らすんだよ。当たり前でしょう?」
「へ?」
なんで当たり前になってるの、メルシュさん。
これから、大人数で暮らす必要が出て来るなにかがあるって事なのか?
出来るだけ人と関わりたくないのに。
「マスター、さっさと買っちゃおう!」
「ああ……うん」
流されてるなー。
「魔法の家、“神秘の館”を御所望ですか?」
受付の女性が話し掛けてくる。
○“神秘の館“を、8500000G払って購入しますか?
俺は購入を選択。
「魔法の家の名義は、コセ様でよろしいでしょうか?」
「はい、そうです」
「お買い上げ、ありがとうございます」
受付の美女が、深々と頭を下げた。
○“神秘の館“を手に入れました。
マイホームを購入したって事になるんだよな?
「三階建ての屋敷って、円で言ったらどれくらいするんだろう?」
「数億はくだらないだろうね。一般的な四人家族の注文住宅だと、土地無しでも七千万円はするだろうし」
ジュリーが、なかなか判りやすい目安を出してくれた。
「十年前くらい前から物価が上がる一方なんだよな、現代日本は」
だから、大半の一家がアパート暮らしをしている。
「それで、これからどうするんだ?」
「私は少し別行動を取りたい。昼頃に村の中央、噴水前で落ち合うというのはどうだろう?」
ジュリーの提案……噴水なんてあるんだ、山奥の村なのに。
「一人で行動するつもりか?」
「心配してくれるの?」
「それは当然……」
「大丈夫だよ、すぐ戻るから」
さっさと店を出て行くジュリー。
「私達はどうする、マスター?」
「取り敢えず、トゥスカ達と合流しようか」
トゥスカが心配で仕方ない!
●●●
「ここか?」
私が訪れたのは村はずれの小さな酒場、兼娼館。
オリジナルには無かった建物。
店の中に入り、素早く店内に人間が居ないか確認。
「……NPCだけだな」
店内奥のバーカウンターへ向かう。
「なにか用かい、お嬢ちゃん?」
眼帯の男が、グラスを拭きながら尋ねてくる。
「売りたい物がある」
「なら果物を売ってくれないか? 果実水の原料が切れちまってんだ」
タマがワーウルフの森で手に入れた、”高所アップル”というアイテムを二十個選択し、売った。
「おお! ありとうよ、嬢ちゃん!! コイツは礼だ!」
バーの男が、120000Gと黄金のカギをくれる。
“高所アップル“を二十個以上売るのが、ここでこの黄金のカギを手に入れる条件。
「そいつがあれば、二階の娼婦のどの部屋にも入りたい放題だ。三度までなら只で好きな女と楽しめるぜ!」
勝手に変な要素を加えやがって!
二階へ上がり、目当ての黒い扉を探す。
「あった」
黄金のカギを使い、その扉を開けた。
「……誰も居ない?」
ここに、隠れNPCのアマゾネスが居るはず!
まさか……既に誰かが手に入れてしまった!!?
「つッ!」
ここでアマゾネスを手に入れて、ワイズマンとトレードするつもりだったのに!
後は、身請け金として2000000G払いさえすれば……クソ!!
……もう、正直にコセに話すしかないか。
●●●
「第四ステージは水棲モンスターが多いから、雷属性の攻撃手段を持っていた方が良いよ」
「なら、“雷属性付与“を取得しておきますか」
メルシュのアドバイスにより、Lvアップの恩恵で“雷属性付与“を取得しようとするトゥスカ。
「そうだね、第四ステージはタフな相手が多いし。“爆裂拳“は火と風の二属性だから、耐性値が低い方で計算されるけれど」
耐性値?
「よろしいですか、ご主人様?」
「ああ、良いよ」
トゥスカの中距離以上の攻撃手段は、ブーメランと燃費の悪い“魔力砲”のみ。属性付与によるカバーは必要だろう。
五人で村の中央に集まっていた。
今は、ジュリーを待っているだけの状況だ。
「雷ならジュリーは大丈夫か。私は火と闇に特化させられているからなー」
ユリカがぼやく。
「ジュリーの指示で?」
「そ。それぞれを特定の属性に特化させようとしているみたい。まあ、私もオールマイティーな育成は好きじゃないから、不満は無いけれど」
「私の“群青の槍“、水属性なんですが……」
次のダンジョンは、ユリカとタマにとって不利なようだ。
ジュリーはどうするつもりなんだろう?
「それより、火属性のモンスターには水、水属性モンスターには雷属性が効くって認識で合ってるの、メルシュ?」
ユリカが尋ねた。
「そういう傾向があるってだけで、一概にそうとは言えないよ。水棲モンスターには雷より氷が効くタイプも多いし」
「タイプ相性が属性ごとに決められているわけじゃないのか」
「モンスターによって、どの属性にどの程度の耐性があるかはバラバラ。だから、一つの属性に絞るより二つに特化させるのが一番有効かな。特に魔法使いは」
現実感が強かったから、ついゲームのような法則があるのを忘れがちになってしまう。
「そういえば、皆してよくそんな強力なスキルを持ってるよね。スキルのレア度で言えば、“魔力砲“や“拒絶領域”、“魔眼”はS級なのに」
そうなんだ。
「突発クエストの報酬でな。で、“魔眼”てなんだ?」
「あ、私が持ってるスキルです。突発クエストの時に、ジュリー様の指示で手に入れました」
「ジュリーの?」
あの一つ目女って、それらしいスキルを使ってたっけ?
「よろしければ、使って見せましょうか?」
「ぜひ頼む!」
「分かりました――“魔眼”」
タマの可愛らしいおでこに、赤い一つ目が生まれる!?
しかも、タマの目より一回り……いや、二回りはデカい!
「誰か、私に魔法を撃ってみてください」
「なら私がやるわ」
ユリカが名乗りを上げ、俺達から離れていく。
「”煉獄魔法”、インフェルノカノン!」
ユリカが放った紫の炎弾が、タマに迫る!
その時、一筋の紅い光がタマの”魔眼”から放たれ、インフェルノカノンを消し去った!?
「任意で魔法を消し去る光線を撃てる。それが”魔眼”の能力です」
「それだけだと、“拒絶領域”の方が得な気がするな」
“拒絶領域”なら、魔法とか関係なく吹き飛ばせるし。
「“拒絶領域”は発動中動きが止まっちゃうし、“魔眼”には動体視力を補助したり、暗い場所や見えない敵を見付ける能力もあるよ」
メルシュが教えてくれる。
「それは便利だな」
伊達に、高ランクのスキルというわけじゃなさそうだ。
「あ、マスター。出来るなら、可能な限り早くダンジョンに入った方が良いよ」
「なんで?」
メルシュがこんな事を言うって事は、なにかあるな。
「ここ、五日以上滞在しているとLvが1ずつ下がっていくペナルティーがあるから」
「……それはキツいな」
Lvが下がるのは地味に避けたい。
「お待たせ」
ジュリーが待ち合わせ場所にやって来た。
「ユリカ」
ジュリーがなにかをユリカに投げる。
「これは?」
「“灼熱の指輪”だよ」
「相手の火耐性を無視できる指輪だね。火属性特化の人間にとって、第四ステージでは必須のアイテムだよ」
ジュリーは、それがこの村で手に入るって知っていたのか? それとも偶然?
「あ、ありがとう、ジュリー」
「私よりユリカ向きの装備だと思っただけだよ」
このダンジョン・ザ・チョイスというゲーム、アイテムの細かな効果を知る術がほとんど無いのに、ジュリーはパーティーメンバーに必要な物を短時間で手に入れてきたわけか。
「じゃあ、マスター。“神秘の館”を実体化させて」
「ああ」
チョイスプレートを操作し、ミニチュア状態で実体化。
「それを軽く放り投げて」
「へっ!?」
壊れたらどうするんだ!? 高かったんだぞ!
「良いから早く」
「……はい」
言われた通り放り投げると、突然空中でミニチュアが消えた!?
次の瞬間、空間に穴が開いた!?
「穴の向こうに、私達の屋敷があるよ」
「……そうなんですか」
異空間に形成されるってこういう事か。
「じゃあ、行こうか」
俺が先頭で、トゥスカとメルシュ三人で潜る。
「ここが……私達の家」
三階建てのお屋敷。
「夢の……マイホーム」
この年で、こんな大きな一軒家が手に入るなんて!
○“神秘の館の鍵”を手に入れました。
「これは?」
「次からはそれを使って空間の開け閉めをするんだよ。ちなみに、マスターにしか使えない鍵だよ」
○ジュリーのパーティーが中に入ろうとしています。招き入れますか?
「ご主人様のパーティーメンバー以外、自由に入る事は出来ないようですね」
「正確には、私達はマスターの奴隷だから入れたんだよ。それ以外の人は、その都度マスターの許可を貰わないといけない」
「ちょっと面倒だな」
「名義はマスターの物だから、マスターは合鍵を作ることが可能だよ。その鍵を渡しておけば、誰でも好きなときに入れるようになるよ♪」
「それ、鍵を持っている人間が殺された場合は?」
「鍵が誰かの手に渡る事はないよ。マスターが殺されても、魔法の家は殺した相手には渡らず、消滅しちゃうからね。盗まれた場合は例外だけれど」
渡せる物である以上、そこは仕方ないか。
「よくできてる」
その情報を知っているなら、この家狙いでジュリーが俺を殺そうとはしなさそう。
ジュリーが強く勧めてくるものだから、ちょっとだけ疑っていたのだ。
チョイスプレートでYESを選択し、ジュリー達を我が家に招き入れた。