560.灰燼の魔法使いエトラ
「ここが、大樹村の最下層か」
上層の方もそうだが、こっちの方が切り抜かれた木の中に居るって感じがすんな。
「キクル達、居ないね」
「ですね」
何の気なしに触れるコトリとケルフェ。
「……」
大規模突発クエストでなにがあったのか知らねぇけど、エレジーに対するキクルの反応は冷たく、奴等だけで先行すると言いだした。
しかも、キクルだけでなくレイナの奴までエレジーによそよそしい始末。
四十ステージまで、この重たい空気に耐えなきゃならねぇわけじゃねぇよな?
「あの~、昆虫モンスターが向かって来ますよ~」
教えてきたのは、クエストでシャドウ・グリードの本体にトドメを刺した事でケルフェと契約することになった、バレンタインの隠れNPCであるホイップ。
何故か、裸に赤い縁のグリーンリボンを巻き付けただけの……ほぼ裸にしか見えない半裸女。
ボリュームのある横に広い茶髪ショートに、派手な赤いうさ耳リボンが頭上についている。
「この私が一掃してやろう」
そういって前に出たのは、黒っぽい紫ショートに褐色肌、目のすぐ上から直上に二本伸びた黒い角を持つホーン族のエトラ。
コトリが契約した美女、二十四歳。
今にも灰となって崩れてしまいそうな赤味を帯びた黒灰の杖を掲げ、魔法陣を二つ……あれ、アイツの得意属性って確か――
「おい、ちょっと待て!」
「”灰燼魔法”――アッシュブラスター!!」
高熱と火花を帯びた黒灰の奔流を二つ放ち――……モンスターを一瞬で全滅させちまった。
「フッ――これが、私とお前達との格の差という奴だ」
Lvが74って理由だけで、なんでそこまで粋がれるんだ、コイツ!
「このバカ! 火属性攻撃はするなって昨日説明しておいただろうが!!」
「へ? ……あ」
周囲から緑の液体が染み出してきて、あっという間に水位が上がり、勢いも増していく!
「“戦乙女の天馬”」
コトリが有翼の軍馬を呼び出し、エレジーとホイップを乗せて回避。
ケルフェは、“蹴り飛ばせぬもの魂のごとし”とかいう鈍色の脚甲で空を蹴り、《獣人解放軍》の女二人も空を歩いて地面から離れた。
さすがに、一度はここを突破しただけはあるか。
「夜鷹」
俺の生意気メイドであるアルーシャは借りた指輪で、俺は“天翔のブーツ”で逃れる。
「エトラ、ボサッとすんな!」
「か、“灰燼の竜翼”!!」
灰色の六翼で、遅れて避けるエトラのアホ。
エレジーが契約した女はというと、“遊泳”持ちのため最初から危険は無い。
「ハー……キクル達を危険に晒してなきゃ良いが」
あっという間に河となって下へ下へと流れていくのを見て、つい不安になっちまう。
「ちょっと、エトラ!」
コトリが叱るとか珍しいな。
エトラはだいぶ年上だから、余計にシュールだ。
「わ、悪かったわよ! でも、火属性が使えないんじゃ、私には何もできないじゃない!」
「お前、《真竜王国》って三大レギオンの所属だったんだろ? 火が効かない相手への対処法とか考えてねぇのかよ?」
「その時は、仲間がどうにかしてくたもの!」
他力本願か!
「ハー……せめて、神代文字が使えれば」
この女、“万物よ灰燼に帰せ”なんて名前の杖を持っていながら、神代文字を刻めないらしい。
「……」
「な、なにかしら? コトリ……」
「ベッつにー」
なんだ?
「おい、さっさと進んだらどうなんだ!」
生き返らせた虎獣人の女に言われちまう。
コイツら、普通に生意気なんだよなー。
「おう。行くぞ、お前ら!」
人を率いるって、マジで面倒くせー。
●●●
「大丈夫ですか、レイナさん?」
獅子獣人であるグロスさんが尋ねてきた。
「え、ええ、大丈夫です」
突然上から、雪解け水のように大量の緑水が流れてきたのには驚いたけれど。
「レイナさんは、俺が必ず守りますから! 安心してください!」
「ど、どうも……ありがとうございます」
解放軍の人達は異種族、特に異世界人を嫌うって聞いてたのに……なんでこの人は、私に好意的なんだろう?
『おい、そこのお前! 無駄に馴れ馴れしくするな。進むのが遅れるだろう』
キクルさんが不機嫌そう……まだ、エレジーさんの事で気が立ってるのかな?
「貴様、異世界人風情が! レイナさんはか弱いんだぞ! もっとこまめに休憩を取るべきだ!」
か弱い……。
『レイナは、か弱い女なんかじゃない』
「キクルさん……♡」
なんだか、認められているみたいで嬉しくなってしまう。
「ごめんなさいね、キクル。グロスはか弱い女が好きで、幻想を抱いてしまうような奴だから」
そう言ったのは、赤い髪と妖艶な雰囲気を持つ鼠獣人のマウーサさん。
獣人なのに何故か魔法使いだという彼女の手には、赤黒い残骸がくっ付いたような、中心に小さな宝珠を持つ不気味な杖が握られている。
「死ぬ前は、あそこまで露骨じゃなかったのだけれど」
「お、おい、マウーサ! て、適当な事を言うな!」
「はいはい。さっさと進むわよ、グロス」
「おい!」
グロスさんが、キクルさん達を追っていく。
「少し見ない間に、随分面白い関係になっているみたいね、貴方達」
本気で面白がってそうないやらしい笑みを浮かべていたのは、黒ドレスを纏う白髪の美女……ユウコさん。
正直、この人が私達とクエスト後も一緒に行動するなんて思ってなかった。
「どういう意味ですか?」
「自覚が無いようね。貴女、私なんかよりもずっと罪作りな女ね」
「はあ?」
「行くわよ、ロメオ、ビッチィ」
ユウコ・ロメオ・ビッチィさん達三人が、先へと進んでいく。
「……やっぱり、あの人はなんか嫌い」
●●●
「ク!!」
魔法の家の領域内で、ミキコと得物をぶつけ合う模擬戦をしている。
「ハアハア、ハアハア」
「そろそろ切り上げても良いんじゃないかな?」
「黙れ!」
Lv差もあって、十手の二刀流でも俺の防御を崩せないミキコ。
「神代文字ってのがあるんでしょ? 使いなさいよ!」
「下手をすると殺してしまいかねないんだけれど……いや、大丈夫か」
“名も無き英霊の劍”を地面に突き刺す。
「……どういうつもりよ!」
「剣に刻むと危ないからな――ハッ!!」
“偉大なる英雄の天竜王鎧”の両手脚の甲手部分に、三文字ずつ――計十二文字を刻む。
「来い」
「――バカにして!! “三連瞬足”!!」
前から突っ込むと見せかけて、三度目の瞬足で真後ろを突いてきた――けれど、振り向きながら紙一重で十手を避け、切っ先が鋭い十手を指で挟んで止める。
「な!?」
「上手くいったな」
意識して文字の力を身体の表面に展開し、肉体強度を上げる戦術。
今までにも無意識にやっていた事ではあるけれど、意識してやったのはこれが初めて。
「この感じ、剣を巨大化させた時と同じだな」
意識の形というか、向ける方向性が違うだけで。
「指で挟まれてるだけなのに……動かせない」
「稽古の誘いを受けて良かったよ」
ミキコが殺気混じりで仕掛けてくれるから、かなり実戦に近い感覚の訓練になっている。
「バカにしないでって――言ってるでしょう!!」
「いや、素直なお礼なんだけれど」
舐めプされているように思われるのは仕方ないけれど、文字を刻める人間とそうでない人間には大きな隔たりがある。
スキルや武具効果を使った戦闘ならともかく、只の白兵戦で俺がミキコに遅れを取る可能性は限りなくゼロ。
指を離すと、またすぐに攻撃してきてくれる。
「はあああッ!!」
それから小一時間程、俺とミキコは戦闘訓練に励んだのだった。




