559.刻まれた不協和音
テーブルに身を乗り出したホタルの連撃を、レンがなんとか防いでいる。
守られているイチカさんはというと、ホタルの行動に理解が追い付かないのか、茫然自失となっていた。
「どけ――邪魔をするなッ!!」
「するに決まってんだろうが! また死んでたまっかよ!!」
“隷属の印”を持つレンは、イチカさんが死ねばその時点でゲームオーバー。
「よせ、ホタル!」
「ホタルさん、また発作を!」
止めようとするケイコの横で、海狸獣人のムダンが不穏な発言を。
まさか、朝鮮人アレルギーだったとは。
「――クソ!!」
体勢的に防戦一方だったのもあって、ヘルシングのレンが大きく吹き飛ばされる。
「くたばれッ!!」
俺が剣を握ろうとした瞬間、ホタルが殴り飛ばされた!?
やったのは、意外にもナオ。
「ハアハア、関係のない奴は引っ込んでいろ!!」
「朝鮮人を殺したいんでしょ? 私の母親は韓国人。つまり、私は朝鮮人とのハーフよ」
「――……だったらお前も!!」
ナオにまで牙を剥こうとした瞬間、黒い銃をホタルの眉間に向けているケイコと、青白く輝く竹刀を首筋に添えるフミノさんが。
「いい加減にしろ、バカホタル。これ以上暴れんなら――お前を殺して、俺も死ぬぞ」
「…………ッ!!」
「どうして……ですか? ホタルさん……」
縋り付くように恐る恐る尋ねるイチカさん。
「……私の母親は、いつも不安を抱えていて、それに囚われているような人だった。だからかな……いつの間にかとある宗教に入信して、金品や土地を売っていた。家族の誰にも知られないように」
「……その宗教って」
「さっき言ってたよな? 一族には宗教の上役が居ると――そうさ、私の母親がのめり込んだのは――在日朝鮮人が日本で作った宗教だッ!!」
後退るイチカさん。
「私の家庭を滅茶苦茶にしたバカ女は言ってたぞ。国会議員や日本の首相、外国の議員からもビデオメッセージを何度も貰ってたってな!!」
ホタルの殺気が増す。
「訴えても警察は動いてくれなかった! 弁護士を頼っても司法は消極的! さっきの話を聞いてようやく納得いったよ――日本て国が、とっくの昔から朝鮮人の国にされてたんだってなッッ!!」
「ホタル……その辺にしとけ」
「…………帰るぞ」
武器を消し、出口に向かってイチカさんの横を通り過ぎていくホタル。
「……日本人を苦しめている権力者は、朝鮮人の中でも一部です……だから」
「その権力者の使いっ走りになって良いように利用されている朝鮮人は無実だって? 良いから死ねよ。お前らは、遺伝子レベルで野蛮なんだからさ」
一人、食堂から去っていくホタルの後ろ姿に……もう二度と、肩を並べて戦う機会は訪れないだろうと……確信してしまった。
「……悪い、コセ。朝鮮人絡みじゃなければ、アイツは誰よりもまともなんだ……十二のとき、結局……一家離散したらしくて」
ケイコが申し訳なさそうに謝る。
「純粋に、残念だと思ってる。行ってあげてくれ」
あの状態で一人にすると、きっとおかしな方向に考えてしまうだろうから。
「本当に悪い」
「お騒がせしました」
ケイコとムダンが謝罪し、ホタルのパーティーメンバー四人は“神秘の館”を出て行った。
残されたのは、なんとも言えない殺伐としたやるせない空気と……立ち尽くすイチカさんだけだった。
●●●
「……」
帰ると言いながら、門を出た後そのまま大樹の方まで来てしまっていた。
「この魔法の家は……“林檎樹の小屋”」
『よく知ってるな』
「――誰だ!!」
暗がりから出て来たのは、白い面を付けた巨漢!!
『誰だはこっちの台詞なんだが……俺はキクル。コセ達に相談したいことがあって、わざわざ足を運ぼうと……お前、泣いてるのか?』
「へ?」
そう言われた瞬間、熱いなにかが頬を伝い……冷たく顔を濡らしていった。
●●●
殺伐とした空気で終わった話し合いののち、二階のエントランスで風に当たっていた。
「凄い話……聞いちゃったな」
このゲームに私達を巻き込んだデルタって言うのは、漠然と異世界の超常的存在だと思っていたけれど。
「朝鮮人……レプティリアン……か。どれも、いまいちピンと来ない」
学校や親の安っぽい道徳感にはウンザリしてたけれど……自分の方がおかしいんだろうなって思って、向こうでは普通らしく振る舞っていたっけ。
「なに黄昏れてんのよ、ミキコ」
「パンパン、アンタも来たの?」
私と一緒に生き返った、大熊猫獣人のパンパン。
「そりゃ、アンタ以外に知り合い居ないし。ちょっと空気悪いし」
「でも、険悪にはなってなかったわよね?」
ホタルという女の悪口を言う人は、あの場には誰も居なかった。
この集団は、他者を思いやって理解しようとする傾向がある。
「パンパン……迎えが来たら、タマコ様はその後どうすると思う?」
「ん? さあ? 今まで通りなら、この四十ステージに留まろうとするんじゃないかな。ここは大きな都市だし、滞在ペナルティーも軽めだし」
今までのタマコ様の方針なら、十中八九そうなるだろう。
「デルタ……か」
このゲームを仕掛けた人間が同じ世界の人間だと知ったからなのか、私は……デルタに対して、戦意が漲って仕方ない。
●●●
「お前ら、準備は出来たな!」
海賊の隠れNPC、メアリーが嬉々として尋ねてくる。
拗れた親睦会から一夜明け、私達は“海上連結船”の東側へとやってきていた。
タマコ率いる《ザ・フェミニスターズ》の面子は、全員北側から出発して幽霊船ルートを進んで貰う事になっている。
ルイーサ、ジュリーのパーティーメンバー九人も幽霊船ルートなため、こっちには居ない。
「“海賊船”!!」
メアリーの固有スキルにより、立派な三十門戦列艦が海上に出現。
ぶっちゃけ、メアリーの固有スキルが一番、隠れNPCの中で使い勝手が悪い。
なにせ、もう一つの固有スキルが“船長”。船を自在に動かす事に特化した能力だから。
「私の船の定員は六パーティー。お前達の通常帆船の倍で、うちのレギオンは全員乗れるんだが、アテルと新入り共のパーティーは別の船に乗る。二パーティーなら乗せてやれるが、本当に良いのかい? メルシュ」
「ええ、結構よ」
というか、《日高見のケンシ》が全員こっちのルートを選択してくるなんてね。
三十七ステージは前半がパーティーごとだし、後半の道はタイミングをずらしての行動だったため、一昨日はほとんど接触していない。
「ツェツァ!」
リューナがスヴェトラーナに話し掛ける。
元リューナの親友で、私達ともそれなりに長く行動を共にしていたうちの一人。
「……なに?」
「私のパーティーは、そっちの船にお邪魔させて貰っても良いだろうか?」
「それは……」
「僕は構わないよ」
迷うスヴェトラーナの後ろから声を掛けたのは、アテル。
「エリューナさんでしたよね? 彼女から噂は聞いています」
「あ、ああ……どうも」
差し出された手に、躊躇いながらも握手を返すリューナ。
アテルと同じEXランクの指輪が、スヴェトラーナの手にもある。
つまり、この二人はそういう関係になったということ。
スヴェトラーナと共に去っていったルフィルの指にも、同様の指輪が嵌められている。
これで、スヴェトラーナ達が戻ってくる可能性はほぼゼロになったわね。
「急にすまない、メルシュ」
リューナ、サカナ、サンヤ、ヒビキ、ノーザン、トキコの六人は、アテルの船行きか。
「ま、大丈夫だよ」
こうして、クマムをパーティーリーダーとしたナオ、ナノカ、カナ、モモカ、バニラ。サトミがリーダーのリンピョン、メグミ、クリス。ユイがパーティーリーダーの、シレイア、ウララ、バルバザード、カプアが帆船。
チトセがパーティーリーダーの私、ヘラーシャ、スゥーシャ、バルンバルン、タマのパーティーが”耐弾性クルーザー”に乗って海原へと繰り出すこととなった。




