556.ヘルシングのレン
「いやー、マジで美味かったわ!」
レンが腹をパンパン叩いて喜んでいる。
人が増えたのもあって、この広かった食堂もだんだん手狭になってきたな。
「セリーヌさんはどうだった?」
「…………フン!」
文句を言わないなら、悪くはなかったのだろう。難癖付けてこない辺り、やっぱり悪い子……人じゃなさそうだ。
「フーン。そういう経緯で、今居るステージがバラバラなのか」
レン、イチカさん、フミノさんの三人でメルシュから俺達の事情を聞いていたらしい。
「私が死んだのは三十七なので、二、三ステージ分すっ飛ばしたことになるのですね」
「俺も、二十から二十八ステージに落とされたから、八ステージ分知らない事になるな」
フミノさんの発言に割って入る形となる。
「私は五十三ステージにいた……はず。ていうか、お前ってヒビキだよな?」
少し離れた場所に座っていた、赤い髪の戦国美女に尋ねるレン。
「……レンという名前でもしやと思いましたが……本当に貴女でしたか」
「知り合い?」
俺が尋ねると、少し不機嫌そうに頷くヒビキさん。
「彼女は、私が以前に所属していたレギオン、《絶対攻略》のエースです」
二人は、元々同じレギオンのメンバーだったのか。
エースって事は、ヒビキさんよりも強い?
「そういやそうだっけ。お前んとこの女メンバーとレギオンリーダーがデキてて、それが切っ掛けでアップデート中に事件が起きて……良い迷惑だぜ、まったく」
「……元パーティーリーダーとして謝罪します。申し訳ありませんでした」
立ち上がって頭を下げるヒビキさん。
「よせよせ。男女のイザコザだ。レギオンリーダーにだって問題はあっただろうよ。ていうか、まさかお前がこんな、いかにもハーレムって感じのレギオンに所属するとはな」
「色々ありまして……あの、あの後どうなったのか、教えて貰えませんか?」
落とされたヒビキさんは、《絶対攻略》の顛末を知らなかったのか。
「レギオンメンバーが二分されて全力の殺し合いに発展したあと、リーダーが死んだ。それによってレギオンは強制消滅。連結していた魔法の家がバラバラになった際に私は靄に呑み込まれた……つまり、私が知っている情報はお前と大差ない」
靄に落ちた?
「ならやはり、生き残った《絶対攻略》のメンバーは全員、靄に呑み込まれたと考えた方が良さそうですね」
「私みたいに、意外な形で遭えるかもな」
「……」
「な、なんでこっち見てるんだよ、お前!」
なんか引っ掛かる。
「……レンさんの本来のバトルスタイルって……爪と尻尾による接近戦。“時空魔法”による背後、上からの奇襲が得意だったりします?」
「――な、なんで知ってんだ!?」
マジかよ。
「……メルシュ」
「はいはーい」
料理が片付けられたテーブルの上に、メルシュが黒い手袋や刃物のような尻尾などを並べていく。
「モモカ、バニラ、二階で絵本を読みましょうか?」
「え、良いの!? やったー!」
「アウ♪」
不穏な気配を察したのか、ドライアドの隠れNPCであるヨシノが、モモカとバニラを食堂から連れ出してくれる。
「“黒神鉄の爪手袋”に“黒神鉄の獣装脚甲”、“凶魔刃の蛇尾”、“邪影人獣”のユニークスキルまで……疑いようがねぇ。これは私の持ち物だ!!」
「ヒビキさん、“邪影人獣”のユニークスキルは、彼女の物で間違いないですか?」
「え、ええ……間違いありません。彼女が突発クエストで手に入れた物です」
他の装備品はともかく、一つしか存在しないユニークスキルなら確実か。
「おい、どういうことだッ!!」
「……三十七ステージでおかしくなっていた貴女を――俺が殺した」
なんとなく、そういう予感は少なからずあった。
シャドウ・グリードと黒の異形が、ダブって見えてたから。
「……お前が……私を殺した? じゃあなにか? 私の身体がこんな小っこくなったのは――テメーのせいだって言うのかよッ!!」
今にも射殺さんほどの殺気。
「待ってください、レンさん! あれは仕方なく!!」
「うるさい!! 黙ってろ、イチカ!! 装備セット――…………」
「私……大きな声は嫌いなの」
普段の地味な格好のままで、ギラつく黒い大鎌をレンの首元に添えているカナ。
「…………」
「その装備は全部返すよ。せめてもの謝罪だ」
悪いことをしただなんて、これっぽっちも思ってはいないけれど。
「……ここで受け取ったら、私が惨めだろうが……とっとと片付けてくれ」
椅子に座り、腕を組んで反抗の意思が無いと示すレン。
メルシュに視線で合図し、彼女の生前の装備を全て回収してもらう。
「……イチカさんには少し話したけれど、ホタルとイチカさんのパーティー全員、俺のレギオンに加わる気はあるか?」
この流れでとは思いつつ、この親睦会最大の目的を切り込む。
「私自身は攻略に意欲的だ。けれど、パーティーメンバーと話し合う時間が欲しい」
ホタルの回答はもっともな物だった。
「ザッカル達が四十ステージに辿り着くまでに答えを出してくれれば良い。ジックリ話し合ってくれ」
「ちょっと聞いてたけれど、《龍意のケンシ》は攻略に意欲的なんですよね?」
質問してきたのは、フミノさん。
「俺達の目的は、このゲームを終わらせること。これ以上は、レギオンに加わってからお話しします」
「終わらせるって、このゲームを仕組んだ奴等を殺すって事か? できんのかよ、そんなこと」
少し喧嘩腰のレン。
「出来る……らしい。ただ、奴等は全力で妨害してくるだろう。俺達には、色々と奴等に目を付けられる理由があるからな」
「そりゃ、命が幾つあっても足りなさそうだな」
真に受けていないのかなんなのか。
「……一つ良いですか?」
イチカさんからの、神妙な雰囲気の問い掛け。
「誘い人と名乗って私達をゲームに巻き込んだのは……ディープステートですか?」
食堂の空気が一変する。
「ディープステート? どっかで聞いたことあるような……」
レンにはピンときていないらしい。
「昔、本で読んだことがありますね。確か、ロスチャイルドやロックフェラーが世界を金融的に支配し、その手足となって政治や経済、メディアなど様々な分野を牛耳っていると言われている組織でしたよね? ジョン・エフ・ケネディー大統領やドナルド・トランプ大統領の暗殺をCIAに実行させたっていう。FBIもグルでしたっけ?」
「……そうなの?」
フミノさんから知らない情報が色々出て来たため、メルシュに確認してみる。
「まあ、間違ってはいないかな」
一応、合ってるんだ。
「ああ、陰謀論て奴か。私も知ってるぞ。アメリカの大統領は、グレイだかホワイトなんちゃら宇宙人と取引して、地球人を誘拐する許可を出したんだろ? ハハ!」
レンが、少しバカにしたような感じで喋り出す。
「代わりに軍事技術を貰って軍産複合体を作ったら、アメリカ政府のコントロールを離れて暴走し始めた。それを暴露しようとしたからケネディー社長殿が暗殺されたんだろ? その後のブッシュとかオバマ、歴代の大統領が任期中に戦争を起こすのは、軍需産業でボロ儲けするためってな。私が好きなライトノベル作家や漫画家がそう発言してたよ」
「「「…………」」」
この場に居る全員が沈黙する。
「へ? お前ら、本気でこの話を信じてんの? ……まあ、私もちょっと半信半疑だけれど」
妙な空気感に、レンが少し冷静になってくれる。
「……その件に関する事で……お話があります」
イチカさんが、重そうに口を開き……語り始めた。




