555.親睦会
『やってくれたね、ピーター』
『も、もう一度チャンスを!! どうか!!』
土下座する憐れな男を、画面越しに見下ろす。
『君の失態は、コセ一派を一人も殺せなかったどころか、せっかく始末した仲間を生き返らせてしまったこと。更に戦力を増強させてしまった事だ』
隠れNPC・ヘルシング。あれは、高いレベルで神代文字を操れる厄介な人間だった。
それが、アップデート時におかしくなって、プレーヤーを殺し回ってくれていたというのに。
『この二、三ヶ月で、神代文字を刻める人間と刻める文字そのものの数が増えている。この意味、君なら解るね?』
『神代文字の力の源が……我々にとって都合の悪い方向に……運命を動かし始めた……から』
『我々が今居るこの地球は、完全に闇に堕ちた。故に、高次元の魂を持つ者達であっても、我々闇の勢力にはもう絶対に勝てない。この星の人類が、それを無意識に望んだからだ』
そう、奴等は望んだんだ。
自分達が知らないうちに、破滅と隷属の運命を選択した――クククククク!!
『贖うには、神代文字の源である奴等自身を葬らなければならない』
『ちゃ、チャンスを頂けるのですか!?』
『大規模突発クエストによって、多くの神代文字の使い手が死んだからね。その実績も加味し、君には、私の一存で最後のチャンスをあげることにした』
『最後の……』
恐怖に屈した人間が目の前で這いつくばり、羽虫のようにちっぽけな希望に縋る……何度見ても素晴らしい光景だ。
『一人で良い。NPCを除く、コセ一派の人間を殺せ』
『……一人……でよろしいんですか?』
『ああ。一人でも殺せれば、私がレプティリアンの方々から君を全力で守ってやろう。絶対にね』
『――あ、ありがとうございます! ありがとうございます!! ありがとうございます!!』
もう助かった気でいるのかな?
『ただし、クエストを仕掛けるなら後発組を巻き込むんだ。現在、《日高見のケンシ》と行動を共にしている彼女達をね』
『や、奴等が四十ステージに来るまで、私の安全を保証して頂けるのであれば……必ずや』
『良い返事だ』
まあ、君には最初から期待していないがね。
●●●
「……チ!」
夕食時になっても、中々心を開いてくれないセリーヌ。
打ち解けたいというわけじゃないけれど、最低限の信頼を得ないと背中を預けられない。
買った奴隷と違い、生き返らせた奴隷は契約を解除したり出来ないからな。
「まだいじけてんの? セリーヌっち」
「……諦めれば良いのに」
クレーレとアオイが、食堂の俺の指定席にふんぞり返っているセリーヌに尋ねる。
「チ! 話し掛けんな、クズ共」
口が悪すぎる。
それに、テーブルに脚も乗っけててマナーも悪い……脚、細くて綺麗だけれど。
「セリーヌちゃん、もう少し和やかに……」
「黙れ、男。俺様は二十四。お前よりも年上だ」
「……本当だ」
チョイスプレートで確認すると、24歳と表記されていた……全然気付いてなかったな。
「えと……セリーヌ」
「セリーヌ、様だ――――ヒッ!!?」
トゥスカの殺気に当てられて、怯え出すセリーヌ。
「さ、さんで、ゆ、許してやる……」
恐怖に折れやがった。
「俺たちはゲーム攻略に積極的だ。君はどうする?」
「お前達が先を目指すなら、俺様だって付いていかないわけにはいかねーだろうが」
なんでこんなに言葉遣いが乱暴なんだろう、この人。
背がモモカより少し大きいくらいなのもあって、子供がいきがっているようにしか見えない。
「意思を確認したいんだ」
もしゲーム攻略に積極的でないなら、このステージまで辿り着いたモモカに譲渡し、二人か三人でこのステージに残って貰う事も考えていた。
最初から、七歳のモモカを連れて行くには酷すぎる道のり。
そろそろ、攻略への参加を諦めさせるべきだろう。
魔法の家でなら毎日会えるし。
問題は、俺達がモモカの居るステージから離れた後のこと。
「……お前達こそ、随分攻略に積極的だな」
「ゲームを終わらせて、自由になりたいからな」
このダンジョン・ザ・チョイスその物を終わらせるつもりだけれど。
「……良いぜ。俺様も、こんなクソみたいな世界はごめんだからな――だが忘れんなよ? 俺様を裏切るような真似したら、命懸けで道連れにしてやるからな!」
彼女の怒りの目は真っ直ぐすぎて、自分が裏切ることなんてなにも考えてないっていうのが伝わってくる。
「……」
「なんだよ?」
「いや、思ったよりも仲良くなれそうだなって」
「はあ?」
「ユウダイ様、イチカさんとホタルさん達がお着きになりました」
俺のバトルメイドであるナターシャが教えてくれる。
「もうそんな時間か」
今夜は顔合わせも兼ねて、彼女達も夕食に招いていた。
「食堂にお通ししても?」
「ああ、頼む」
廊下側の扉から、八人の女性が入ってくる。
「――ヒッ!!?」
さっきのセリーヌと似たような反応をしたのは、黒髪の不良みたいな小柄の少女……て、俺に怯えたのか?
「どうかしたの、レンちゃん?」
「ちゃん付けすんな、フミノ!」
白カチューシャと艶やかな黒ロングが印象的な彼女は、フミノというらしい。
サトミさんの大和撫子な雰囲気に、凛々しさが加わったような人だな。
「紹介します。こちらの和美人がフミノ。小柄な方がヘルシングの隠れNPC、レンです」
橙髪ロングの美女、イチカさんが紹介してくれる。
「言っておくが、私は元々人間だ。NPC扱いしたら只じゃおかないからな……」
偉そうにした次の瞬間、俺の顔を見て引き攣るレン……なぜ?
「私の方も紹介しておこう」
右前髪が長い、黒髪ポニーテールのホタルが、手振りで四人のうちの二人の女性を前に出させる。
「こっちのファンキーなのがケイコ、白衣を着たのが海狸獣人のムダンだ。ケイコ、ムダン、彼がレギオンリーダーのコセ」
「初めまして、コセ。一応、俺達の恩人てことになんのか?」
男装の麗人というか、ファンキーな麗人という感じの荒々しい黒髪ショートの女性、ケイコは、黒いレザーのズボンにタンクトップ、その上に防弾チョッキのような物を着ていた。
「ハエー、本当に若いんですねー。でも、年の割に精悍な顔つきですね。良い意味で柔らかい印象を覚えます」
赤味のある茶髪を肩で切り揃えている海狸獣人のムダンさんは、白衣や眼鏡のせいか、獣人にしては頭脳派という感じがする。
「コセだ。《龍意のケンシ》のリーダーをしている」
ムダンさんの柔らかな空気感がそうさせたのか、自然と握手を求めていた。
「海狸獣人のムダン。ホタルちゃんのパーティーで、魔法と調合関係を担当してますー」
「魔法? 獣人なのに魔法使いなんですか?」
獣人は、全員が戦士のはず。
「クエストで“職業変更書”という物を手に入れまして。本来は戦士なのですが、私は後衛向きの人間なので」
「へー、初めて聞きました」
どっかで見掛けた気もするけれど。
「それじゃあ、俺は夕食の仕上げがあるので。トゥスカ、こっちの自己紹介をしておいてくれ」
「はい、お任せください」
「「「へ?」」」
来客組が驚いている。
セリーヌも、俺が厨房に立って大量の料理を作っている事に驚いてたんだよな。
「……男なのに?」
ケイコに訊かれる。
「いつもじゃないけれどな」
そんなに驚かれるような事だろうか?




