57.伝統の山村
「ふぅ、ようやく着いた」
途中から風が吹き始めて、ロープの橋はかなり揺れた。
「よがっだ……生ぎでる……」
地を踏みしめた瞬間、泣きながら頽れたのはユリカ。
アイツ、強風に煽られて一回落ちかけたからな。
飛べるジュリーがすぐに助けたけれど。
あのタイミングで、よく咄嗟に動けたものだと感心する。想定して、いつでも動けるようにしていたのだろうか?
まあ、メルシュも備えていたようだったけれど。
「メルシュ、この村で次にするべき事は?」
ステージが上がった事で、この第四ステージの情報を取得出来たはず。
「この村には伝統のアイテムがある」
伝統の山村という名前の由来か。
「それを手に入れろって事か?」
「お金さえあれば手に入るよ。さっそく見に行こう!」
「ごめ……わだし……ちょっど動げない」
ユリカ、まだ身体をガクブル震わせている。
「ご主人様達だけで先に行ってください。私が残りますので」
「タマも残ります」
二手に分かれるくらいなら俺が背負おうかとも思ったけれど、ユリカの主張が強い胸が目に入ったので口を噤んだ。
「危険な奴が居るかもしれないし、気を付けろよ」
「ご主人様も、気を付けて」
トゥスカと軽く唇を重ね、三人で村の中へ。
●●●
コセ達三人の姿が遠ざかっていく。
トゥスカとコセ、私の前でもの凄く自然にキスしやがった。
「ハァー……」
婚姻の指輪のランクで、ジュリーに負けたのだって悔しいってのに。
「ユリカ、前より良い顔をするようになりましたね」
「へ?」
トゥスカが声を掛けてきた。
「私は、ご主人様と貴方の関係に口を挟むつもりはありません。本気でご主人様が好きなら、仲良くしたいと思っているくらいです」
前にも私を応援してくれるような事言ってたな、コイツ。
「私が、コセと付き合っても良いの?」
「真剣にご主人様を想うのなら構いません。良い雄が複数の雌を獲得するのは当然ですから」
動物の、弱肉強食論みたいなこと言い出しやがった。
まあ、真理かもしれないけれど。
「遊びは許しませんから。それに、ご主人様に相応しくない雌を近付ける気もありません」
「私とコセが居た世界って、一対一が基本だからね」
「貴方は、元の世界に戻りたいのですか?」
「戻る気は……無いわ」
両親には少し悪い気もするけれど、向こうの世界で幸せになれる気がしない。
冗談ではなく、向こうでは大きな力に人生を閉ざされている、包囲されているという感覚が常に纏わり付いていたから。
「なら、一対一に囚われる必要など無いでしょう」
……そう?
「でも、男女の出生率って一対一だし……」
「全ての男女が子を残すわけではないでしょう?」
「まあ……確かに」
この世界で生きていくのなら、一対一に囚われる必要も無い……のか?
というか、コセとトゥスカの間に割って入れる気がしない。
本当にさ、さり気なく二人が通じ合ってる感を醸し出しててさ、勝てる気がしねーんだよ。
あのメルシュとジュリーとの間にも、トゥスカ程じゃないけれど通じ合ってる感があるしさ。
絶対的な差を見せ付けられている気がして、ちょっと悲しいんだよ。
一対一を選んだ場合、私の失恋は確定してしまう。
「ご主人様がよく言っている言葉ですが、安っぽい女は嫌いだそうです」
「安っぽい……女……」
「この言葉の意味、よく考えてくださいね」
「……うん」
やっぱりトゥスカは、私を応援してくれている。
私は……。
「タマも、分かったわね」
「ニャー!? わ、私もですか?」
タマが恥ずかしがっている……女の私から見ても可愛い!
「嫌なら嫌でも構わないわ。話は変わるけれど、二人はジュリーをどう思っているの?」
「ジュリーを?」
なんでそんな事を?
「まあ……ちょっと冷たい印象はあるけれど、悪い奴じゃないわよ。言うとおりにしないといけないのはちょっと気に入らないけれど、ジュリーの指示通りにしていれば大体上手くいくし」
正直な想いを口にする。
「私達の意見とかあまり聞いてくれませんけれど、大切に扱ってくれていると思います」
「つまり、どちらかと言えば良い人と捉えているのね」
今のトゥスカの雰囲気、いつもとちょっと違う?
「ジュリーのこと、結局よく分からないままですか」
トゥスカのなにを考えているのかよく分からない雰囲気、コセとジュリーになんとなく似ている……そんな気がした。
●●●
土の道が広がっている。
”始まりの村”に比べると、NPCの通りも少なければ建物の数も少ない。
ただ、建物一つ一つは”始まりの村”の物よりも頑丈そうだ。
ほとんどがログハウスで、窓ガラスも付いているし。
「ここだよ、マスター!」
メルシュに案内されたのは、他の家よりも一回り大きいだけの建物。
ただし、店前にはショーウィンドウがあり、様々な家のミニチュアが並んでいた。
「良く出来てるな」
タイプが色々あって、見ていて飽きない。
和風の民家もあれば、西洋風の城まである。
中にはコテージや、巨大な木の家、まるで空中に浮くのが前提のようなデザインの物まで。
「それにしても、一番小さな一軒家でも800000Gか」
一番大きい城は10000000G。
とはいえ、こんな物買ってどうするんだ?
「マスター!」
「コセ!」
二人の剣幕に驚く!
「「これが良いと思うよ!!」」
二人が指差したのは、ここにある物の中で二番目に高いミニチュア。
「……8500000G。さすがに、こんな小物にそんな大金出せないぞ? そもそもお金が足りない」
現在の有り金は7800000程度。
木製の三階建てで、見栄えは結構好みだけれど。
トゥスカと二人で、こんな家に住んでみたいな。広すぎて持て余しそうだけれど。
「私も出すから、絶対に買おう!」
「大丈夫、大金を稼ぐ方法はあるから!」
ジュリーもメルシュも、なんでそんなに執着するんだ?
「いや、このミニチュアがなんなのか教えてくれよ」
さすがに、ただの置物にこんな大金は払えねー。
「これは魔法の家なの。ダンジョン内の安全地帯や、村や街で使える専用の家になるんだよ」
「つまり、このミニチュアの中で暮らせるって事?」
「正確には、異空間にこのミニチュアと同じ建物が形成されて、そこで暮らす事が出来るの」
つまり、今後宿代が掛からず、ダンジョン内で野宿する必要も無くなるのか。
「だったら、コッチの小さいので良いんじゃないか?」
3200000Gの二階建て。三人で暮らすなら手頃だろう。
「「ダメ!」」
「……なんで?」
ただ大きな家に住みたいとかだったら怒るよ?
というか、なんでジュリーまで反対すんの?
「「……」」
なにか言えよ!
この二人が説明を渋る理由が判らない。
二人共現実主義者っぽいから、理由もなく黙っているとは思えないし。
「中で間取りとか見られるから、取り敢えず中に入ろう!」
強引に店内に連れ込もうとするメルシュと、無言で手伝うジュリー。
ジュリーもメルシュもなにかを知っている節があるし、取り敢えず購入する方向で考えようかな。
土壁の家から最近の新しい家に変わったことによる、湿度のあまりの違いに驚きました。
今まで、加湿器なんて必要なかったんですけれどね。
湿度が低いと壁が……。