551.決意の十字架
『いったい……なにが』
シャドウ・グリード本体の力が……私の想定を遥かに上回っている。
『二十ステージ参加のプレーヤーは全滅。五十ステージも残り僅か……』
隠れNPCに組み込んだ、人の意識データ……あれのせいだと言うの?
『まさか……組み込んだ意識データが全員、神代文字を操れる人間だったせい?』
黒の異形の異常な強さは、おそらく神代文字のせいだと踏んで、わざと殺された文字の使い手のデータを流用したけれど……。
『は……ハハ、むしろ最高の結果じゃない!』
あの恐ろしい怪物の登場を、トライアングルシステムが許容したって言うのなら、私が責められる謂われは無いのだから!!
『これなら、あのユウダイ・コセだってきっと!!』
そう、負けるはずがない!!
バレンタインは敗北したけれど、四十ステージに配置した隠れNPC、ヘルシングは――あの最凶最悪の黒の異形、本人なのだからッ!!
●●●
「――邪魔だ!!」
複数の岩石を瞬きの間に生み出し、シャドウ・グリードの群れへと飛ばして圧殺していく!
SSランクである“雄偉なる大地母竜の永劫回帰”の力は凄まじく、凶悪な雑兵とはいえ敵じゃない。
「先程の凄まじい攻撃でキューブが砕けてから、シャドウ・グリードが出て来なくなりましたね」
トゥスカの指摘。
「キューブの周りに広がっていた沼のような闇が、消えたからだろうな」
《『ぅあああああああkwj4frsh4xz!!!』》
影の人獣とでも言うべき高さ三メートル程の巨体が、黒い両刃の大斧を手にこちらを見ている。
キューブの中から出て来た化け物を見れば見るほど、肌を駆け抜けるような怖気が止まらない……。
「――クッ!!」
イチカさんが、頭を抱えながら膝を付く。
「大丈夫ですか、イチカさん?」
トゥスカが声を掛ける。
「……すみません、これ以上は近付けないようです」
三文字しか刻めないイチカさんじゃ、アレと戦うのは無理か。
「ナターシャとエルザは?」
「我々はNPCだぞ?」
「ゲーム的なルール外の精神汚染は通用しません」
あの化け物の精神汚染は、ゲームとは関係のない能力って事か?
「ナターシャ、敵の能力を図りたい」
「お任せを――“鋼の騎士団”!!」
ナターシャの金属マネキン四体が現れ、影の人獣へと攻勢を掛ける。
《『ぅぅあああああwjv4sqfッッ!!!!』》
凄まじい跳躍で青白い光の飛槍、パラディンセイバーを回避し、空中で回転しながらの一撃で一体のマネキンを粉砕する人獣。
一瞬の隙を突いて残りの騎士団が攻撃を仕掛けるも、大して効いているように見えない。
「黒の異形は、神代文字を嫌っていたようだった……文字の力が弱点だから?」
あの精神汚染能力はゲームに関係なく、神代文字も本来ダンジョン・ザ・チョイスには存在しない力。
俺達が知らない法則、理が、神代文字とあの異様な怪物との間には存在している?
「おい、このエリアに居る雑魚共が、こっちに集まってきてるぞ!」
エルザの低い声。
「反対側で戦っていたクオリア達は……撤退したか」
他エリアに赴いていたシャドウ・グリード達も戻ってきている様子。
「本体と雑魚を相手取るので、二手に別れる必要があるな」
二体目の騎士団員が倒される……時間が無い。
「――奴とは俺一人で戦う。皆は、シャドウ・グリード共の相手を頼む」
神代文字を使えないナターシャとエルザ、奴に近付くことも出来ないイチカさんは戦力外。
「そ、それはさすがに!」
「イチカさんは、トゥスカの護衛を頼む」
「私が……彼女の? トゥスカさんは、私よりも強いはずでは……」
「今から、トゥスカの戦闘能力が下がってしまうから」
「アレをやるのですね、ご主人様」
「ああ――オールセット3」
左腕に“雄偉なる大地母竜の永劫回帰”を持った状態で、“名も無き英霊の劍”を右手の中に出現させる。
「SSランク武器が……二つ? 一つしか装備出来ないはずでは……」
「Sランクの“メタモルコピーウェポン”で、疑似複製しているだけさ――トゥスカ」
「はい――――」
十二文字刻まれたトゥスカの“荒野の黄昏は大いなる導”から、トゥスカのあたたかな想いが――流れ込んでくる!!
「照らし抱け――“雄偉なる黄昏は英雄と共に”」
黄昏の光を凝縮した大剣が、右手の直刀を依り代に顕現する!
「擬似的な……SSランクの同時装備」
自分が装備している武器しかコピー出来ない“メタモルコピーウェポン”は、使い所がほとんど無いっていう話だったけれど――俺の場合は例外だ。
「ハアハア……ご武運を、ご主人様」
この剣を顕現させた事でトゥスカは消耗し、自身が刻める文字も低下する。
最初の時はハイになってたのか、そんな様子は無かったけれど、意図的にこの黄昏の剣を作り出そうとするとデメリットも発生してしまうようだ。
「ナターシャ、イチカさん、エルザ、トゥスカを頼む――“超噴射”!!」
三体目が倒されると、あっという間に四体目もやられてしまう。
「ここからは――俺が相手だ!!」
二振りの雄偉の剣に十五文字を刻みながら、穢れた巨獣へと肉迫する!!
●●●
「……凄い」
橙の光と岩石を操り、凄まじい速度で致死の一撃を繰り出す強敵を翻弄している。
「ハアハア、ハアハア」
トゥスカさんが、辛そうに蹲る!!?
「大丈夫ですか!?」
「昨日成功させた時は、こんなに酷くは……なかったのに」
コセさんが力を引き出せば引き出すほど、トゥスカさんへの負担が増している?
「イチカ、トゥスカを任せたぞ! “串刺し皇”!!」
紅の血槍を無数に飛ばし、シャドウ・グリードの撃退に集中するエルザさん。
ナターシャさんは“鋼の騎士団”で消耗したのか、極力スキルを使用せずに戦っているように見える。
「……必ず、私が守ります」
“ヴァンパイアキラー”を“剣化”しておく。
「“聖炎水鞭剣術”――バーンセイントウィップブレイド!!」
鞭のように撓らせて、長距離攻撃を仕掛ける。
「――ハイパワーラッシュヒット!!」
“激鞭術”を重ねがけすることで、燃える聖水の鞭大剣による一撃を――無理矢理に連続攻撃化!!
「ハアハア、ハアハア」
三文字だけで、通常よりかなり威力が上がっている気がする。
代わりに、精神力がガンガン削られていく感じも。
私の何倍もの文字を刻んで戦っているコセさんの疲労は、この比ではないは――気を緩めた一瞬の隙を突くように、悪魔のような甲冑が二股の槍でトゥスカさんを狙っている!!
――――させない!!!
“ヴァンパイアキラー”に青の奔流が流れ込み、二股の槍と衝突――互いの武器に罅が入り、崩壊していく!!
――だめ。この十字架は、コセさん達から譲り受けた大切な――――私が背負い続けなければならない十字架そのものなのだから――!!!
砕けていく銀の十字架剣が、青の炎水の中で精錬、研磨されたかのように――新たな姿と共に十二文字を刻む!!
『ギ――ガ!!』
薄れ、惑い、忘れかけていた原点。
私の決意と覚悟が集約された新たな銀十字の剣――“背負いし十字架はこの手の中に”へと生まれ変わる!!
「――“神代の剣”」
青白き刃纏う銀十字の剣により、悪魔の甲冑を切り刻んだ。
「私は……逃げない」
命尽きるまで償い続けると決めた、あの日の誓いからは。




