548.語られぬ惨禍
「数が多いな!」
厄介な鎧はザッカルさん達が引き受けてくれたって言うのに、チョコレート女達のせいでなかなか進めない!
『『『”猪古令糖魔法”――チョコレートバインド』』』
「“砂鉄盾術”――アイアンサンドカウンター!!」
右腕の“スティングレアシールド”で、纏めて弾き返す!
弾き返したチョコレートはあっという間に固形化し、意図せず影の女達を拘束。
「“獣化”」
馬の人獣となり、動けなくなった影共へと肉迫!
『――砂嵐脚!!』
三体纏めて砂嵐纏う蹴りでぶちのめし、スピードに任せて――中心から刃の生えたバックラー、“貫けぬもの魂のごとし”で喉を裂き、“スティングレアシールド”の先端で胸を穿ち、中央に位置する巨大キューブへと駆け続ける!
「ケルフェ、キューブが!」
コトリの声が向けられる先で――濃紫のキューブが罅割れていく!?
《『――――ぁぁぁああああああああsh4jogj!!!!』》
女性の、とても苦しそうな……悲痛な叫びが、キューブが割れると同時にこの空間に響き渡った。
……――怖い。
臓物が直接、恐怖に炙られたかのような感覚を覚える。
魂が……心が呑まれて……消えていきそうに――
「――しっかりしろ、ケルフェ!!」
強い声と共に、青白い光が私を覆い尽くそうとした靄を和らげてくれる。
「文字を刻んで!」
“獣化”を解き、コトリに言われた通り、“貫けぬもの魂のごとし”に必死で六文字刻むと……一気に余裕が戻ってきた。
「ハアー、ハアー……さっきまでの感覚は……いったい」
青白い奔流とは違う……自分が解けて消えていくのではなく、狂わされて引き摺りこまれるようなあの感じは……。
「こっちに来るよ、ケルフェ」
キューブの中から現れたシャドウ・グリードの本体は、まるで腐った汚泥で出来た歪な箱。
その箱の上からは、同じく汚泥でできた女の上半身が飛び出しており……明らかにこちらを狙っている!
《『ぁぁaakl……』》
半ば、声が頭に直接響いてくる感じ……気持ち悪い。
「あれ……今まで遭遇したなによりもヤバいかも」
「ですね……」
これ……生きて帰れますかね。
●●●
『“旋風撃”!!』
“衝撃のストームハルバード”から放った風輪の刃で、黒の鎧の胸に傷を付ける!
幾ら硬くても、あの部分に攻撃を集中すれば!!
「“回転”――“万雷矢”!!」
筒が付いた雷纏う矢が、黒の鎧の左肩に突き刺さり放電。
でも、あの程度では――鎧の左肩部分が錆びるように溶けていってる!?
『今のは……』
「“腐食液”よ。私の薬液矢は、鏃から直接体内に薬液を流し込む」
勝手に援護してきたのは、裏切り者のホナミ!
『――グッ!!』
いきなり意識が呑み込まれる感じがして、勝手に“獣化”が解けてしまう!?
失った信頼を少しでも取り戻すためにも、この程度の相手に負けるわけには!
「――神代文字を刻んで!! 早く!!」
黒の瘴気? がキューブの中から現れた化け物から放出され、それを見たミレオさんが切羽詰まったように指示を出した?
あの人が、あんな有無を言わせない発言をするのは初めて。
「武器交換――“暴風は旋風を巻き起こす”」
白緑のハルバードへと持ち替えるも……文字を刻めない。
「ダメですか……」
この武器には文字を刻めると聞いていたのに、私は一度たりとも文字を刻めてはいない。
これじゃあ、私がギルマスを殺すなど夢のまた夢!! ――怒りと焦りに反応するように、一気に瘴気が心の奥底へと流れ込んでくる!!
「クッッ!!」
リョウ様を殺したギルマスも、裏切ったホナミも、それを庇ったレイナも、私の感情も知らずに冷たく当たるキクルも――なにもかもが許せないッッッfっjb!!!
「エレジー!!」
――――誰かが私の背を無遠慮に突き飛ばし――黒鎧が振るう黄金の刀剣に……袈裟斬りにされ……。
「……ホナ……ミさ?」
私の代わりに……骨も内臓も斬り壊された……一人の女性が……倒れた。
「――――そこを――どけぇぇぇッ!!!」
湧き上がる凄絶な力に任せて、奴の欠損した肩部分から胸の中心点までハルバードの斧部分を斬り込ませ――薙ぎ飛ばす!!
「ホナミさんッ!!」
倒れた彼女の傍で膝を付いた時には、彼女の身体は光へと換わりだしていた。
「レイナさんに言って、後で必ず生き返らせます!!」
メルシュさんから預かっていた“蛙の女神”のサブ職業、そのスキルを使えば!
「必要……ないわ。だって……ようやく死ねるんだもの」
「……え?」
「色々あって……疲れてた。清いまま生きるのが、もう辛くて……酷い事に手を染めても……晴れなくて……だから…………このまま眠らせて……お願い」
「そんな……」
それじゃあ……憎い相手に助けられただけの私は……。
「ごめん……ね。でも……貴女のおかげで、少しは自分を……嫌いになれずに……す……――」
私の頬に触れ、優しげな眼差しを向けてきた女性は……この腕の中で消えていった。
勝手に満足して……勝手に、私を惨めにして。
「――――ぁぁぁあああああああああああああッッッッ!!!」
白緑の美しかった斧槍は、螺旋状の穂先を持つ禍々しき黒きハルバード――“暴風は惨禍を撒き散らす”へと――堕ちる!!
「……“ニタイカムイ”」
刻まれた六つの紫の文字から、ありったけの力を引き出して――私の、ごちゃ混ぜの感情が染み入ったハルバードを振り上げる!!
『“天王星刀剣術”――ウラヌススラッシュッ!!』
「――“突進”」
硬くゴツゴツとした鎧に、痛みも無視してショルダータックルを決め――攻撃のタイミングを外させる。
「――――“暴乱惨禍”ッッ!!」
黒い竜巻が纏わり付いたハルバードを振り下ろし――頭から股まで、挽き潰すように切り裂いた!!
「仇は……討ちました」
仲間達の時には出来なかったことを……成し遂げられた……成し遂げられてしまった。
「ハアハア! 安心してください、エレジーさん! ホナミさんなら私が!」
駆け付けて来たレイナの言葉を聞いた瞬間――彼女の首を掴んで……締め上げていた。
「な……んで……」
私がホナミという女性の最後の言葉を伝えても、きっと誰も信じないだろう。
たとえ信じたとしても、目の前の偽善者が彼女を眠ったままにしておくとは思えない。
「“蛙の女神”のサブ職業を渡せ。でなければ――首の骨をへし折る」
あの最後の悲痛な願いだけは、必ず叶える。
それが、私に出来る唯一の恩返し。
「……嫌で……す」
『――何をしている、エレジー』
背後からの……巨大なプレッシャー。
足が竦みそうな感覚を――覚悟で捻じ伏せる!!
「ホナミを生き返らせられては困るのです。せっかく死んだのに……これは、裏切り者が受けるべきケジメ。違いますか?」
『……本気か?』
「本来は、この女が決めなければならなかった過ち。それを、私が正して何が悪いのです?」
『…………そのおかげで、お前は今生きているのにか? 恥知らずな女だ』
何も知らないくせに。
「呑めないなら、このまま彼女を殺します」
直感的に分かる。こう言えば、目の前の男がなにを選ぶのかが。
『……レイナ、メダルを俺に渡せ』
「…………へ?」
信じられない物を目の当たりにしたかのような、レイナの間の抜けたか細い声。
『ホナミは絶対に生き返らせない。それで良いな、エレジー。レイナ』
「ええ」
「…………は……い」
首を絞めていた私の左手は、レイナの涙で濡れていた。




