540.逃れられぬ呵責
「ハアハア……見付けました」
ホナミさんの、お子さんのお墓。
「すぐに掘り始めましょう」
鹿獣人のエレジーさんが、さっそくスコップを手にする。
「私は弓使いなので、見張りをしています」
ホナミさんの武器は弓で、薬液を組み合わせた物を使用するそう。
「分かりました」
「私は、周囲を見てきます」
答える間もなく、忍者の隠れNPCであるサザンカが離れていく。
私とエレジーさんでお墓の前の土を掘り返し始めて暫く、サザンカが戻って来た。
「戻りました。周囲にはプレーヤーもモンスターも居ません」
「ありがとう、サザンカ」
十分ほど掘り続けると……スコップの先から硬い感触が。
「レイナさん」
「うん」
すぐに堀方を変えて、深さ一メートルくらいの場所から金属製のメタリックブルーの棺桶が顕わに。
「桶の脇を掘って、降りられる場所を作りましょう」
「そうですね」
エレジーさんの言うとおりに棺桶の周りを掘ったのち、せーので金属製の蓋を開ける。
中には、蒼白な子供が……安らかに眠っていた。
○“命の砂時計“を使用しますか?
チョイスプレートが出現。
「ホナミさん、どうぞ!」
「“鬼道”――金縛り」
金色の粉が纏わり付いてきて――動けなくなる!?
「ようやく、隙が出来た」
それが誰の声なのか……すぐには理解出来なかった。
「ぁ――!!?」
声が……出ない。
「まったく、こんなクエストにまで付き合わせられるなんて、こっちは良い迷惑よ」
その声は、我が子を失って悲しんでいた……女性のそれではなかった。
「本当はお前らに近付いて、アイテムを根こそぎ奪う算段だったって言うのに。毒を飯に入れようとしてもあの角メイドに邪魔されるわ、“湖の城”は見晴らしが良い上に出入りする鍵はキモ顔仮面がくれねーわ、外に出るときも誰か見張りをつけられるわで、全っ然チャンスは来ないし。クエストに参加しなきゃいけなくなったせいで、下手に殺しづらくなるわ……アンタ達は、今までで最悪の獲物だったわ!!」
その顔は、人間の顔には見えないほど醜悪に歪んでいる。
「これでようやく、まずはアンタ達三人を始末できる」
私が……私がこの人を懐に入れてしまったせいで……サザンカとエレジーさんまで……死んでしまう。
「その次は、あの仮面のキモ顔野郎よ!!」
そんなの――――絶対にダメ!!
「な!!?」
聖女の銀杖、“勇ましき愚者の行軍”に神代文字が十二文字刻まれ――私を封じる金粉が弾け飛んだ!
「動きも声も封じたのに……なんで!?」
「――動くな」
サザンカが、ホナミさんを羽交い締めにして首に短刀を当てている。
「な、何でお前まで!? ……二人居る?」
「あっちは私の分身体だ。つまり、お前の目論見など最初からバレてるんだよ」
「……へ?」
サザンカは……気付いてたってこと?
「う、嘘よ! だったら、わざわざ私を野放しにする理由なんて!」
「我がマスターは、お人好しが過ぎるのでな。絶対的な証拠を突き付けた方が良いという、キクル殿の判断だ」
「まさか、キクルさんも気付いてたの?」
あ……あの時、私に“不意打ち無効のイヤリング”をくれた理由って……。
「元々、キクル殿はお前を怪しんでいた。我が子を喪ったばかりの割に、冷静過ぎると」
「そ、それだけで!?」
ホナミさんが驚いている。
「下層にて聞き込み、確認した。誰もホナミという女を知らなかったし、お前が我が子だと言った子の母親が既に死んでいる事も判っている」
「……チ! 目の前で死んだ親子を利用すれば、説得力が増すと思ったのに」
「それじゃあ……本当に」
ただ私達に近付いて、殺して持ち物を奪うためだけに……こんな手の込んだ真似を?
「死にたくなければ、金縛りを解け」
「……クソ」
エレジーさんと分身サザンカからも光粉が舞い散り、身体が動くように。
「それで、どうするわけ? わざわざ解かせたって事は、私を殺すつもりは無いんでしょ?」
「それは、私が決める事ではない」
私に視線を向けるサザンカ……私に決めろって事ね。
「どうして……他者を踏み躙るような真似が出来るんですか……貴女は」
「は? ――良い子ぶってんじゃねぇよ、ガキが!!」
その迫真の怒気に、私の身体が強張る。
「ここまで辿り着いたんなら、アンタだって一人や二人殺してんでしょ? 私だって、仲間を何人も殺されたし、何度も裏切られた!! もうゴメンなのよ、私ばっかりがあんな目に遭うのはッッ!!」
「…………クエストが終わるまで、協力してください」
たったいま、殺され掛けた私の口から出たのがその言葉だった。
「クエストが終わったら、城から出ていってください。そして……二度と、私達の前に現れないで」
「…………本当に甘ちゃんね」
彼女から、敵意が消えた。
「ほら、離しなさいよ。私の処遇は決まったんだから」
「……解っています」
「――――ありえない」
サザンカがホナミさんから離れた瞬間――――エレジーさんが……斧槍で彼女を…………斬った?
「……ガフッ!!」
頽れるホナミさ――
「――ハイヒール!!」
「な!?」
大丈夫、今なら間に合う!
「サザンカ、エレジーさんを取り押さえて!!」
「御意!」
癒やしの魔法を掛け続けながら、斧槍をホナミさんの身体から取り除く!
「……よし」
傷が塞がっていってるなら、確実に助かる。
「――正気ですか!! 彼女は、私達を殺そうと!!」
「――――私が交わした約束を、勝手に違えないで」
「――ッ…………」
きっと、正常な判断をしているのはエレジーさんの方。
私の方が異常だって……解ってる。
「ごめんなさい、エレジーさん」
「……もう、勝手にしてくださいッ」
エレジーさんが、フラフラと歩いていく。
「待って、エレジーさん!!」
「少し、頭を冷やすだけです……」
でも、この状況で別行動なんて!!
「マスター、分身に守らせますので」
私の判断のせいで……でも。
「……私なんかのために、バカみたい」
「おい、貴様!」
ホナミさんがチョイスプレートを操作し始めた事を、サザンカが警戒する。
「約束は守ってあげるわよ……そこのおかしなガキに免じてね」
すぐにチョイスプレートを閉じるホナミさん。
「……で、どうするの? その棺桶の中で眠ってる子供」
「それは……」
「我々の第一目的はゲームの攻略。たとえ子供を生き返らせても、連れ歩くわけには参りません。捨て置くべきです」
サザンカの言うことは、正しい。
「なら、お母さんも一緒に生き返らせれば」
「また同じようなクエストに巻き込まれれば、再び死の苦しみを味わうかもしれないのに?」
ホナミさんに指摘されてしまう。
「善意の押し付けなんて、悪意となんら変わらないわ。夫の居ない子持ち女が、大樹村にどれだけ居ると思う? その女達を孕ませた男は? 事情はそれぞれ違っても、この世界で生きるのが地獄である事に変わりはない。私達がいた元の世界も含めてね」
「…………土を、戻します」
「……手伝うわ」
私とホナミさんで棺桶の蓋を閉じ、埋め直していく。
粛々と流れる時間の中で、やっぱりホナミさんは……さほど悪い人ではないんじゃないかって……そう思えてしまった。




