55.婚姻格差
「ではこれより、婚姻の儀を執り行う!」
お世話になった神官おじさんのNPCが、再び婚姻の儀を始める。
まさか、ドレス選びだけで二時間も掛かるなんて!
女性としては当然かもしれないけれど、トゥスカが基準になっている俺にとって、この二時間は本気で苦痛だった。
メルシュとジュリーは、さっさと選んでくれたんだけれどなー。
ユリカとタマも三十分掛からなかったのに、サトミさんと……えと……兎娘が長かった!
決めかねていたというよりは、サトミの奴が兎娘を着せ替え人形にして遊んでいやがった!
俺がやんわりと文句を言わなかったら、あと何時間掛かったことか。
ジュリーは橙、ユリカは紫、タマは白、メルシュは白に近い緑、サトミは濃い緑、兎娘は青のウエディングドレスを選んだようだ。
全員それなりに見目麗しいため、見事にドレスを着こなしていた。
「伴侶を慈しみ、愛し、守ると、心に誓いなさい」
六人同時に誓うのか――こんなんで愛を誓えるか、ふざけんな! 愛せる物も愛せねーよ!!
暫くすると、俺の前にだけ光が生まれる。
「今ここに、”婚姻の指輪”は顕現した。さあコセよ、伴侶の左手を取り、光を掴め」
トゥスカの時と、なんか違うな。
兎娘の手を取り、指輪の光を掴むと……鈍色の、宝石が付いていない指輪が生まれた。
さっさとリンピョンの左手薬指に嵌める。
「フン!」
すぐに離れていくリンピョン。
いっそ清々しい。
次にサトミの指に嵌める。指輪はリンピョンと同じタイプ。
「う~ん、残念」
さすがに、あれが最高級なはずがないと気付いたか。
次にタマ。
「へ?」
「うん?」
タマの左手を取って掴んだ指輪は、俺が左手薬指に嵌めている物の銀色バージョン。
つまり、サトミ達とは違う指輪。
ということはだよ、どっちかは”低級の婚姻の指輪”じゃなくて、“高級の婚姻の指輪“ということになる。
指輪のデザイン、俺の気持ちから考えても、サトミ達よりタマが下なんて事は絶対にない!
「あ、あの……」
「ああ、すまない」
混乱していたため、ずっとタマの可愛らしい手を掴んだままになっていた。
すぐに指輪を左手薬指に嵌める。
「コセ……お、お願い」
ユリカが真っ赤になりながら、左手を差し出してきた。
ユリカとの間に生まれた婚姻の指輪は、タマと同じ物。
まあ、ユリカには以前告白されていたから、少なからず意識はしてるし……まあ。
「フフフフフ♪ ありがとう、コセ♡」
「ああ……うん」
ユリカ、凄い幸せそうだ。
……なんかごめん。
善意で結婚しているはずなのに……罪悪感が。
「マスター、私にも」
「ああ……うん」
メルシュの手を取り、光を掴む。
「……………………なんで?」
「…………へ?」
大きなダイヤに、黄金の輪…………”最高級の婚姻の指輪”……。
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、おかしいおかしいおかしいおかしいおかしい!!
なんでメルシュとの間に“最高級の婚姻の指輪“が? トゥスカ程愛しているとは欠片も思えないんだけれど!
「メルシュ……もしかして婚姻の指輪のランク条件って……かなり低い?」
「そんなはずはない…………はず?」
メルシュまで疑問形じゃないか!!
愛とか曖昧だけれどさ! これじゃあ、俺がメルシュをトゥスカと同等に愛してるって事になるじゃん!
……さっさと終わらせよう。
そして、ゆっくり休もう。精神的なダメージがデカすぎる。
「よ、よろしく……」
ジュリーの前に立つと、頬を赤らめやがった。
クソ! 俺の気も知らないで!
ジュリーの手を取って、光を掴んで……………………嘘だ。
「……なんでだよ」
なんでジュリーに対してまで、“最高級の婚姻の指輪“が生まれるんだよ!!
震える手で……ジュリーの左手薬指に嵌める。
「これにて、婚姻の儀は終了となる。中々良い儀式であったぞ」
「うるせーよ!」
思わず、NPCに怒鳴ってしまった。
「もう……泣きてー」
俺は、一途な男のはずなのに……。
●●●
自分の左手薬指を見て、私は静かに驚いていた。
私が手に入れた婚姻の指輪と、相手が手にした婚姻の指輪のランクが違うということは無い。
つまり、マスターにも私と同じ“最高級の婚姻の指輪“が与えられたことになるのだ。
ちなみに、私だけが強くマスターを想っていたとして、マスターが私をなんとも想っていない場合、私達が手に入れるのは“低級の婚姻の指輪“になる。
“最高級の婚姻の指輪“が手に入ったということは、それだけ私はマスターを、マスターが私を強く想っていたことになるわけで……こんな事あり得ない。
“最高級の婚姻の指輪”は、幻のアイテムと言って良いほど手に入る確立は低い。
なのに、重婚で三人もの女との間に“最高級の婚姻の指輪”を生み出すなんて、本来はあり得ないはず。
離れた場所で、頽れているマスターを見て思う。
「私は……とんでもない人に目をつけてしまったのかもしれない」
●●●
結婚式が終わると、コセさんが教会の椅子で項垂れていた。
「むー。仕方がないとは言え、私が”低級の婚姻の指輪”とは戴けないわね~」
自身の左手薬指を見て思う。
何度かボディータッチすれば、どんな男も簡単に堕とせたのに。
…………ちょっと、ほんのちょっとだけだけれど――女としてのプライドが傷付いてしまったわ♪
「…………絶対に堕としてやる」
「サトミ様、大丈夫ですか?」
リンピョンちゃんが心配そうに見詰めてくる。
「大丈夫よ~」
私の可愛い着せ替えお人形ちゃん。
「無理矢理付き合わせて悪かったわね」
「い、いえ、キスすらしないですんだので、これくらい全然問題ないです!」
意地らしい子。
「ちょっとよろしいですか?」
声を掛けてきたのは、今朝初めて顔を合わせた女。
「私はメルシュです」
「サトミよ、よろしく」
握手を交わす。
「ところで、マスターともっと仲良くなりたいですか?」
「マスター? コセさんのこと?」
「そうです」
そりゃあ、仲良くなりたいわよ。
生まれて初めて、本気で堕としてみたくなった人だもの。
「私達は、明日の朝には第四ステージに進みます。というわけで、私が持つ情報を皆さんに教えましょう」
「あら、随分親切なのね」
親切過ぎて怖いくらい♪
「その代わり、一つ取り引きをしませんか?」
「なにかしら~?」
コセさんから手を引けとでも言うつもりかしら? だったら――
「マスターと男女の関係になっても構わないけれど、独り占めはダメだよ」
「ん?」
ちょっと、予想の斜め上の発言が飛び出して来てしまったわ。
「浮気相手なら構わないって事かしら?」
「ううん。前提条件として、マスターに本気で惚れて――遊びは許さない」
あらあら、本当に予想外過ぎて困ってしまうわね。
「……本気で惚れるって感覚が、私にはよく分からないのよね~」
簡単に靡く男って、すぐに飽きちゃうから~。
「取り敢えず、独り占めしなければ良いんでしょ?」
「うん、それで良いよ♪」
「でも、結果的に彼が私だけを求めてきたら、それは仕方ないわよね?」
今までだって、そうだったんだから。
「一つ勘違いしているみたいだね。私は、貴方に忠告しているんだよ?」
「忠告?」
「卑しい心で彼に近付いた場合、火傷じゃすまなくなるから」
「……貴方に殺されるって事かしら?」
「違うよ。その場合、貴方が敵に回してしまうのは――運命そのものだから」
「運命……」
おかしな事を言われているだけのはずなのに、言いようのない恐怖が込み上げてきた。
「サトミ様、大丈夫ですか?」
「ええ……大丈夫」
メルシュ。彼女からも、得体の知れない何かが……。
「それでは、取り敢えず第三ステージの情報提供と行こうか」
自分以外の人間を怖いと思ったの、随分久し振りだわ♪
買い物の長さは、性別よりも性格が大きい気がします。