532.雨路の中の岐路
話し合いから一時間後、安全エリアへと戻った俺達。
砂利混じりの土道を、水溜まりを避けて進む。
黒の異形を警戒しているのもあり、全体の歩みはどこか遅い。
文字を刻める人間は、全員三文字か六文字刻んでいる状況。
意外にも、一人で傭兵なんてやってるにも関わらずイチカさんは文字を刻めず、梟鳥人のオゥロは、浮かぶ灰黒石に六文字刻んでいた。
この分だと、ホタルが生き返らせたいという二人も文字を……。
『カァー!!』
「ヒ!?」
現れたのは、カラスのモンスターの群れ。
羽先が青味を帯びていて、鋭そうだ。
「“ブルース・クロウ”。群れの数が減るほどに、強くなっていく習性がある!」
ホタルがいち早く情報をくれる。
「一気に片付けるぞ!」
この状況で黒の異形に来られると、対応が遅れてしまう!
「“怨霊魔法”――エクトプラズムスプランター!!
「“聖炎水魔法”――バーンセイントスプラッシュ!!」
オゥロとイチカの魔法で、一気に数が減る。
「“黄昏転剣術”――トワイライトブーメラン!!」
“偉大なる黄昏に英雄は勃つ”を振り投げ、最後の二羽を切り裂くトゥスカ。
「殲滅できたな。進もう」
協力して倒したって言うのに、険悪な雰囲気が拭えない。
地面は硬さを増していき、平坦から上りへと緩やかに変化していく。
……黒の異形が現れてから、文句らしい文句を言わなくなったあの二人。
心を入れ替えたと言うより、ビビって無駄話をしなくなっただけという感じだろうか。
てっきり、怖くてもう進めないとか言い出すんだろうな……とか思ってたけれど。
そのガッツと言って良いのかも判らない行動力は、いったいどこから来るのか。
――隊の前後に、いきなり気配が現れる!?
「オーガン・バンディット」
またまた、モンスターの名をいち早く挙げるホタル。
もしかして、オリジナルのダンジョン・ザ・チョイスのマニアなのか?
『お前達の臓器を――寄越せ!!』
第二ステージのバンディットに似た人間モンスター達が、武器を手に一斉に襲い掛かってくる。
「――ハイパワースラッシュ!!」
手にしていた“名も無き英霊の劍”を振るい、武器ごとオーガン・バンディットを斬り捨てる。
六文字刻んでるのもあって、一対一なら大した事ない強さ。
「“槍化”!」
“ヴァンパイアキラー”の柄側を伸ばし、先端を槍の頬先に変えてバンディット達を圧倒するイチカ。
さっそく、新武器を使いこなしているようだ。
「“聖炎水槍術”――バーンセイントランス!!」
“聖炎水の卓越者”は、もしかしてあらゆる武具に対応出来るのか?
だとすると、同じような使い方が出来る“○○武術”の完全な上位互換ってことになる。
なにせ、“○○武術”の方は専門の剣術や槍術よりも若干威力が下がるらしいからな。
途中、只の”バンディット”の増援もあったものの、大半が神代文字を使用しているのもあり、あっという間に片が付く。
「聞いてはいたが、モンスターの数が多いな」
ホタルの視線の先、前方から再び“スローターピッグ”の群れ。
「コセ、後ろからまたブルース・クロウだ。さっきよりも数が多い」
エルザからの報告。
「相手をしていられないな。ホタル達は前を頼む。エルザ、ホタル達に加勢して突破口を開け!」
多芸で高火力のエルザを回しておけば、戦力外が二人居ようとなんとかなるはず。
ブルース・クロウは飛んでいるため、空への攻撃手段がある俺達が相手をするべきだろう。
「判った、こっちは任せろ!」
「前はお任せを!」
イチカさんとホタルを筆頭に、七人が離れていく。
「ご主人様は、今のうちに身体を休めておいてください」
「トゥスカ?」
「誘き出す目的もあるのでしょう?」
トゥスカだけでなく、クオリアにもバレていたらしい。
「アイツの動き、めっちゃ速いし、気配を感じづらい。まるで、人形が動いているみたいだった」
クレーレはあの異形に、生物的な躍動を感じなかったと言いたいのだろうか?
……確かに、言い得て妙だ。
「アレとまともに戦えるのは、ユウダイ様だけかと」
ナターシャまで、トゥスカ達と同意見か。
「判った。けれど、俺達じゃなく向こうが襲われる可能性もある。あまり離れすぎないようにしろよ」
「「「はい!!」」」
「おう!」
理性的な考えがあるなら、奴は先行組を狙うだろう。戦力外が二人も居るからな。
ただし、向こうは七人で俺達は五人。単純に数で考えるなら、こちらを狙ってくる可能性もある。
さて、奴はどっちを狙う?
●●●
「“鞭化”――ハイパワーラッシュヒット!!」
“激鞭術”を発動し、スローターピッグの進軍を牽制すると同時にダメージを与えていく。
この“ヴァンパイアキラー”という十字架、私の手によく馴染む。
恵まれるのは好きじゃないのに、卑しくも手放すのが惜しくなってしまう。
「“神秘魔法”――ミスティックウィンド!!」
豚たちが、オゥロさんの浮かぶお墓? から放たれた青緑の風に、悲鳴を上げながら吹き飛ばされていく。
「またオーガン・バンディットか!」
通常のバンディットに青い布が節々に足されたようなモンスターが、再び襲来。
「――“巨大化”!!」
青白い文字が浮かぶ斧を背負いながら振るわれた“ガリバーの眼”により、倒せないまでも横へと大きく弾き飛ばされる臓器の盗賊達。
……オーガン、なぜ名前に臓器なのか……嫌な想像をしてしまう。
「“矮小化”――“雷撃”!!」
“ガリバーの眼”先端から放たれた雷により、バンディットの大半が倒される。
「止まるな! 早く幻山の麓へ!!」
ホタルさんの先導により、私達は順調に目的地へと駆け上がっていく。
道がカーブになっている場所に差し掛かった瞬間――――突然、ホタルさんが横合いから突き飛ばされた!!?
――奴だ!!
「ミスティックダウンバースト!!」
オゥロさんの青緑の重風圧により、後退してくれる黒き異形!
あのタイミングで躱すなんて、なんて化け物!!
「オゥロ、ホタルは無事だ!! だが、気絶している!」
偶然なのか、ホタルさんは直撃だけは避けた様子。
「マズダーさん、ホタルさんとシンゴさん達を連れて行ってください。オゥロさんも! アレは――私が足止めします!」
奴の狙いは、おそらくホタルさん。この七人の中でもっとも脅威に感じているからこそ、わざわざ防御力に秀でたホタルさんを最初に狙ったと推測。
もし狙われたのが私かクライアントの二人なら、間違いなく死んでいた。
――さっきまであんなに遠くにいたはずなのに、もう目の前に居――――青い河が、頭から胸へと流れ込んでくる!!
「――――“剣化”」
視えた何かに身を任せ、異形の槍のような左手刀突きを紙一重で回避――“ヴァンパイアキラー”の切っ先で思いっ切り喉を突き――距離を稼ぐ!!
「――ハアハア、ハアハア」
ホタルさん達みたいに……“ヴァンパイアキラー”から三文字の光が浮かび上がっている。
「“二重魔法”、”咒血竜魔法”――カースブラッド・ドラゴバイパー!!」
エルザさんが、赤黒い二体の水竜を呼び出して……異形の行動を制限してくれた。
「グ!!」
意識が朦朧としていく……身体が激流に晒され続けているみたいに、精神が抗えない何かに摩耗していく。
コセさん達は皆、こんな状態で普通に会話していたの?
「ハアハア、ハアハア」
この力を……維持できない。
「――後は任せて、イチカさんも先に行ってくれ」
いつの間にか目の前に、年下の男の子の――大きな背中があった。




