526.魔神・浮遊烏賊
ボス部屋の奥で緑のラインが走り、まるで海底の岩に苔が生えたような巨石のイカが動きだす。
「ギオジィ、まだぁ?」
クレーレが退屈そうに尋ねてくる。
「アイツが飛んでからだ。今のうちに準備しておけ」
そうこうして居るうちに、魔神が十本の腕で跳躍――クルクルと丸まって横に泳ぎ出す。
「水中を泳ぐように移動するんだな」
“サムシンググレートソード”に十二文字刻み、“壁歩き”を使用しておく。
「ナターシャ、頼む!」
「ハイ――“浮遊落とし”!!」
メルシュ達がボス戦で手に入れた指輪を使用し――魔神の巨体が、突然重力に晒されたがごとく落下。大きな振動を引き起こす。
「今だ!!」
「“咒血竜技”――カースブラッド・ドラゴンブレス!!」
「“煉獄魔法”――インフェルノブラスター!!」
「“ホロケウカムイ”――“氷砕砲”!!」
「“ホロケウカムイ”――“魔力砲”!!」
「“悪夢魔法”――“直情の激発”」
エルザ、ナターシャ、クレーレ、トゥスカ、クオリアの攻撃に俺の文字の力を流し込んで強化。体勢を整えようとしている魔神・浮遊烏賊に綺麗に直撃し――跡形もなく吹き飛ばした。
「おわっと!?」
反動で身体が浮き、クレーレが後方に山なりに飛んでいく。
○おめでとうございます。魔神・浮遊烏賊の討伐に成功しました。
「――わぁ!?」
ボスが倒されると同時にこの部屋の重力が戻ったのか、急に落下して痛い目を見るクレーレ。
「大丈夫か、お前」
「な、なんで私だけ……」
クレーレ以外の全員、なにかしらの方法で備えていただけ。
ナターシャは俺と同じく“壁歩き”、トゥスカは腰を落として、エルザはおそらく浮遊能力、クオリアは翼で反動に抗っていた。
「まだまだですね、クレーレ」
「教えてくれたって良いじゃん、トゥスカ姉!」
トゥスカ、自分も割とドジなのを棚上げにして……。
○ボス撃破特典。以下から一つをお選びください。
★浮遊烏賊の十本腕 ★浮遊のスキルカード
★螺線使いのスキルカード ★烏賊墨玉の指輪
“大戦士”のサブ職業を持つ俺が“螺線使いのスキルカード”を選ぶメリットはあまり無いけれど、他のが微妙過ぎて……取り敢えず、ナノカのために魔神関連の武具を選んでおくか。
○これより、第三十九ステージの蛇神信仰の町に転移します。
★
「……うわー」
祭壇上から見える景色に、クレーレが引いている。
「まあ、気持ちは分かるよ」
そこかしこに大小様々な蛇の……銅像か?
完全に酸化して青緑色になってしまった物から、まったく酸化していない物まで……見えるだけでも数千体はあるんじゃないか、これ?
「さっさと下りてしまおう」
「だな」
エルザの提案に乗り、浮くように階段を飛び下りて目立つのを避ける。
「うん?」
祭壇麓に、プレーヤーらしき人間が六人。
明らかに、こちらに視線を向けている。
「接触するぞ」
下手に後ろは見せられないと考え、目の前で着陸。
「なにか用か?」
リーダーらしき、ゴツイ土色の鎧を着た黒髪ロングポニーテールの女性に尋ねた。
右だけ伸ばした前髪に、強気な眼差しが印象的。
「お前……」
「その姿、ヴァンピールからヴァンパイアロードになれたみたいだな」
エルザは、茶髪のポニーテールの武道家みたいな子と知り合いらしい。
ヴァンピール云々を知っているって事は、隠れNPCか。
というか、六人中五人は女なのか……端から見ると、俺達もあんな風に見えるのだろうか。
「私はホタル。一応、このパーティーのリーダーだ」
尋ねた女性は、やはりリーダーだったらしい。
あの鎧と左腕の三角盾、一体化しているのか?
「私達は、第二大規模突発クエストに参加しようと考えている者だ」
「クエストに……それで?」
次の言葉は、大体想像できる。
「生き返らせたい仲間が居る。そのため、協力してくれる人間を探していた」
俺と同じ考えに至った人間がいたか。
「そちらは六人だけか?」
「ああ。前の大規模突発クエストで所属していたレギオンがボロボロになってしまい、事実上の解散になってしまったんでな」
一応、筋は通ってる。
「そもそも、この面子も最近の寄せ集めでね。あっちのカップルは元々同じレギオンだったけれど、ドライな関係だったんだ。だから、それぞれ生き返らせたい人間は違う」
クエストのために組んでいるだけ、と言いたいのだろう。
確かに他の面子に比べて、あの二人の空気感はなにか……数段下って感じがする。
「そっちの人は?」
オレンジロングヘアーの異世界人女性について尋ねた。
「へー、分かるんだ」
ホタルと名乗った女性がニヤつく。
「私の名はイチカ。傭兵です。個人的に、契約で動くというプレイスタイルを取っています」
他に傭兵仲間が居るわけではないと。
「そのため、職業をバウンティーハンター、賞金稼ぎにしていますので、レギオンには所属しておりません」
随分、独特な立ち位置に居る人みたいだ……トキコさんも似ていると言えばそうだけれど。
「ちなみに、私を雇っているのはあちらの二人になります。ホタルさん達とは、契約内容の都合上、手を組んだ方が良いという結論に至りまして」
正確に、簡潔に自分達の関係性を教えてくれるイチカさん。
この人は信用出来そうだけれど……だからこそ、向こうの二人に雇われているのが不思議で仕方ない。
「……生き返らせたい人間は、何人だ?」
「私のグループは二人」
「こちらは一人です」
つまり、イチカさん自体には生き返らせたい人間はいないと。
「それで、返答は?」
答えなど分かりきっている、とでも言いたそうなホタル。
「……組むのは、大規模突発クエストが終わり、生き返らせた人間が仲間のグループに戻るまで……で良いか?」
「交渉成立だな」
「はい、妥当な所かと」
「ご主人様、よろしいのですか?」
「ああ」
俺達は最低三人は生き返らせる必要があるため、パーティーの空きを確保するためにもパーティーを分ける必要があった。
彼女達も当然そのつもりだったろうし、これで実質四つのパーティーを作れる。
「互いのピンチは、当然助け合うんだよな?」
「もちろん」
「はい、お約束します」
新たな不安を抱える事にはなるけれど、今は必要だと割り切るべきだろう。
「それで、このステージのイベントなら知り尽くしてるけれど、どうする?」
ホタルからの申し出。
「いや、今はいい。こっちは半日で一ステージを踏破しているからな。午後は休みに当てる」
「……へー」
「それは……凄いですね」
半日でという意味を、察してくれた様子の二人。
ホタルの仲間である鳥人の女も気付いたようだ。
「おい、ふざけるな! もう時間が無いんだぞ! 明後日の昼前には辿り着く必要があるんだからな!!」
「そ、そうよ! 休んでる暇なんて無いわ!!」
例の二人組の異世界人カップルは、当然のごとく解っていないらしい。
「落ち着いてください、シンゴさん、ユカさん」
「彼等には、期限までに四十ステージに辿り着く算段があるのだろう?」
「ああ、こっちには正確な情報源がある」
やっぱり、あのカップルは爆弾になりかねないな。
周りを巻き込んで暴発するタイプの爆弾に。
「安心しろ。明日の朝には、三十九ステージの攻略を始める。こっちは、最低でも三人は生き返らせなければならないからな」
「とはいえ、もう少し打ち合わせはしたいな。十八時に私の持ち家に集まらないか?」
ホタルからの提案。
「いや、十八時にこの場所に、代表者二人が来てくれ。俺の持ち家で話そう。隠れNPCの同伴は許す」
「――お前、俺達を騙すつもりじゃないだろうな!」
「俺は、三十人を超えるレギオンのリーダーだ。訳あって、今はこの六人で先行して攻略を進めている」
「だからなんだってんだよ!!」
感情的になる前に、言葉の意味を理解してくれ。
「それだけの数が揃ってるなら、代表者だけでなくこの場の全員を招待して騙し討ちにした方が効率的だろ? と言いたいんだろ?」
ホタルは正確に読み解いてくれた。
「確かにその男は、《龍意のケンシ》のリーダーだ。私が一ヶ月が前にギルドで確認した時は、三十人は超えていなかったが」
ポニーテールの隠れNPCが裏付けしてくれる。
「私は、コセの提案通りで良い」
「シンゴさん。打ち合わせには私が行きますので」
「チ! クエストに間に合わなかったら、只じゃおかないからな!!」
あの男、よくここまで生き残れたな。
そんなこんなで、俺達は解散後、“神秘の館”へと戻るのだった。




