524.英雄と黄昏の慰め
髑髏と海賊帽のマークが付いた扉を鍵で開け、騎士団員を先頭に中に入る。
「……うん?」
すぐに戦闘になるのを想定していたけれど、目の前にはベットと机と……椅子にもたれ掛かっている、海賊帽を被った骸骨。
その胸には、家紋のようなマークが入った剣が突き刺さっていた。
「ユウダイ様。どうやらここには、”とある王国の貨幣コイン”とこの本しか無いようです」
「本?」
どうやら、目の前の船長の航海日誌のようだ。
□8月7日。運良く貴族の女を六人も攫えた。身代金がガッポリ貰えそうだ。食糧も大量にあった。暫くは酒にも困らずに済みそうだ。
□8月8日。バカ共が貴族の女共に手を出しやがった! これじゃあ、身代金として交換したあと執拗に狙われるだろうが! 情報源の貴族まで手の平を返しかねない!
□8月9日。仕方がないので、別の国で貴族の女共を人買いに売ることにした。良い育ちなだけあって病気もねえ。異国の権力者には高く売れるだろう。せっかくだ、それまでは俺も楽しませて貰うとしよう。
□8月10日。昨日の昼からシケが酷い。行けども行けども海岸が見えない。航海士の話じゃ、とっくに縄張りの島に着いているはずなのに……いったいどうなってる。
□8月11日。女共が、隠し持っていた剣で集団自殺をしていやがった! どこに隠し持っていやがった、あんな剣! ……シケは酷くなる一方……クソ、俺がなにをしたってんだ!! せめて、売れそうな服を剥いでから海に棄ててやる!
□8月12。死んだ女の霊を見た、とかいうバカが出始めた。ふざけた事を抜かしやがって! 見せしめに、一番怯えているアイツを海に投げ落としてやろうか!
□8月13日。夢に出て来た……俺が犯した、一番生意気そうな女だった。幻聴も聞こえる気がする。
□8月14日。とうとう内輪揉めが本格化した。死人が出たのだ。殺したバカは処分したが、このまま陸地に辿り着けなきゃ……落ち着け、食糧はまだある。アイツらは単純なんだ。飯と酒を与えておけばどうとでもなる……。
□8月15日。航海士が殺された……船の針路を決めていたのは俺と奴だ。次は俺が狙われ……最近、女の声が聞こえる。夜は特に酷い……誰か、助けてくれ。
□8月16日。酒が全て消えた。酔っている船員も居ない……あのバカ共の気を紛らわせる酒が! ……こうなったら、売り捌く予定だったマリファナを吸わせて……。
□8月17日。常軌を逸する惨殺が起きた。犯人は支離滅裂な言動を繰り返している。薬の幻覚、禁断症状にしては早過ぎる……女の声が、日に日に大きくなっていく……助けて、神様。
□8月18日。とうとう暴動が起きた。幹部の二人が勢力を二分したのだ。俺は軟禁されただけで済んだが……未だに陸地は見えず、海は荒れるばかりだ。
□8月19日。夜、傍らにあの女が立っていやがった……全身ずぶ濡れで、身体を魚共に食い散らかされたような姿で……すぐに姿は消えたが、声は前より……もう良いだろうがよ……ここまでされる筋合いはねぇよ!! チクショーがッ!!
□8月20日。部屋の外から、剣戟と銃声が聞こえてくる。ダメだ……もう終わりだ。助けて…………母ちゃん。
「胸糞悪い」
創られたストーリーとはいえ、実在した海賊が本当にやっていそうな、妙なリアリティーがあって反吐が出そうだ。
「骸骨に刺さっている剣て、もしかして集団自殺に使われた物か?」
海賊の武器にしては、意匠に気品がある。
「女達が海賊に復讐を遂げた……という事でしょうか?」
「その復讐相手を解放しなきゃいけないのか……取り敢えず、胸の剣を抜いてみよう」
『……出て行け』
――女の声!?
『この男は、絶対に逃がさない……私と一緒に海底の底で――呪われ続けるのよッ!!』
骸骨が突然動き出し――天井をすり抜けて消えてしまう!?
「どこに……まさか――トゥスカ達が危ない!!」
「ユウダイ様、後ろからアンデッド達が押し寄せて来ます!」
「またか!!」
コイツらは只の足止め! ――とっとと蹴散らす!!
●●●
「あれ、なんか出て来た」
クレーレと共にマストを降りた直後、船の下からなにかが透け出て来る。
「青白いオーラを纏う骸骨?」
腰のカットラスを抜き、こちらに狙いを定め――途轍もないスピードで斬り掛かって来た!!
「――爆裂脚!!」
左腕の“多目的ガンブーメラン”で受けたのち、右脚で爆蹴りする!!
「“二重武術”、“氷砕武術”――アイスクラッシュトマホーク!!」
私が蹴り上げた瞬間、クレーレの投げた二つの斧が直撃――キャプテンゴーストと思われる敵は――剣で斧を受け弾いた!?
ガンブーメランから“魔力弾丸”を放ち、少しずつ削っていく。
「埒が明かない」
“荒野の黄昏に背を向けて”を腰に差し、“転剣倉庫の指輪”から“偉大なる英雄の光擴転剣”を取り出す。
「“光擴”――ハイパワーブーメラン!!」
縦横無尽に飛び回るキャプテンゴーストに巨大化した光擴転剣をぶつけ、動きを止める。
――そこに二体の騎士による聖なる剣の一撃、パラディンブレイクが決まった!
『これで……ようやく……』
キャプテンゴーストが喋っている?
『ダメ――――逃がさないッッ!!!』
『――ヤめろぉぉぉぉぉッッッ!!!』
キャプテンゴーストが纏うオーラが一気に増大――骨の身体まで巨大化していく!?
『ギャアアアアアア!!!』
下半身の骨が消えて上半身だけが巨大化していくなか、苦しそうに暴れながら鋼の騎士二体を葬ってしまうキャプテンゴースト!
「強い――だったら、一気に決めるまで!!
戻ってきた“偉大なる英雄の光擴転剣”に――十二文字を刻む!!
「“黄昏の影操”!!」
巨大化し続ける身体を、腰の斧から伸びた影で拘束!
「“ニタイカムイ”――“タシロカムイ”!!」
Sランク、“神宿りの腕輪”にセットしてある四つのカムイのメダルから、パワー特化の“ニタイカムイ”、斬撃の威力向上特化の“タシロカムイ”を使用!! ユニークスキル、“多重神降ろし”により、二つのカムイを同時にこの身に降ろす!!
「“逢魔転剣術”――オミナスブーメラン!!」
直撃は確実。威力が足りないようなら”回転術”を重ねがけす――
『――“因果逆転”』
――私の攻撃が、何事も無かったかのようにそのまま返ってきた!!?
「――“氷砕牙の剛毛象”!!」
クレーレが力を流し込んだ巨大象を壁にしてくれるも、容易く切り裂かれ――スキル使用の硬直で未だ動けない私に――――
「――トゥスカッ!!!」
ご主人様の声――こんな攻撃、どうとでもして見せ――――迫る凶刃を左腕で振り払おうとしたら“多目的ガンブーメラン”から虹色の光が漏れ出し、“偉大なる英雄の光擴転剣”から漏れ出た藍色の光と混ざり合って――一つになる。
「これで――終わらせます」
刃部分が“偉大なる英雄の光擴転剣”となった“多目的ガンブーメラン”改め――“荒野の黄昏は英雄の慰め”の銃口をキャプテンゴーストへ。
「――――“神代の放線”!!」
“魔力砲”に酷似した青白い光芒は、跳ね返る事なく変貌したキャプテンゴーストに直撃――瞬きの間に塵へと変えていった。
『ありが……とう』
男の感謝の声。
『このままじゃ、契約した私だけが……――絶対に、お前達を赦さないぃぃッッッッ!!!』
最後に、女の怨嗟の声だけが虚空に響いた。




