515.猿獣人のハヌマー
「――“瞬足”!!」
血を流しながら横たわる女性の横で泣き叫ぶ子供を襲おうとした“悪性の大輪”に光の鎚を突打ち付け――木造の家に叩き込んだ!!
「ハイヒ――……」
倒れていた女性の身体が……光に変わっていく。
「クッ!! “創光槍”――“青天の翼”!!」
“創光鎚”を青白き槍へと変え、青く発光する翼、“晴天に座する御使い”を展開――両翼にそれぞれ三文字刻んで、“武魔の聖杖”へと力を流し込む!!
『ギギェー!!』
接近してきた“悪性の大輪”の腕を打ち払い、そのまま――その胸へと光の穂先を突き刺す!!
「“聖水武術”――――セイントブレイクッ!!」
槍の穂先から集約した力を暴発させ、“悪性の大輪”を粉々に吹き飛ばした。
「ハアハア」
あの男の子を、どこか安全な場所に――
「…………うそ」
泣いていた三歳くらいの子供の身体が、あっという間に黄色く染まって…………崩れていく。
「まさか……花粉ゲージが……」
自分のゲージを確認するも、ゲージはまだ58%。
「……そうだ、ゲージの上がりやすさは……」
体格が大きい人ほど……上がりづらいって……。
「このゲームで一番犠牲になりやすいのは……」
幼い……子供。
「……急がなきゃ」
悲しんでいる暇なんて――今の私には無い!!
立ち止まったらまた……シレイアの時みたいに、誰も救えなくなるからッ!!
●●●
「――“咎の拳”!!」
植物野郎に、“星の巨人の甲手”を装備した右拳で不意打ちを食らわせ――ぶっ飛ばす!!
「ハアハア……クソ」
荒廃の大地の村にて巻き込まれた突発クエストで手に入れたこの甲手は、Aランクのパワー特化武器なのに……まだ再生しやがるっすか。
鼻水は出るし、目も痒くて開けてられねーってのにさ!
『ギギャーーッ!!』
腕が伸縮して――鞭のように上段から振り下ろして来た!!
「――この!!」
避けた直後に、横合いから別の腕が!!
「――――“衝撃霧散”!!」
”霧散の掌袋”を装備した左手の平を差し出し、腕の運動エネルギーをゼロにして直撃を避ける!
「――“伸縮”!!」
“如意棒”を伸ばしぶつけ、取り敢えず遠ざけておく!
「ペース配分なんてしてられない――装備セット2!!」
“如意棒”を消し、左手に白雲の意匠の青き棍棒――“八雲は青天に映えて”を。右手には灰色雲の意匠の黒き棍棒――“八雲は夜空にとけて”を持つ。
「行くっすよ――クソ野郎ッ!!」
長さ一メートルそこそこの棍棒二本に、六文字ずつ神代文字を描く!
『ギキャー!!』
突撃しながら振るわれる両腕を、二本の棍棒で叩き逸らしながら――私も前へ!!
「――“殴打撃”!!」
夜空の八雲を叩きつけ、動きを止める!!
「“太陽武術”――――サンブレイク!!」
青空の八雲を熱光と共に叩きつけて、上半身を消し飛ばした!
「――コイツ、まだうご――グブッ!!?」
脇腹になにかが直撃し――派手に吹っ飛ばされたッッ!!
「……ゲホッ、ゲホッ! ハアー、ハアー」
このタイミングで……まさかの二匹目っすか。
お腹を押さえながら、物影に隠れる。
「花粉ゲージは……83%。あっという間に上がっていく」
この上昇ペースじゃ、次の近接戦闘で100%になってもおかしくない。
『“悪性の大輪”、残り10』
希望を抱くにはまだ多く、絶望するには少なすぎる……すね。
「……一か八か」
切り札を使って――一気に終わらせてやる!!
「――“神猿化”」
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『ミレオ、動きを止めろ!』
「光輝の盾――“守護武術”、ガーディアンランパード!!」
指輪から顕現した浮かぶ盾を中心に、障壁を展開するミレオ。
『“重力魔法”――ヘビープレッシャー!!』
障壁に激突した“悪性の大輪”三体を、重力で押さえ付ける!
『グダラ!!』
「――“回遊魚雷”!!」
四つの魚雷を周囲に出現させ、“悪性の大輪”へと撃ち出し――爆殺してくれた。
「ハアハア、ゲホッ、ゲホッ!」
苦しそうに咳をするグダラ。
『グダラ、花粉ゲージは?』
「ハアハア……89%」
そろそろ不味いな。
「そっちは?」
『この仮面のおかげで、全然上がっていない……グダラ、今すぐ中層へ向かえ』
「な!?」
『上層は、まったくと言って良いほどプレーヤーが見当たらない。なら、ここよりは多く球根が駆除されているはず』
三つの層に均等に球根が配備されたのかは判らないが、下層の駆除が終わったならそろそろ中層も安全エリアとなって良い頃合い。
「……ミレオは?」
「90超えちゃってるけれど、私には“復活”があるから大丈夫、大丈夫」
攻撃能力皆無というデメリットは、おそらくこの“復活”というスキルがあるため。
元ネタであるバロンの隠れNPCであるが故、と言うべきかもしれないが。
『俺のことなら心配は要らない。早く行け、中層に下りられなくなるぞ!』
「……嫌よ」
『おい!』
「まだもう一波乱ある。私の勘が、そう言っているから」
『お前な……』
「それに、さっさと残りの球根を倒してしまえば良いだけでしょ?」
この上層にいる悪性は、多くても残り6。
中層がまだ安全エリア化していない以上、少なくとも一体以上は居るはず。
「お前だけを、危険に飛び込ませたりしない」
『……まったく』
“殺戮者のマスク”の装備を外し、グダラに渡す。
「……キクル?」
「さっさと装備しろ……それが、一緒に戦う条件だ」
命が掛かって居るのが俺だけであれば、色々気が楽なのに。
俺なんかのために、泥沼に足を突っ込まないで欲しい……グダラは人魚だけれど。
「その顔……」
「前に言ったろ。見せられないくらい酷い顔だって」
当時は顔の半分以上が水脹れになり、生死の境を彷徨った。
そのおかげであのクズ親から解放されたが、引き取られた児童相談所は…………控え目に言って最悪だったな。
あそこは、誰の救いにもならない。
上っ面な優しさで、マニュアル通りに動くだけの役立たずなロボットしか居ないんだからな。
いや、やる気が無い人間が居る分、ロボットよりも酷いか。
命の危機が遠ざかっただけで、誰も心に寄り添ってはくれなかった。
自分達では慈悲の心を持って接していると思っているのだから、質が悪いったらありゃしない。
「おい、さっさと仮面を付けろ!」
渡した意味がなくな――――
「……グダラ?」
「全然仮面を外さないから……ようやく、キス出来た」
嬉しそうに離れ、照れ顔を隠すように仮面を付ける……グダラ。
『ほら、さっさと腐れ植物を探すぞ!』
「お、おう……」
今……キス……されたんだよな…………俺。




