52.打算だらけの婚約
「ユリカとタマは?」
「……街を見に行った」
なぜか、ジュリーと相席してしまった。
無視して立ち去るのも後味悪いし、また命を狙われても困る。
メルシュの事を説明すれば、もう狙われずに済むだろうか?
「……婚姻の指輪」
「へ?」
ジッと俺の指を見詰めているジュリー。
ジュリーはどうして、”婚姻の指輪”を知っているんだ?
名前だけならともかく、見ただけで分かるなんて。
俺は、さっき……へと……り……り……さっきの七人に会うまで、ここ二日間プレーヤーには遭遇していないのに。
「ワイズマンの歯車を、何に使うか知っていたのか?」
「……知るわけないでしょ」
しらばっくれるか。
「俺はアレを使って、ワイズマンのメルシュっていう隠れNPCを仲間にした」
「……そう」
隠れNPCっていう言葉にも反応無し。
知っていたからと考える方が自然だな、この反応は。
本当に何者なんだ、彼女は。
「……ワイズマンを、ゲームオーバーにさせないようにしなさい」
「……分かった」
結局、ジュリーの本音は見えなかったな。
「あの時は言い過ぎた……ごめんなさい」
目を合わせずに、ジュリーがパスタをフォークで回しながら呟いた。
「出来れば、貴方たちとは仲良くやっていきたい」
「それは……俺もだ」
ジュリーは、俺達が知らない何かを知っている。これは間違いない。
「恥を忍んで……お願いがある」
「ん?」
「私と結婚してほしい」
「…………は?」
「あ、あくまで“婚姻の指輪”を手に入れるためだから!」
「……なんで俺?」
「あれがあるのと無いのとでは、全然違う」
それはそうだけれど。
「式代は私が出す」
「ああ……うん」
なんだこれ? 殺し合いをした相手に求婚されてる?
ジュリーの本音がまるで見えない。本当になんなんだ?
「つ、妻に……トゥスカに相談してから決めさせてくれ」
「わ、分かった……」
心地良いような、悪いような沈黙が流れる。
「ふーん。結婚するんですね、ご主人様」
背中が熱くて冷たい!! 全体を針で小突かれたかのよう!!
「とぅ、トゥスカ……」
「直接お帰りなさいを言えず、申し訳ありません。ア・ナ・タ」
これ、怒ってね?
何度か、他の女にも手を出していいという発言を繰り返していたくせに。
「あ、結婚おめでとうございます」
なぜか普通に祝辞を述べるジュリー!?
「安心して、トゥスカ。彼との結婚に愛はないから」
はっきり言われたよ!
「まあ、私は構いませんけれど。タダでですか? こちらにはなんのメリットもないのに」
「それは……か、身体ではダメ……だろうか?」
出た。
「この件は無かったことに」
冷めた気持ちで立ち上がりそうになる俺。
「待って! 待って待って待って待って待って待って待って!!」
慌てるジュリー。
「この街には…………他の男も居るから」
さっきの変な奴とか。
「ぶっ殺すぞ、お前!!」
「ご主人様……その言い方はないです」
誰でも良いんじゃないのかよ!
ていうか、なんで俺は二人から批難されているの!?
「メリットは、レギ……私と同盟を組もう! 手に入れた素材やら武器を交換しあうんだ! そっちにも、手に入れたけれど合わない武器とかあるだろう!」
確かにそうだ。
でも、さっき大抵の物は上げちゃったからな。
メルシュの行動から推測するに、仲間が多い方が今後良いことが起きる可能性は高い。
さっきの男よりは……ジュリー達の方がまだ……いや、かなりマシだ。
「分かりました。それで、日取りはいつにします?」
あれ、なんでトゥスカさんが勝手に話を進めるの?
「手持ちのお金が足りないから、式代は明日稼ぐ。だから、明後日で構わないかな?」
「分かりました。明後日の予定は開けておきましょう」
だから、なんで勝手に決めるの!!
「ハァー……じゃあ、コレを渡しておくよ」
最後に適当に選んでしまった、”A級武具ランダム袋”×3を渡す。
黒い袋にAと書かれている三つの袋を。
「A級!! い、良いの!? 本当に良いの!?」
あれ、なんか惜しい事をした?
「まだ探索場には行ってないんだろう? 出来るだけ装備を整えた方が良い」
メルシュから説明を受けていたのに、かなり危なかったからな。
「あ、ありがとう! 早速、学園で新しい魔法を手に入れないと!」
さっきまで暗い顔をしていたのに、随分元気になったな、ジュリー。
「私達が泊まって居るのは、すぐそこの宿の305号室だから!」
お隣さんかよ!!
あっという間に、残っていたパスタを食べて出て行くジュリー。
「意外と忙しない奴だな」
●●●
「「結婚!!?」」
私とタマが驚く!
夕方頃になってジュリーが宿に戻ってきたら、ジュリーが“婚約の指輪”について語り出した!
今朝まで死んだような顔をしていたくせに、いったいなんなのよ?
「相手はコセだから、ユリカも問題無いだろう?」
「「へ!?」」
コセ? コセって……あのコセ?
「タマはどう?」
「わ、私ですか……ひ、必要な事だとは理解出来ますけれど……ニャー」
顔どころか全身が真っ赤になるタマ。
私も、顔が熱い。
――グッジョブ、ジュリー!!
アンタのパーティーに入って良かった!
「にしても、いつの間に仲直り……」
その時、ピンポーンという音が鳴った。
●●●
マスター達の提案で、隣の305号室を尋ねた。
「ひ、久しぶり、コセ……♡」
あ、このおっぱい眼鏡は完全にマスターに気がある。
「お、お久しぶりです」
こっちの白猫獣人は、脈アリってところかなー。
「ふ、二人とも、久しぶり」
「お久しぶりです」
マスター達も挨拶を返す。
「こっちは隠れNPCのメルシュ」
「ワイズマンのメルシュだよ。よろしくね」
マスターに紹介されたため、頭を下げて挨拶をした。
「ユリカとタマには、一応話はしておいたよ」
あの金髪の女が、例のジュリーか。
”ワイズマンの歯車”を手に入れるために、マスターに本気の殺し合いを挑んだという女。
でも、”ワイズマンの歯車”の存在はこの街に来なければ普通は分からないはず。
メシュというNPCは前から存在していたけれど、特殊クエスト発生時に私の意識がメシュの思考パターンとリンクするなんて事、これまでは無かった。
観測者が細工した可能性の方が高い。
ジュリーという女、どっちに属する人間だ?
「二人が嫌じゃなければ、私と一緒に結婚させる」
「なんでだ!?」
マスターが叫ぶ。
「解りきっているだろう」
「ハァー、わかった。俺が相手を務めるよ。多分手に入るのは、“低級の婚姻の指輪”だろうけれど」
「低級?」
マスターの言葉に、疑問を挟むジュリー。
「私、今日耳にしました! 相手とどれくらい愛し合っているかで、手に入る婚姻の指輪のランクが違うって」
「そ、そうなの?」
猫獣人の言葉に、ジュリーが慌てて確認している。観測者側にしては妙な反応。
「結婚式を挙げれば低級。普通に好き同士なら上級。愛し合う者同士なら最上級が手に入るそうですよ!」
「そんなシステム……知らない」
彼女の反応が意味するところが分からない。
判ったのは、彼女がオリジナルプレーヤーであること……取り敢えず利用しておきますか。
「それで、二人はどうするのです?」
おっぱい眼鏡と白猫獣人に尋ねるトゥスカ。
「ま、まあ、私はOKよ」
「え、えと……はい、タマも」
モテるね、私のマスターは。
「三人も一緒に結婚するなら、私も一緒に式を挙げても大丈夫だよね♪」
「メルシュ!?」
驚くマスター。
「実はね、一遍に大人数で受けちゃった方が安く済むんだよ。なんと、一人当たり半額の500000Gでね!」
一応遠慮してたんだよ、私。二人に悪いと思って。
でも、低級と言えど婚姻の指輪があるかないかは大きいからさ。
「……メルシュさん、結婚の重複人数に上限は無いんですか?」
マスターが祈るように訊いてきた。
「無いよ」
私は正直に答えてあげた。
「……俺、純愛物の方が好きなのに」
「お、落ち着きなさいよ! こんなの、オンラインゲーム内で結婚するような物じゃない! き、気にしすぎよ!」
このおっぱい、良いこと言うな!
「そうそう、キスするわけじゃないしね♪」
「へ? しないの? 結婚式なのに?」
「き、キスしなくても……ああいう事はするんですよね? ……ニャー♡」
「「「「ああいう事?」」」」
異世界人三人と私がハモった。
「タマ、大丈夫だから」
トゥスカがタマの耳元で囁く。
「……へ? な、なーんだ! それなら全然!」
ああ、そっか。獣人の結婚式っていわゆるアレすることだった。
つまりこのエロ猫、さっきからずっとマスターとアレすることを考えていたのか。
「でも、一人500000Gとなるとお金が足りないでしょ?」
ユリカが困った顔を浮かべる。
「そのためにも明日、探索場でいっぱい稼ごう! そして、明後日に式を挙げてさっさと第四ステージに進む!!」
ジュリーが張り切り、一瞬こちらを見た。
やっぱり、私に執着してる節があるな。
もう少し探りを入れてみたいし、さっきの七人組よりはこの三人と縁を深めておいた方が良さそう。
「ねーねー! 今日はこっちに泊めて!」
「メルシュ?」
「どうしたの、急に?」
マスターとトゥスカが心配そうに尋ねてきた。
「だって、二人と同じ部屋だと夜……ね」
「「「ああ、なるほど」」」
隣室の三人が、一瞬で納得してくれた。