507.偽善で覆った悪意
「ギオジィ、岩が……」
悪魔の神殿前で皆の無事を祈ることしか出来ない俺たちの視界の奥で、線路を塞いでいたであろう巨岩が……突如、音を立てて崩れていく。
『たった今ー、線路を塞いでいた落石が全てぇ、撤去されました~。線路とモンスター除けシステムの復旧までぇ、一時間、一時間ほどぉ、お待ちくださ~い』
この緊迫している状況で聞く車掌風の声は、なんか腹立つな。
まあ、騒音の中でも聞き取りやすいためって理由があるのは知っているけれど。
「合流まで一時間ですか」
「お茶でも用意しましょうか、クオリア様?」
ナターシャの申し出。
「へ!? だ、大丈夫です!」
「そうですか?」
お世話されたいと思っているのに、いざして貰えるとなると遠慮するクオリア……可愛い。
「一応、油断しないでおけ。誰が岩を破壊したのか確かめるまでは」
レギオンメンバーの誰かだと思いたいけれど、違うと勘が訴え掛けてくる。
「……あれ、一人だけ?」
「クレーレ、二人と一緒に下がってろ」
遠回しに、三人とも手を出すなと伝え――前へ。
「……お久しぶりです、ギルマス」
「ああ……久しぶりだ、リョウ」
背にくっ付けていた“サムシンググレートソード”を抜き、いつでも振るえるように適度に力を込めておく。
「……なにも、訊かないんですね。僕がここに居ること。いえ、貴方の事ですから、全て理解しているのでしょうか? 僕に鍵を渡すよう頼んだそうですし」
「俺がレギオンから除外したこと、気付いていないわけじゃないだろう? まあ、このタイミングで遭うとは俺も思わなかったけれどな」
白い鎧と黄金獅子の盾に、流動し続ける血の太刀を手にしているリョウへの警戒心が……明確に敵だと訴え掛けてくる。
「ええ……気付いてます」
「文句なら聞くぞ?」
「ありませんよ。あるはずがない……だって僕は――ギルマスの仲間に相応しくないのだからッ!!」
――踊り狂う血の鞭四本を、瞬時に九文字刻んだ“サムシンググレートソード”で薙ぎ払う。
「……やっぱり凄いな、ギルマスは。僕がろくに視認する事すら出来なかった攻撃なのに……」
「SSランク、“ブラッディーコレクション”か」
リョウの仲間を六人も殺した、忌まわしい武器。
「攻撃してきたからには、覚悟は出来てるんだろうな」
「……もちろんです。僕は――貴男と殺し合うためにここまで来たんだ!!」
――血の鞭が、今度は槍のように連続で襲い来る!!
「“神代の盾”」
刀身から浮かせるように生み出した青白き盾で受けながら、回り込んできた血の槍をバク転で躱す。
九文字刻んだ状態の反応速度で、なんとか対応できている状況。
「“古竜技”――エンシェントドラゴンブレス!!」
左掌から放った息吹を、血を盾代わりに防がれてしまう。
変幻自在にして攻防一体の武器……太刀である事に意味があるのかないのか。
「勝手に見限った事を恨んでるのか?」
「違う! 僕は、貴男を恨んでなんていない! ただ僕は――貴男なら、僕が振りほどけなかった悲劇を乗り越えられたのか! それが知りたいだけだ!!」
血の太刀を振り上げて突っ込んできたと思った矢先、太刀の刀身が葉脈のように枝分かれした!?
それを“神代の盾”で受けると同時に、“大地讃頌”で足元へと攻撃を加える!
「くのッ!!」
「“瞬足”」
距離を取ろうとするリョウに向かって詰めより、剣を横に薙ぐ。
「ぐぅッッ!!」
盾ごと、膂力のみでリョウの身体を弾き飛ばした。
「ハイパワーブレイク!!」
すぐさま食らい付き、剣を振り下ろす。
「ハアハア……”獅子皇帝の盾”が!?」
九文字刻んだ状態で放ったのもあって、黄金獅子の顔に亀裂が入る。
「一度だけチャンスを与える。武装解除してエレジーと話せ」
彼女が攻略を続けているのは、リョウにもう一度会うためのはずだから。
「エレジーさんと? ……こんな情けない……仲間を裏切って命乞いした挙げ句、恐怖に錯乱して不意打ちするような僕に――あの人に会う資格なんて無い!!」
「お前のためじゃない、彼女のためだ。罰せられたいと思っているのなら、尚更お前は……」
「――僕は、貴男とは違うんだッ!!」
盾を叩き付けるように投げ捨てるリョウ。
「僕は……貴男にずっと憧れてた。始まりの村で見た、正義や悪なんてくだらない概念を超越したギルマスの行動に……なのに、僕はいざとなったら仲間を売ってしまって……口が勝手に、思ってもいないはずの言葉を……」
思ってもいないはずの言葉……か。
「教えて……ください。どうしたら僕は……貴男のようになれたのかを」
「――理解できない」
「……へ?」
「俺には、お前が俺のようになろうとする事が理解できない」
他人を凄いとか、称えたいとかならまだ解るけれど……。
「俺は――誰かに憧れた事も、誰かの背中を追い掛けた事もないから」
生まれてきてからずっと、俺は……俺になりたいと想い続けて来たから。
「俺は、俺として生きていきたいんだ――別の誰かじゃない!! 俺だけの人生を!!」
ずっと歪められていた気がした。
親も、弟妹も、同級生も、教師も、みんな俺の道を歪ませ、閉ざそうとする化け物ども。
自分達が歪められ、他人を歪める存在になっていることにすら気付けない人形共。
「他人への憧れは、自分を否定するのと同じだ」
だから……か。
だから俺は、アテル、キクル、ヴァルカの三人は嫌いになれなかったんだ。
三人とも、己の道を突き進もうとしている漢達だから。
「……どうして……どうして貴男がそんなにも――――僕を否定するんだぁぁぁぁッッ!!!」
血の太刀を幾重にも重ね、まるで鈍器のように操るリョウ。
「クッ!!!」
咄嗟に自力で神代の盾を形成――するも、先程までとは比べ物にならないパワーに圧倒されてしまう!!
「これが、SSランクの真価か」
俺達、神代文字の力を扱う者に対抗させるために用意したであろう代物なだけはある!
「僕の憧れを――否定するなぁぁッ!!!」
「――お前こそ、悪意を偽善に隠すなよ!!!」
十五文字を刻んだ剣で打ち合い、互いに後ろに弾き飛ばされる!!
「……悪意……だって?」
「勝手に憧れて、さもそれが素晴らしい事であるかのようにのたまい、俺がお前の憧れを否定した瞬間に殺しに来る……お前は、自分の身勝手を――悪意を偽善で覆った卑怯者だ」
「……ぼ、僕は……卑怯者……なんかじゃ……」
自分を卑怯者と口では認めながら、心は認めていない。
自身の悪意をろくに見詰めず、奇麗事に縋り続けた化け物のような人間性。
「お前は俺にはなれないし、俺もお前にはなれない。そして――お前はもう、俺が倒すべき敵だ。武器交換――“名も無き英霊の劍”」
“サムシンググレートソード”を、無骨な直刀に持ち替える。
「神代文字はもう使わない。せめて、同じSSランク武器で決着を付けてやる」
リョウとエレジーを会わせても、どちらも救われないと解ってしまったから。
目の前の男にはもう生かしておく理由が無く、殺さなければならない理由はある。
「舞え踊れ――――“雄偉なる精霊と――剣は千代に”」




