496.地底湖のクルーザー探検
およそ70フィート、二十一メートルの全長持つ超大型クルーザーを、三階部分に当たる窓のない操舵場所から操縦。地底湖を進んでいく。
二階部分に当たる場所にはキッチン付きの窓付き操舵室があるけれど、モンスターに対処するために甲板でナターシャが警戒してくれている分視界が塞がれるため、上で操舵することにした。
ただ、三階部分には座る場所が無いんだよな。
「ユウダイ、こんなの持ってたんだ!」
マリナのはしゃぐ声が、クルーザー後部のスターンデッキから聞こえてくる。
「うおー、こんなの初めて見たよ!」
クレーレは、俺のすぐ後ろで“耐弾性クルーザー”を見まわしていた。
「そう言えば、前と内装の色が違いませんか?」
スターンデッキを登ってきたトゥスカに尋ねられる。
「ここ数日は時間があったから、外装も含めて改装してみたんだ」
塗ったと言っても、キャラクリのように変更していっただけだけれど。
外装はブラウンと鈍いゴールドのカラーリングにし、中の白かった部分は黒やブラウンなどの落ち着いた大人の色合いに大部分が変更されている。
特に、陽射しが直接当たらない二階内装部分は艶のある木目を多く採用。レザー部分もほとんど黒に変更済み。
ベッドルームがある場所は、敢えてツヤのあるタイプにはしなかった。
「おっと」
ステアリングを切って、曲がり始めた洞窟の壁にぶつからないように調整。
メルシュが通れるって保障してくれなければ、このクルーザーで通るのを諦めていただろうくらいの広さしか無い浸水穴を、慎重に進んでいく。
「上の方が操縦しづらいな」
コッチの方が広範囲を見渡せるけれど、モニターがある中の操縦席の方が微妙な調整はしやすそうだ。
「少しずつ洞窟が広くなってきていますね」
「壁にぶつかる心配は無くなって来たけれど、そろそろなにかありそうだな」
「私は、マリナと一緒に後方と両サイドを見張ります」
「頼む」
「クレーレは、ご主人様の護衛をお願い」
「ハイハイさ~」
スターンデッキへと戻っていくトゥスカ。
このクルーザーは両側面の通路に幅があるし、スターンデッキ部分もボートのように広いため、少しは大立ち回りしやすいだろう。
「私の護衛って必要なの、ギオジィ?」
「今の俺は、このボートを動かすために必要な専用のサブ職業を三つ装備している状態だ」
“航海士”、“機関士”、“操舵手”の三つを装備していないと、エンジンを積んだ船をまともに動かす事は不可能。
目の前の大量のボタンやレバーをどう動かせばどういう結果になるのか、“機関士”か“操舵手”のどちらかを外すだけで解らなくなるだろう。
そもそも、クルーザーや航海の知識なんてろくにないのに専門用語が解るのは、完全にサブ職業のおかげだ。
「俺は操舵に集中することになるから、迎撃は頼んだ」
「フーン」
「どうしたんだ?」
声音から不思議な物を見るような視線を向けられている気がして、つい尋ねてしまう。
「ヴァルカお義父さんなら、迎撃の方に回るだろうなって」
「ああ……なるほど」
確かにヴァルカなら、船の操縦は人任せにして自分から戦いそうだ。
『――魚影が船の前方から近付いて来てる!』
探知機のレーダーから読み取った情報を、拡声器を手に取り、船の内外問わず全員に知らせる。
『間もなく接触』
さて、なにが来るか。
――いきなり前方から大量の飛沫――と共に、吻の鋭い魚達が一斉にクルーザーに向かって飛び出してきた!!
「“聖騎士武術”――パラディンセイバー!!」
ナターシャの“ロイヤルロードランス”より放たれた光が魚群の半数を消し去るも、残りの魚達が船の左右に体当たりを続け、あっという間に船体が傷付いていく!!
「俺の船を! ――揺らすぞ!!』
左サイドスラスターを使用し、急な横移動をすることにより魚群の突撃を回避!
レーダーにより魚共が回り込もうとしている事に気付いて、クルーザーの速度を最大の35ノットまで上げていく!
『トゥスカ、マリナ! さっきのが後ろから追ってきているから気を付けろ!』
「“氷河魔法”――グレイシャーバーン!!」
今の、マリナの声か?
「クレーレ、後ろはどうなってる?」
「マリナ姉が湖を凍らせていってる」
「だ、大丈夫かな……」
船のスクリューまで凍らせてしまわないか心配だ。
「……おい――おいオイ!」
横合いから、凄まじい速度で巨大ななにかが突っ込んで来ているのがレーダーに!
「ギオジィ、湖の中にデッカいのが居るよ! なにあれ♪」
「ワクワクしてる場合か!」
――一瞬の浮遊感ののち、船体が押し上げられている事に気付く!!
すぐにクルーザーが斜めにずれ――落下を始めた!!
「ヤバいよ、ギオジィ!!」
「こうなったら――“偉大なる黄金の翼”!!」
“偉大なる英雄の天竜王鎧”に十二文字刻んで、展開した翼に神代文字の力を注ぎ込む!
「“飛翔”!!」
天井部分に両手を付き、船体の傾きを戻そうと奮闘する!
このままバランスを整えつつ、勢いを落としながら着水させないと!
「ギオジィ!! このままじゃ食べられちゃう!」
クレーレの叫びに後ろを確認すると、このクルーザーを簡単に丸呑みできそうな程のなにかの口が――――すぐそこまで迫っているッ!!
「「――“魔力砲”!!」」
後部から放たれたピンクの二筋の光芒が口内上部に直撃――謎の化け物を怯ませる!
「――“超噴射”!!」
ステアリングの中心を蹴るように踏み付けてから右脚を伸ばし、俺の背に生み出した強大な推力を利用――船を前へと急加速!!
「く!!」
「おお!!」
着水と同時に、船が大きく揺れる!
「ハアハア」
咄嗟に、急激に文字を引き出した反動か、少し頭がグラつく。
「クソ」
再度最大スピードを出し、あの化け物を引き離しに掛かる!
「スピードは……同じくらいか」
最大船速でも引き離せないとはな。
「ご主人様、奴が水中に潜り始めました」
再度梯子を上がってきたトゥスカ。
おそらく、水中に潜ったらあの化け物の遊泳速度は上がる。
そうなれば、この船じゃ逃げ切れない。
「操舵を代わってくれ、トゥスカ」
「分かりました」
トゥスカがサブ職業を変更するのを待ってから代わって貰い、マリナの居るスターンデッキへと降りる。
「どうする、ユウダイ。あの巨体じゃ、湖の表面を凍らせたってたかが知れているでしょうし」
「いい、俺がやる」
イライラでもしているのか、少し朦朧とした意識の中で――肉体と精神が強くすり合わさっていく感じが込み上げて仕方ない。
「それって、なんの効果も無いはずじゃ……」
俺が“剣倉庫の指輪”から抜いた物を見て、疑問を口にするマリナ。
「まあ――なんとかなるさ」
左腕に残っていた僅かな違和感の半分が、“名も無き英霊の劍”を左手で握った瞬間――剣へと吸い込まれていく。
「ユウダイ? あんた、なんか変よ?」
マリナの声が、遠くなっていく。
「撒き実れ――――“雄偉なる大地母竜の――永劫回帰”」




