483.変異種の正体
「どうだった、コトリ?」
キャロルさんの物だったスキル、武装白馬である”戦乙女の天馬”で空から偵察していたコトリに、ザッカルさんが声を掛ける。
「そこかしこにあの鮫の砂煙が見えたよ。しかも、どんどん増えている感じだった」
「増えてる?」
「それで、本命の変異種は?」
私の疑問は拾われる事なく、ザッカルさんが話を進めてしまう。
「それっぽいのは見てないよ。砂煙の感じも全部一緒だったし」
「このままだと、根こそぎ倒していくという方法しか思い付きませんね」
その方法で上手くいく可能性も高いとは言えないし……厄介極まりない状況。
「普段、いかにメルシュさん達の情報に救われているのか解りますね」
エレジーの言葉には同意だった。
「うーん」
「どうしたの、コトリ?」
「やっぱさ、どんどん増えている気がするんだよね……周りの砂煙」
「それは……確かに」
「それがどうかしたのですか?」
エレジーが尋ねた。
「一斉に現れたでもなく、この第四層に満遍なく増えていってる感じで……只の無限湧きなのかなって」
「変異種が他に居るって気付いたのはお前だ。俺はお前の考えに従ってやるよ」
ザッカルさんからの意外な言葉に、コトリへの嫉妬心が込み上げてしまう!
確かにコトリは、脳筋のようで頭が切れるタイプ。
マリナとは違うタイプの聡さを持っている。
「増えるのに一定の法則がある……もしかして、コイツの生態?」
おもむろにチョイスプレートを展開し、ライブラリを参照していくコトリ。
「皆さん、デッドリーシャーク三体が近付いてきます」
アルーシャさんの警告が飛ぶ!
「今忙しいから、四人でなんとかして」
ライブラリと睨めっこしながら、とんでもない事をのたまうコトリ!?
「……またか」
コトリは、たまに突拍子もない行動を取ることがあるけれど……そういう所がちょっとギルマスに似ていて狡いって思ってしまう。
「とっとと迎撃するぞ!」
ザッカルさんの言葉を合図に、コトリ以外の全員が戦意を漲らせる。
「私の命は任せた、ケルフェ」
「……本当に!」
そういう所で、私の負の感情を霧散させてしまうから狡い!
●●●
「ふむふむ」
ライブラリ機能で、デッドリーシャークについて調べていた。
「デッドリーシャークは、変異した“デザートハンマシャーク”から大量発生している猛毒鮫……か」
つまり、私達が倒すべき変異種ってのは、あの巨大な“デザートハンマシャーク”が変化した個体。
「だとすると、砂煙を上げて暴れ回っている鮫の中に、変異種は居ない」
しかも、変異種がデッドリーシャークを産み出している以上、実質無限湧きかも。
「天馬!」
翼を羽ばたかせて、キャロルさんの愛馬に上昇して貰う。
第三層の裏面に取り付けられた反射板近くまで行きながら、さっきよりも第四層を広く俯瞰。
「……あそこか」
デッドリーシャークがある地点、滝の周りから周囲へと広がっていくのに気付く。
「あの地下に変異種が居るとすれば、辻褄が合う」
他に、似たような出現の仕方をしている場所は無い。
「これ、空を行ける私じゃなきゃ近付けなくね?」
幸いと言うべきか、ケルフェ達に向かってデッドリーシャークがどんどん集まってる。
「今がチャーンス!」
天馬を駆り、デッドリーシャークが発生している中心部、滝の傍の砂地を目指す!!
「取り敢えず、あの場所に一発デカいのを――」
目指していた砂地に到着するという直前、砂地が盛り上がって――――濃紫の巨鮫が、顎を開きながら飛び出してきた!!
「――“大音響”!!」
咄嗟に“大音響の指輪”を使用――音波を浴びせられた巨大鮫が苦しんだおかげで、勘一発、私の横を飛び去っていき……砂場へと落下していく。
「……あっぶなー」
追撃しなきゃと思い直す頃には、デザートハンマシャークを超える巨大鮫は砂の中へと消えていた。
「デッドリーシャークが戻ってきてる」
一旦、退いた方がいっか。
「情報は持ち帰れそうだし、合流を優先しよ」
天馬に踵を返させながら、チョイスプレートでライブラリを確認。
「ブリードデッドリーシャーク……汚染物質によって変異。繁殖能力が異常発達しており、短命で凶悪……三分に三尾産む」
事実上、一分に一尾じゃん。
「毒を撒き散らすから直接攻撃出来ないモンスター、それがとんでもないスピードで増え続けるのか」
多分、繁殖数に上限は無い……。
「これ、全員で協力しないと無理かも」
●●●
「……フー、緊張する」
“崖の中の隠れ家”の庭にて、俺はある決意を固めようとしていた。
「そんなにも危険な行為なのですか?」
トゥスカが心配してくれる。
「ああ。最悪、半日気絶してしまうかもしれんない」
と言いつつ、本当になにが起きるか分からないんだよな。
ノーザン、チトセ、チトセの使用人NPC、カプア、ウララさんの五人が見守る中、俺はチョイスプレートを開く。
俺が今挑もうとしているのは、文字化けした“シュバルツ・フェー”の実体化。
破損状態となっていたため放置していたけれど、いつの間にか文字化けが変わっていたうえ、破損状態も改善されていた。
「やめておいた方が良いのでは?」
「そうです……貴方になにかあったら……私」
とても不安げなカプアさんとウララさん。
「今は突発クエストのクールタイム期間。不測の事態が起きても、リスクを最小限に抑えられる」
この文字化けのせいで、“シュバルツ・フェー”も“グレートグランドキャリバー”も使えなくなってしまっている。
この現象が続いて、他の武器まで消えてしまうなんて事は避けなければならないため、破棄する事も考えないといけない。
今は、そのための判断材料が欲しい。
「よし……行くぞ!!」
メイン武器欄にセットし――実体化!!
「――な!!?」
左腕の竜を模した、鎧の甲手部分が変質し――三十三ステージで戦った魔神・呪い竜が受肉したかのような頭に変わっていく!?
「「コセさん!?」」
「コセ様!!」
「大丈夫だ!」
カプアとウララさん、ノーザンの三人を宥める。
「大丈夫……違和感はあるけれど、痛くはない」
そして、文字化けしていた剣が、何故か変質した左腕の手の平の上で実体化していく。
左右の設定はしていなかったとはいえ、他の剣を持っていない状態なら、いつもは利き手側に出るはずなのに。
「……これは……なんだ?」
柄部分はあるけれど、それ以外が青白い光の粒子とポリゴンまみれ。
「左手に吸い付いているようで離れない……」
……俺が、“グレイトドラゴンキャリバー”を“偉大なる英雄竜の猛撃剣”に変えたように出来れば。
「――――!!」
神代文字を刻むつもりで、この手の柄だけの剣に強い想いを送る!
ただ、猛撃剣や天竜王鎧を生み出した時のような……この剣に望む物を、ハッキリと思い浮かべる事が出来ない。
「――――っぁぁあああああああッッッ!!!」
剣からなにか余分な物が流れ出し――俺の左腕に戻って来るッッ!!
「――ご主人様!!」
トゥスカの慌てる声に持っていかれそうな意識を繋ぎ止め――俺を襲う暴虐を、捻じ伏せる意志へと変えていくッッッ!!!
「……ハアハア、ハアハア」
痛みと共に受肉の竜の頭も消え、呼吸する余裕が戻って来る。
「ご主人様……」
「大丈夫……なんとかなった」
俺の左手の中に握られていたのは、青味を帯びた黒鉄で出来たような……質素な直刀?
それに、左腕の異物感は前より強くなっている。
ただし、以前のような不安定性はなく……むしろ、ようやく安定したという感じ。
「トゥスカ……」
「はい」
「あと……よろしく」
落ち着いてきた所で、全身が脂汗まみれで疲労困憊である事に気付き……俺は、身体の声に従って意識を手放すことにした。
○“名も無き英霊の劍”を手に入れました。




