473.ワイルドメイドのアルーシャ
「皆様、初めまして。ザッカル様の専属メイド、アルーシャと申します」
瞳は翠、肌は薄めの褐色に設定したアルーシャが、俺達の前で一礼する。
アルーシャのメイド服は黒地に白い大きめのエプロンで、肩から先に布が無く、スカートは足首までのロングタイプ。
スタイルは抜群で、カップは……ナターシャより小さくした。
名前は、ザッカルが適当にナターシャの名前をもじって付けたようだ。
アオイから取った……わけないか。
「おお……本当に、コセが作ったまんまのが動いてるな――イダダダダだ!!」
頬をつついたザッカルの腕の関節を、一瞬で決めるアルーシャ。
「おい、なにすんだ! 俺はお前のご主人様じゃねぇのかよ!」
「私は、主に厳しく接する厳格な性格に設定されている。故に、主とはいえ無礼な振る舞いは許さない」
「おい、どういうことだ! コセ!」
「俺任せにした罰だ」
この面子を見てると、気を引き締める存在が必要だとも思ったし。
決して、ナターシャのように無抵抗に下着を覘かれて、俺の趣味がどうのとイジられるのを防ごうとしたわけじゃない。
「旦那様、このような不届き者にはいかがすべきでしょうか?」
「へ?」
「オイ! なんで俺じゃなくてコセに訊くんだよ! つか、いい加減離せよ!」
「ザッカル様の旦那様であるコセ様に対し、メイドとして礼を尽くすのは当然でしょう」
「おい、コセ!」
「いや、その辺はなにも……」
俺は性格の傾向を決めただけで、自分を敬うようには設定していない!
「ユウダイ様とザッカル様の婚姻関係は、ユウダイ様の方が上ですので」
ナターシャの指摘。
「……――あ、あの時か!」
トゥスカと結婚する時だけ、どっちが上か下かを選んだ!
「最初の結婚式の時に上を選んだから、それ以降に結婚した相手は自動的に下って扱いになってたのか!」
上を選んだ方しか重婚できないとか、あの時メルシュが説明していたはず!
「メイド長、これからご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します」
「私も駆け出しの身。共に、ユウダイ様達を支えて行きましょう」
ナターシャが俺の戦闘メイドだからなのか、さも当たり前のようにアルーシャがナターシャの下に付いてしまった。
「コセ……お前」
解放されたザッカルが、怒りを堪えている。
「いや、俺も想定外というか……」
「つうか、結婚に上下関係とか聞いてねぇぞ!」
「俺も、すっかり忘れてたよ」
メルシュの奴、意図的に触れないようにしていたわけじゃないだろうな!
★
“林檎樹の小屋”に居た面子でやって来たのは、キクル達の魔法の家である“湖の城”。
ジュリーの“砦城”ほど大きくはないけれど、広大な湖に囲まれた綺麗な白い城で、四方から湖を渡るための橋が伸びていた。
「中で待ってるから、遠慮無く来てだって」
アルーシャ作成中、マリナとレリーフェさんにはキクル達と話す段取りをしに行ってもらっていたのだけれど、向こうから招きたいと言ってきたため、九人で訪れる事に。
「いらっしゃいませ」
橋の先で出迎えてくれたのは、銀の大杖を手にした銀髪の女性。
白いドレスのような法衣に身を包んでいるため、この城の姫のようにも見える。
その隣には、ポニーテール黒尽くめの美女。
おそらく、シノビの隠れNPCであるサザンカ。
「“湖の城”の主、レイナです」
お姫様のような人が、握手を求めてくる。
「《龍意のケンシ》のリーダー、コセです」
握手を返す。
この人が、前にシレイアが契約していた相手か。
「あれ?」
奥の方で手を振っているのは、メルシュとシレイア。それにリューナとジュリー、ルイーサも居る。
「メルシュさんから連絡が来ていて。ご存じなかったみたいですね」
「ええ、まあ」
大人数になるから、俺達が呼び出される形になったのか。
全員で城の中へと入り、三階に案内される。
『来たか』
案内された部屋は白く、青い影に彩られている。
素朴なようでいて、随所に細工が施されているようだ。
その部屋で待っていたのは、キクルを含めて六人。
緑の人魚がグダラで、バロンの隠れNPCのミレオ、元レリーフェさんの部下のエルフ、ラフォルの三人がキクルのパーティーメンバー。
紅の人魚がマリンで、猿の獣人がハヌマー。この二人はレイナさんのパーティーメンバーだったよな。
「ミドリという人が見当たらないけれど?」
「彼女は人見知りが激しいので、今回は多目に見て貰えると」
困ったようにお願いしてくるレイナさん。
「分かりました」
シレイアからも、かなり情緒が不安定な女だって聞いてたしな。
「まずは座ってください。お好きな席へどうぞ」
レイナさんに促されるまま、長い長方形のテーブルを挟む形で、俺とキクル側で分かれて座る。
すぐにメイドが出て来て、紅茶を配っていく。
長い紫の髪を持つ、端整な顔立ちと生気の無い雰囲気の……白い二本角が頭の左右から生えたメイド。
あのお姉さん、格好からして使用人NPCだよな?
露出も顔以外無く、ナターシャの“淑女の侍女服”と基本的なデザインは同じに見える。
種族設定の中に、俺が知らない物があったとか?
「それじゃあ、レギオンに迎えるかどうかの話し合いを始めようか」
「それは、既に話し合ったんじゃないのか?」
グダラの問い。
「最終判断だ。攻略に対する姿勢の」
『つまり、どの程度やる気があるのか知りたいと?』
「ああ。俺達は、何がなんでもこのダンジョン・ザ・チョイスをクリアするという意志を持っている。たとえ――仲間を失うことになったとしても」
「「「……」」」
どうやら、キクルの仲間達にはそこまでの気概は無いらしい。
『俺は、たとえ一人でもこのゲームをクリアするつもりだ。実装されることなくサービスが終了してしまった九十一ステージ以上を、この目で見てみたいしな』
「キクルさん……」
やっぱり、キクルはオリジナルプレーヤーだったか。
「私は、こんないかれたゲームを仕組んだ奴等が許せない! そのためなら!」
「私も、デルタの奴等をぶっ飛ばしたい!」
グダラとハヌマーは、クリアすれば観測者に接触できると考えているのだろうか?
「私は……ただ平穏に暮らしたいだけです」
そう言ったのは、先程キクルの発言に憂いの目を向けていたレイナさん。
「でも、このゲームに囚われている間は、平穏なんて一生訪れないとも理解しています」
レイナさんの一言で、レイナさんのパーティーメンバーの意識が同じ方向へと引き締められたのが分かる。
「必ず、ダンジョン・ザ・チョイスをクリアする。それを誓えるなら、俺はここに居る皆を歓迎しよう」
こうして、キクル一行は、《龍意のケンシ》のメンバーとなった。




