472.鹿獣人のエレジー
「ぎ、ギルマス!?」
「な、生ギルマス!!」
木の上の手すりに掴まっている、異世界人のコトリと馬獣人のケルフェが驚いている。
「生ギルマスって……」
“神秘の館”に久しぶりに帰還した次の日の朝、俺はザッカル、マリナ、レリーフェ、ナターシャの四人を連れて、マリナが契約した魔法の家の空間、“林檎樹の小屋”へとやって来た。
見た目、木の上に建てられたツリーハウスタイプだけれど、その大樹の下にもドアが付いている。
「樹の横に埋め込み式の梯子があるけれど、上の小屋と樹の中は繋がってるから、こっちからでも上れるよ。どうする?」
「最初だし、中から行くか」
「俺は、梯子で先に行ってるわ」
ザッカルが、慣れた手付きで登っていく……楽しそうだな。
マリナを先頭に樹の中に入ると、螺旋階段と扉が。
「一つの階に一部屋ある造りで、一階はトイレとキッチンで、二階はシャワールーム。その上からは大して広くない個室が三つ。まあ、こっちは物置きや客室用って感じかな」
上りながら説明してくれるマリナ。
五階部分にある二つのドアのうち、一つは外に繋がっているらしく、なだらかな階段状の足場が樹から生えている。
「この樹って、もしかして生きているのか?」
頭上に赤い林檎が実っている事に気付き、マリナに尋ねた。
「名前に樹って入ってるから多分ね。毎朝、ランダムで色んな品種の林檎が実るし」
それは、むしろ生きていると言えるのだろうか?
「青リンゴの時もあれば、黄色や淡いカラフルなのが実る事もある。カラフルなのは、サリサリした食感で私の好みじゃないけれど」
マリナの“果物爆弾”と相性が良さそうだな、この家。
ちょうど樹の反対側辺りから生えた立派な枝に、戸建てにしては小さな家が建っていた。
「この家もしかして、下で調理した物をわざわざこっちまで運んできてから食べるのか?」
レリーフェのもっともな疑問。
「それは大丈夫。小屋の方に必要最低限の設備は揃えられてるから、一階のは外で食べたりする用かなって、私は勝手に思ってるんだけれど」
食べ物はチョイスプレートに入れられるから運ぶのに問題はないと思うけれど、わざわざ上で作った物を下に持ってくるのも面倒か。
「もしかしたら、あまり仲良くない面子が住み分けられるようにって言う心遣いなのかもな」
マリナが言っていた通り、大樹側は客用なのかも。
「ギルマスー! こっちですよー!」
小屋周りの手すりから、手を振っているコトリ。
「へ、あれって……」
コトリの横に居たのは、力無くこちらを見詰める、薄緑と白のたおやかな服と白いマントを身に着けた淑やかそうな女性。
白い枝のような角を生やした、白と茶の混じったウェーブロングの鹿獣人……エレジー。
「ギルマス様……リョウ様が」
●●●
「リョウは、一人になることを選んだか」
小屋の中のリビングで、昨夜起きた事を一通りギルマス様達に説明し終えた。
「ギルマス様……リョウ様をお救いください」
もう、リョウ様を止められるのはギルマス様しかいない。
「……アイツに、遭うことがあったらな」
「ギルマス……様?」
「“白亜の屋敷”に通じる鍵は?」
「……私が持っていた分は、リョウが契約者権限で消しちゃったみたい」
マリナさんの問いに、コトリさんが答える。
「俺のも消えてやがるな」
ザッカルさんの分まで……リョウ様、本気で私達との関わりを断つ気で。
「つまり、こっちから接触する方法は無いと」
「ギルマス様が、コンソールを使用してリョウ様に呼び掛ければ!」
「……」
「ギルマス様?」
どうして、そんなつまらなそうな顔……しているの。
「俺から、リョウに接触を図るつもりはない」
「ギルマス様!!」
「あとで、リョウはレギオンから除名しておく」
「……どうして」
どうして、そんな冷たいことを……。
「君はどうする? エレジー」
「……へ?」
ギルマス様がなにを言っているのか、すぐには理解できなかった。
「私も……見捨てるのですか?」
「この先、君の仲間を殺した女と同格か、それ以上の脅威が必ず現れる。俺達、《龍意のケンシ》と一緒に行動していれば必ず」
このレギオンがデルタに……狙われているから。
「この先に進む覚悟が無い人間は、ここで降りて欲しい。コトリにケルフェ、君たちも同様だ」
前に会ったときと……ギルマスの雰囲気が違う。
そこに存在するのかも怪しかった空気感を漂わせていたのに……覇気のような、強い存在感を放っている。
「私は……もう暫く、このレギオンに参加させてください」
進んでいるうちは、どこかでリョウ様に会えるかもしれない。
「私は、ギルマスに一生涯付いていくって決めてるもんねー」
「ズルいです、コトリ! ギルマス、私は貴男に永遠の忠誠を誓っております!」
「お、おう」
コトリとケルフェは、今でもギルマスに懸想しているのですね。
私は……。
●●●
「というわけで、ザッカルには戦闘メイドを作って貰おうと思っているんだけれど、見た目とかに要望があったら言って欲しい」
俺がコトリ達に会いに来た理由の一つを伝える。
「やっぱさ、おっぱいとかお尻が大きいのが良いんじゃない?」
「なに言ってんだ、そこは筋肉ムキムキだろう! コトリ!」
「それだと、機動力が死んでしまいます!」
ケルフェ……戦闘メイドは魔法使いにするって伝えたはずなのに。
ていうか、コイツらに任せてたらとんでもない化け物が誕生する気がしてきた!
「エレジーはバランスタイプだけれど、お前達三人は完全な近接タイプだってメルシュから聞いたぞ。だから、戦闘メイドは完全な魔法使いタイプにして貰う。その事を考えて決めろよ?」
「では、背は高い方が良いのでは?」
意見を出してくれたのはエレジー。
「理由は?」
「完全な後衛タイプと言うのならば、視界を確保しやすい方が宜しいかと」
もっともな考えだな。
「じゃあ、あんまりおっぱいとか大きくない方が良い?」
「ある程度の脂肪は天然の鎧になりますよ」
「むー。ケルフェ、自分は大きいからって」
自分の巨乳と言う名の、幻影を揉んでいるコトリ。
「ザッカル、キャラ作成画面を出してくれ」
「おう」
「じゃあ、性格とか顔付きは?」
尋ねながら、ここまでの意見を反映させていく。
「ハイハイ! ちょっとキツめの美人が良い!」
「だな。甘ったれた女と肩は並べられねー」
コトリとザッカルの意見により、顎をシャープにし、目を少し切れ長に。
ザッカルの、甘ったれた女と肩は並べられねーという言葉にインスピレーションを受け、少し癖っ毛のある濃いめの灰色髪にし、左側の前髪を耳に掛けさせ……耳を尖らせるか。
「こんな感じでどうかな?」
ある程度イメージが完成したため、四人に見せた。
「「「おおー!」」」
エレジー以外は、なにやら感動しているように見える。
「目の色とか変えられるけれど、どうする?」
出来れば、下着やメイド服は女性陣で決めて欲しい。
「「「後はお任せで!」」」
「……マジかよ」
これじゃあ、イマイチ免罪符にならないじゃないか。
「ハァー……名前くらいはそっちで決めてくれよ」




