47.婚姻の儀
「ここが冒険者ギルド」
デカい。
学園程じゃないけれど三階建てで、予想より大きい。
「冒険者ギルドって、もっとこぢんまりしているイメージが」
もはやちょっとした神殿のよう。
入り口前の階段を四段登り、冒険者ギルドの中へ。
「左が総合案内。真正面が探索場の受け付けだよ」
「右は?」
よく分からない装置が置いてある。
半円柱型の、青いエレベーターのようにも見える何か。
「えっとね……今はまだ開示出来ないみたい。まあ、もっと先に進めば分かるよ」
「そっか」
でも、明らかに機械で出来ていて、ギルドの内装にミスマッチだから目を惹かれる。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。探索場をご利用ですか?」
探索場受け付けのカウンターまで行くと受付嬢が声を掛けてきて、直後にチョイスプレートが出現した。
○2000G払い、以下から一カ所を選択できます。
1:金貨の砂漠
2:人狼の森
3:制限廻廊
4:キメラの縄張り
「……これだけじゃよく分からないな」
「ご主人様、私にも同じプレートが」
「え?」
俺だけでなく、トゥスカとメルシュ、二人の前にも現れていた。
「同じパーティーを組んでいる方は、同じ“魔宝玉”を持つ事は出来ません。そのため、別々の探索場を選択してください」
「メルシュ?」
「一人一カ所って言ってたでしょ? ちなみに、同じ場所の”魔宝玉”と交換した許可証を持つ者同士は、第四ステージに入るまでパーティーを組めないから」
つまり、探索場ではバラバラに行動しないといけないのか。
「なら、探索場の特徴は分かるか?」
メルシュは自分で、今居るステージの事なら大抵分かると言っていた。
「金貨の砂漠は、私が言っていた指輪が手に入る場所だよ。ここの主は火属性の魔法攻撃が有効だから、私が行くね♪」
「色々傾向があるのですね」
「人狼の森は、ワーウルフがたくさん居るよ。経験値稼ぎに適してて、美味しい果物や、森の主からは良い素材が手に入るんだよ」
「ワーウルフですか……」
トゥスカの目に凶悪な光が宿った。
「制限廻廊っていうのは?」
これが一番よく分からない。
「ランダムに制限が入るの。魔法が使えないとか、武術スキルが使えないとか、武器が使えないとか、装備の変更が出来ないとか。そんな状態で、逃げ場の無い廻廊をリザードマンの群れと戦いながら進まないといけない」
「ずいぶん危険そうだな」
「その分、現時点ではかなり強力な武器が手に入るよ。クリアした人がメインで使っている系統の武器が」
強い武器は、幾らあっても困ることは無いか。
「四つ目はなんです?」
「キメラの縄張りは、主であるキメラを倒すことで色んなモンスターの素材がランダムで手に入るの。でも、どんな素材が手に入るかは分からないから、ハッキリ言って一番旨味が無いかな」
キメラの縄張りは無しだな。
「ご主人様、私は人狼の森を選択します」
「俺は制限廻廊かな。でも、行くのは明日にしよう」
まだ昨日手に入れた物の精査も終わっていないし。
「メルシュ、他に行くべき場所は?」
「うーんとね……あ! あそこには、二人は是非行くべきだね!」
「「あそこ?」」
★
「ここって……」
「教会?」
比較的建物が少ない場所に、その小さな教会はあった。
「ここで結婚すれば、あるアイテムが手に入るんだよ♪」
結婚って。
「結婚式……この建物の中で交尾をすれば良いのですね」
「…………どういうこと!!?」
トゥスカの発言に、激しく動揺した!!
「ん? 獣人の結婚式は、初夜を多くの者に見守られながらする物なのですが……ご主人様は違うのですか?」
「違います!」
また文化の違いが!!
「メルシュ、ここでの結婚式の方法は?」
「1000000G払ったら、後はお任せ」
「高い!?」
披露宴とか含めたら、そうでもないんだろうけれど。
「それだけ凄いアイテムが手に入るんだよ♪」
結婚式で手に入るアイテム、ねー。
「そんなに時間も掛からないし、ちゃちゃっとやっちゃおう! ちゃちゃっと!」
「人の結婚式をなんだと思ってる!」
メルシュが勝手に教会の中に入ってしまう。
「その……トゥスカは良いのか?」
「私としては、初夜が結婚式という認識でしたので、今更感がありますが」
そ、そうだったんだ!
あの時トゥスカは、俺と一生を添い遂げる覚悟で!!
「結婚式を挙げよう! 今すぐ!!」
覚悟なら、俺だってあの夜に決まっているんだ!
トゥスカの手を引き、教会の中へ!
中は暗く、上の方にある窓? から日が射し込んでいて厳かな空気感を演出していた。
「こっちだよ、マスター!」
手を振るメルシュのすぐ傍には、人の良さそうな神官風のお爺さん。
「ようこそ、冒険者。今日はどのような理由でこちらへ?」
「結婚式を挙げたい!」
「この場に居る者だけで良いのなら、すぐに始められますぞ」
○式を上げる者の名前を記入してください。
上: 下:
「……この上と下ってなんだ?」
「これは、いわゆる主従関係。上は重婚可能者を指すんだよ」
「…………はい?」
じゅうこんって……あの重婚?
「なら、上がご主人様ですね」
さっさと下:の方に自分の名前を書き込むトゥスカ。
「俺が上で良いのか?」
「逆に聞きますけど、私が上で良いんですか?」
「すみません。俺が上でお願いします」
トゥスカが重婚とか耐えられない!
「私は別に、ご主人様が他の女と結婚しても構いませんからね」
「いや、それは無いから」
トゥスカ以外の女の人生なんて、絶対に背負う気にならない!
「あれ? 前は、他の女とは遊びまでにしておけって言ってなかったっけ?」
名前を書いてから、ふと思い出した。
「ご主人様の器量であれば、複数でも構わないかと思い直しました」
「え……」
なんだろう、なんか寂しい。
「もちろん、一番は私ですよ♡」
やべー、俺の奥さんマジ可愛い!
「イチャイチャしてると日が暮れるよ?」
「「すいません」」
メルシュに窘められたの、なんかショックだ!
○結婚式が申請されました。1000000G払い、結婚式をすぐに始めますか?
★すぐに始める ★式日と時間を設定する
★仕込みを投入してすぐに始める
仕込みなんて要らねーよ!
たとえ妻が本物の友達を百人呼んだとしても、俺は誰一人呼ばねー!!
そもそも、たくさんの人に祝われるのが結婚式じゃないんだ! 最愛の人に誓いを立てるのが結婚式だろう!
俺は”すぐに始める”を選んだ!
★
「に、似合うでしょうか、ご主人様♡」
照れながら、際どい黒のウエディングドレス姿を見せてくれるトゥスカ。
「……綺麗だ」
胸元に肩、脚を大胆に見せるウエディングドレスに如何わしさを覚えるけれど、トゥスカによく似合っている。
すぐに始めるを選ぶと、そのまま衣装選びになり、トゥスカは三分ほどで目の前の格好に決めてしまった。
俺は一分ほどで、黒のタキシードを選択。
一応、デザインを確認してから選んだ。
「もう少し気の利いた事を言ってくれても良いのでは?」
トゥスカの挑発。
「トゥスカの綺麗な長い肢体に、その大胆なドレスはとってもよく似合っているよ。色が黒なのも良い。俺も、白より黒の方が相応しいと思う」
白は献身の色。でも、簡単に染められる色でもある。
そんな弱い色。俺とトゥスカに相応しくない。
それに……俺にとって白は、あらゆる物を拒絶する迫害の色に感じる。
白い絵の具に他の色が少量でも混ざれば、二度と白に戻ることはないのだから。
「も、もう、ご主人様ってばー♪ 今すぐ押し倒したくなっちゃいます♡」
「トゥスカ、本当に綺麗だね♪」
「ありがとう、メルシュ」
「準備が出来たのなら、すぐに始められますぞ」
神官のお爺さんの言葉。
「「お願いします」」
「ではこれより、婚姻の儀を執り行う!」
教会内の空気が引き締まる。
「互いを慈しみ、愛し、守ると、心に誓いなさい」
改めて誓いを立てる必要なんてない。
出会った瞬間、俺の心にトゥスカへの愛は刻まれた。
そしてトゥスカは、俺の想いにずっと応えてくれている。
突如、光が現れた。黄金の光だ。
それは次第に大きくなり、二つの物を形作る。
「今ここに、”婚姻の指輪”は顕現した。さあ二人とも、指輪を手に取り、互いの左手薬指へ」
光り輝いたままの指輪を手にし、トゥスカと向き合う。
今になって、「ドクン!」と心臓が高鳴り……緊張してきた!
「トゥスカ」
まずは俺から、トゥスカの左手薬指に指輪を通す。
「ご主人様♡」
トゥスカも、俺に指輪を嵌めてくれる。
互いの指輪が一際強く輝くと……光は消えた。
その指に残ったのは、大きなダイヤが嵌められた黄金のリング。
俺のイメージする結婚指輪に比べると輪っか部分の幅がかなり広く、紋様が細かに刻まれていた。
なんだか、金持ちが指に嵌めているゴテゴテの指輪とイメージが重なってしまうな。
「これにて、婚姻の儀は終了となる。最高の儀式であったぞ」
そう言うと、神官のお爺さんは元の位置に黙って佇んだ。
「ずいぶん短いんだな」
個人的には短い方が良いけれど。
○”最高級の婚姻の指輪”を手に入れました。
「最高級の?」
それだと、最高級以外が存在しているかのよう。
「やっぱり凄いね、マスターとトゥスカお姉ちゃんは」
「なにがですか?」
「実は婚姻の指輪には三段階のランクがあって、婚姻の儀をすれば誰でも手に入れられるのが“低級の婚姻の指輪”。一般的な恋愛結婚で手に入るのが“高級の婚姻の指輪”。それで、本当に真に愛し合っている者達だけが手に入れられるのが、その“最高級の婚姻の指輪”なんだよ」
ずいぶん曖昧な基準だな。いったいどうやって決めているのか。
「あ! もうすぐ日が落ち始める。暗くなるとリザードマンが出て来るから、早く帰ろう!」
「ちょっと、メルシュ!」
「待て、まだ服が!」
メルシュに手を引かれた俺達は、新郎新婦の姿で街を走らされるのであった。
現実に婚姻の指輪のランクシステムがあった場合、最高級の婚姻の指輪を手に入れられる人間は、おそらく存在しません。
今蔓延っている一般的な価値観では。