465.収集される血
「なんだか珍しいですね、私達が最初に辿り着いているなんて」
ボス扉の前で待機している僕に声を掛けてきたのは、鹿獣人のエレジーさん。
白い枝のような角を生やした、ウェーブロングの白髪と茶髪の混じった神秘的美人。
「僕等が遭遇した小魔神の数も回数も、少なかったですからね」
「また二人で話してる!」
「エレジーが一番抜け駆けしがちだな」
魔法使いであるシホさんとアヤさんに突っ込まれた。
「た、たまたまですよ」
「でも、エレジーさんの時が一番良い雰囲気になっているような」
人魚のニシィーさんにまで。
「良い雰囲気と言われても、普通だったと思いますけれど?」
時折文句のような事を言われるけれど、みんなの言っている事がよく分からない。
「いったい、いつになったら……」
「私達、前よりも積極的にアピールしているのにね」
「――全員、構えろ」
ヴァルキリーの隠れNPCであるキャロラインさんに言われ、僕は咄嗟に剣を抜いた。
「あれ、気付かれちゃった?」
ポータルの方から現れたのは、青味の白髪をポニーテールにした和服の少女。
その手には……血のように赤い刀身の刀が。
しかも、刀から絶え間なく液体が溶け出し、弧を描いては刀身に戻っていくという不可思議な動きを繰り返している。
「君……一人なのかい?」
「うん、そうだけれど……男一人に美人揃いって、なんだか変なパーティーだね」
「一人で攻略しているアンタに比べれば、全然大したこと無いとおも――」
前に出たアヤさんが、急に静かになった?
「……へ?」
「……アヤ?」
シホさんの声が合図であったかのように、いきなり身体が前に倒れだし――
「アヤさん!!」
エレジーさんが彼女を支えて寝かせようとすると――胸の辺りが大きく斬られている!?
「いきなり何をするんだ!!」
“精霊のファルシオン”と“獅子皇帝の盾”を持つ手に力を込め、みんなの前に出る!
「なにって……うるさかったから黙らせただけだけれど?」
「なぜそんなことを!!」
「耳障りだったから。それと――最初からアンタ達全員、殺す気だったし」
――紅の太刀から無数の鞭のような物が振るわれ、一瞬で蹂躙されてしまう!!
アヤさんを傷付けたのは、これか!!
「うそ……シホ」
「アヤさん……」
二人の身体が……光になって消えていく。
「…………嘘だ」
ここまで誰一人欠ける事なくやって来たのに……こんなアッサリ――死ぬはずが無いんだ!!
「全員仕留めるはずだったのに……結構やるね。それとも、装備のお陰かな?」
「お――前ぇぇぇぇッッ!!!」
かつてないほどの激昂と共に、女に斬り掛かる!!
「“飛剣・四源”!!」
“精霊のファルシオン”の力で、火、水、土、風の単一属性の斬撃を、一振りで四つ放つ!!
「無駄無駄」
刀から血が鋭く伸び、全ての斬撃を打ち払われてしまった!?
「お前、その武器は……」
キャロラインさんが前へ。
「もしかして、隠れNPCってやつ? コレがなにか気付いちゃった?」
「……SSランク、“ブラッディーコレクション”」
「SSランク……」
アレが、実装された十三種のうちの一つ。
「マスター! 生き残りだけでボス部屋に入れ! 奴には、ここに居る全員が束になっても勝てない!」
「逃げろって言うのか!! シホさんとアヤさんを殺されているのにッ!!」
「そうだ!! あの武器は……SSランクは、それ程までに隔絶した力を持っている!!」
「ダメダメ、絶対に逃がさないよ」
無数の血の鞭が――再び旋風のごとく!!
「急げ!! 時間は私が稼ぐ! このままでは全滅してしまうぞ!!」
「だけど!!」
「逃がさないって言ってるでしょう!!」
「“戦乙女の天馬”!!」
騎乗するのではなく、壁として突っ込ませた!?
「無駄だってのぉ!!」
一瞬で、武装した白馬がミンチに!!
「“光線魔法”、アトミックレイ!!」
「おい、マスター!!」
キャロラインの言葉を聞かず、僕は魔法を放つ!
「ここで、二人の仇を取るんだッ!!」
盾を掲げ、突っ込む!!
「リョウ様!!」
ニシィーさんも、“霧散のクリアシールド”を前に突っ込んでくれる!
「あーあ、逃げられる唯一のチャンスだったのに」
「――へ?」
「な!?」
盾を避けて、鎧を数カ所も抉られた。
鋭い衝撃に、身体から力が抜け……。
「――ニシィーッ!!」
エレジーさんの、劈くような声…………へ?
「リョウ……様」
ニシィーさんが地面に這いつくばりながら……僕に手を伸ばしながら……光になって消えて行く。
「……好き…………」
「ニシィーさんまで……消え」
「――“暴乱戦斧”ッ!!」
エレジーさんの振り下ろされた緑の斧より、風の大斬撃が地面を切り裂きながら女へと向かっていく!
「おっと!」
遠くから放ったのもあり、簡単に躱されてしまう!
「貴女は――絶対に許さない」
エレジーさんが……キレている。
「へー、まだ戦意を喪失しないんだ」
なんなんだ……この圧倒的な力の差はッ。
「残り三人。あんたらも殺して、この“ブラッディーコレクション”の養分にしてあげる」
「そんなことのために……僕等を」
「そんなことってなにさ。コレは、殺した種類が多ければ多いほど力が増す武器なんだ。その特性を生かすために、頑張ってるだけじゃーん」
……イカれてる。
「エレジー、お前だけでも逃げろ」
「リョウ様を、置いてはいけない!」
「チ! 今度こそ私が囮になるから、二人だけでボス戦をクリアしろ!!」
「だからぁ――誰も逃がさないって言ってるだろうが!!」
「黙れ、小娘が!!」
キャロラインさんが刀の女とぶつかり合う姿を、僕は……無様にボス部屋へと引き摺られながら……見ていた。
最後に見えたのは、僕の隠れNPCの胸が……血の太刀に貫かれる瞬間だった。
●●●
「なんだ?」
剣戟の音が聞こえる!
一緒に居た異世界人のコトリ、馬獣人のケルフェ、猫獣人のマーリとキューリにも声を掛けず、咄嗟に駆け出す!
「さすが隠れNPC、致命傷を受けてもそんなに動けるんだ~!」
血の嵐に抗う、一人の戦乙女の姿が!
「“光輝盾術”――シャイニングバッシュッッ!!」
血の猛攻を弾き飛ばし、キャロラインが謎の女を後退させた!
「――“悪穿ち”!!」
瞬間的に神代文字を六文字刻み――黒の剣槍、“万の巨悪を穿て”を投げ放つ!!
「――チッ!!」
集まった血に軌道を僅かにずらされ、あの女の顔面を穿てなかった!
「なんなんだよ、テメーのそのデタラメな能力は」
スキルや武具効果とは思えないくらい、莫大な量の血を自在に操ってやがる。
それにしても、リョウ達がいねー。
キャロラインが居るって事は、少なくともリョウの奴は生きているはずだが……いったいなにがどうなってやがる!
「このタイミングで新手か……さっきの奴等より強そうなのが多いかな」
「やるぞ、お前ら!!」
「――“英雄殺し”」
「しま!!」
キャロラインの槍が血の防壁を破って、女の左肩を貫いた!!
「やってくれたなぁぁぁぁ!!」
一瞬で、キャロラインの四肢が切り落とされ――
「――――“超高速”」
あのいけ好かない男から奪った“冥界王の真黒鎧”の力で急接近し、“絶滅の大剣”を振り下ろす!!
「ぁぁあああッッ!! ――“瞬足駆け”ッッ!!!」
胸を切られてなお血で反撃しながら、逃げ――ボス扉に向かっているだと!?
「逃げる気か!!」
扉が開いていく!
「「逃すか!!」」
「邪魔だぁッッ!!」
追い縋ろうとしたコトリとケルフェだが、無造作に放たれた血の鞭に防御態勢のまま弾き飛ばされた!!
しかも、既にボス部屋の中へ!!
「ぜ、絶対に殺してやる……あのリョウって奴等も、ギルマスも――お前らもなぁぁぁッッッ!!! ハハハハハハハハハハハハッッ!!!」
狂気に彩られた女の顔は、扉が閉まると同時に……見えなくなった。
「クソ……」
いったい――なにが起きたんだよ、コレはッ!!




