440.巡る罪過
サトミの次に、クマム率いるメルシュ達がボス部屋へ。
「さてと――そろそろ出て来たらどうだ、ストーカー野郎」
「レリーフェ?」
私の言動に不思議そうにしているユリカだが、私同様に気付いていた者は即座に戦闘態勢へと移行した。
「……スキルに頼っていたつもりは無かったんだけれどね。さすがは、森の騎士団の団長様だ」
いきなり現れたのは、エルフの男。
「金髪……ベルバヤードの一族か」
「ご名答。かつて、岩の騎士団に所属していた者、ジフェリートです」
「そうか、騎士団の……」
私の警戒心が一段下がる。
「それで、一人だけか?」
「ええ。この前のクエストで、隠れNPCを手にし損ねたので」
――今走った悪寒は……。
「なぜ隠れて後を付けていた?」
「信用できるかどうか見定めていたのです。音に聞こえしレリーフェ団長が所属して居る集団であれば、杞憂だったかもしれませんが」
得物を持っていないため、どのような戦闘をするのか分からない。
敵対する気は無いというアピールなのかもしれないが……現れた瞬間から丸腰と言うのは、どう捉えるべきか困るな。
敵か見方かハッキリしない状況は、こうも煩わしい物か。
「砂漠での戦いに加勢できず、申し訳ありません。私が駆け付けた時には、既に終わっていまして」
「そうだったのか」
「……嘘だね」
ユイが前に出て、腰の太刀に手を掛けた?
「貴男の気配は、昨日からたびたび感じ取っていた。ここまで名乗りでなかったのはおかしい」
「落ち着いてください。私は、この馬鹿げたゲームを終わらせるために、信用できそうな仲間を慎重に探していただけなのです」
一応、筋は通って……なぜコイツは、他種族を見下していない?
他種族を見下さないようなエルフが、なぜここに一人だけで居る?
私達エルフは全員――強制的に奴隷として売られていたはずなのに!!
「お前……自分を買った人間はどうした?」
「彼女はとても慈悲深く、私を買ってすぐに解放してくれたのです。暫く同じパーティーとして行動して居ましたが、獣人のパーティーに襲撃され……」
本当に……信用して良いのだろうか……出来れば、同族のことは――
「“煉獄魔法”――インフェルノブラスター!!」
「“瞬足”!!」
ユリカが、問答無用で攻撃した!?
「おい、ユリカ!!」
「異世界人が、野蛮だとは思いたくないのですがね」
「――黙ってろ、クズ男」
あのユリカが、濃密な殺意を発している!?
「お前からは、槍の男と同じ空気を感じるのよ」
彼女の煉獄の爪杖には、既に十二文字が刻まれていた。
「神代文字を……空気? まさか、そんなもので人間性を判断するとでも? そのような物言い、異世界人は皆、理性的な考えが欠如していると思われてしまいますよ?」
「その理性で判断してたらね、回避できない災いなんて幾らでもあんのよ。私は、この世界に来てそのことを身に染みて理解した!!」
だが……幾らなんでもこんなのは……。
「――チ! 女なら、情に訴えれば簡単に騙せると思ったのになー」
男の纏う空気が、ガラリと変わった!?
「それが……お前の本性というわけか」
信じたくはなかったぞ。
「それがどうした――装備セット1」
――青緑のやたらゴツイ弓を装備し、四つの針のような物が伸びている中心に空いた孔に……矢をつがえた?
「……妙な弓だな」
私の常識で言えば、とても使い物になるとは思えない。
「あれは、Sランクの“スターズスプレッド”!」
ヨシノがそう叫んだ瞬間、奴が弦を引いて――私に狙いを定めた!!
「――“暴風矢”!!」
射られた矢は一本だけなはずなのに――五つに増えている!!?
「“煉獄卒の大悪魔”!!」
ユリカが自身の背後から生み出した上半身だけの紫炎の魔物により、全ての矢が防がれた!
「チ! 一人くらいは減らしたかったんだけれどなあ」
「アンタの相手は私よ、クズ野郎」
奴に逃げ場は無い。殺るか殺られるかだ。
「隠れNPCを除くと、一人当たり平均で八千万から九千万Gか」
見ただけで額を――
「お前、バウンティーハンターだったのか!」
「後が無い以上、出し惜しみ無しで戦わせて貰うよ、下等種族共!!」
「――貴様!!」
私の仲間を、その程度の度量の男が侮辱するなど!!
「――コイツは私の獲物よ、レリーフェ」
ユリカの凄まじい圧に……気圧されてしまった。
●●●
「というわけだから、皆は自分の身でも守っててよ」
「ここまで一人で辿り着いたとなると、他にもSランクを隠し持っているかもしれない。気を付けなよ、ユリカ」
「了解。ジュリーは、万が一に備えておいて」
アイツが、他の誰かを狙っても大丈夫なように。
「この僕に、一人で勝てると思っているのかい? ――舐めるなよ、下等種族風情が!」
「そういうセリフを吐く奴で、本当に強い奴に会った記憶が無いのよね。みんな口だけで、いざとなるとみっともなく逃げ出すか、命乞いするような奴ばかりだったしさ」
コセみたいに、芯が通った男に遭ったことない。
「すぐに後悔させてあげるよ――“颶風怪の大入道”!!」
私の煉獄卒やいつかの女騎士の天雷神みたいな、まるで影の中から実体化させたように、風や雷迸らせる黒雲の漢が現れた。
「やれ、煉獄卒!!」
神代文字の力を流し込んで強化! 正面から黒雲の漢を圧倒する!
「クソ!! なぜ貴様如きが、神の力を!!」
「やっぱり、アンタには使えないんだ。どっちの方が下等種族なんだか」
「黙れぇぇ!!」
まあ、別に、神代文字をどれだけ扱えるかで見下す気とか無いんだけれどさ。
「見てて、コセ」
見えているはずが無いと分かっては居るけれど――そろそろ私も、次のステップに進みたいから。
三本の爪持つ大杖、”煉獄は罪過を払いけり”の形状が変化していき――五本の爪持つ禍々しくも美しき煉獄の紫黒魔杖――――“煉獄は罪過を兆滅せしめん”へと進化する!!
お爺ちゃんと見たお盆の迎え火の景色と、コセの背中から感じる雄大さを、私の心と合わせて具象化した結晶が――この杖だ!!
「お前の罪を兆滅してやる――今生と引き換えにね」
「どこまでもかんに障る女だ――“積乱雲”!!」
奴の背後から黒雲が生まれ、途端に大入道の力が増した!?
「“積乱雲”は、風、水、雷、氷の属性の威力を少しずつ上げる! しかも、二属性両方に適応される場合、単一の属性の四倍分の強化になる!」
ジュリーの詳しい説明……たぶん解った!
「下等種族が――エルフである僕を、バカにするなぁぁぁ!!!」
勢い任せに矢をつがえたか!
「“颶風弓術”――ストームブレイズッ!!」
五つの嵐の矢となって、全てが私を狙っている!
「――“神代の障壁”」
杖を前へと翳し、青白い障壁を展開――全ての嵐の矢が完全に弾かれ……消えていく。
「ま、まだだ!! “颶風魔法”――ストームダウンバーストッ!!」
頭上から、凄まじい嵐圧が墜ちてくる。
「“神代の炎爪”――――“魔斬り”」
五本の爪に、青白く揺らめく神爪を纏わせ――この場所の半分を覆い尽くせそうな程の嵐圧を……切り裂いた。
「……そんな、バカな」
「まったく、一対一って言ったのに、勝手に他の人を巻き込まないでよ」
今のも、アンタの立派な罪よ。
「私の煉獄で、罪を贖いなさい」
「“飛行魔法”――フライッッ!!!」
私達の頭上を飛び越えて……――ボス部屋の扉の光が消えている!?
メルシュ達のボス戦が終わったから、同じパーティーメンバーしか入れない特性を利用して逃げ込む気なんだ!!
「向こうに居るお前らの仲間を、何人か殺してやるよッッ!!」
「――“浮遊落とし”」
レリーフェの声が怜悧に響いた瞬間、飛んでいたエルフの男が落下――地面に叩き付けられるように激突した。
「すまない、ユリカ。やはり、ここは私にやらせてくれ」
レリーフェが腰の剣を抜いて、なんとか立ち上がろうとする男に近付いていく。
「私の同族への甘さを、ここで断ち切るために」
「く、来るな……来ないで……くだひゃい」
ほら、やっぱり命乞いした。
「好きにしていいよ」
私なりに、心のケジメは付け終えたし。
「恩に着る」
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行方不明になっていたラフォルがキクルという男と一緒に行動していた事、彼女が泣いていたという話を聞き、私はかつての彼女の恋人を、例の庭園で問い詰めた。
結果、判明したのは――ラフォルが捨てられたという事実。
ラフォルは異世界人の男に買われ、慰み者にされたのち、かつての恋人とよりを戻した……にも拘わらず、奴は若いエルフの女に乗り換え、失意の彼女は姿を消した。
結局、エルフだろうと異世界人だろうと……なにも変わりはしないんだ。
その尊さも、愚かさも、脆ささえも。
志の無い人間は、環境が変われば幾らでも腐る。
「お前のお陰で、私は一つ、悟ることが出来た」
「た、助けで……」
「同族意識など、なんの役にも立たない――只の害悪に過ぎないという事をな!!」
「や゛め゛――――」
――男の首を刎ねて、光へと還す。
「……メルシュとコセ殿に、一刻も早く進言しなければ」
エルフのレギオン、《高潔騎士団》との同盟を解消するようにと。
奴等は、《龍意のケンシ》の同盟相手に……相応しくない。




