438.ヴァンパイアロード
「……」
頭、ボーッとする。
凄く、現実が希薄な感じ。
「ようやく起きたか、マリナ」
「……リューナ?」
リューナが台所の方から歩いてくる。
「眠気覚ましにどうだ?」
「これ、コーヒー?」
カップに半分ほど入った物を差し出された。
「ありがと――うッ! ……ブラック」
しかも、かなり酸味が強めな気がする。
「苦いのは苦手か?」
「苦いだけならともかく、コーヒーの香りと酸味が合わさると……ちょっと」
めちゃくちゃ苦いお茶とかなら、全然飲めるし。
「あれからどうなったの?」
「そう言えば、クエスト中に気を失ってから、ずっと寝てたんだったな」
途中から、まるで夢の中に居るような感覚で戦ってたのは憶えているけれど……そのあとのことは何も思い出せない。
「特殊クエストは見事にクリア。そのあとは宿まで戻ってきて、疲れていた私達は眠りについた。まあ、そんなところだ。ズズー……うん、美味い」
しみじみと、本当に美味しそうにコーヒーを飲むリューナ。
そう言えば、リューナの料理って酸っぱいのが多い。サワークリームを使った奴とか。
「ユウダイも、まだ寝てるんだ」
リューナが来た方のベッドに、肩や鎖骨が見えるユウダイが。
「私よりは遅く寝ただろうし、そのあとどれくらいハッスルしてたんだか」
「……ハッスルしてた?」
「もう十時を過ぎたし、そろそろ起こすか」
――急に嫌な予感がした私は飛び起きて、ユウダイの掛けていた布を剥ぎ取る!!
「ぅ……ん♡」
私が布を剥ぎ取った途端、身じろぎして、ユウダイにより密着する――裸の銀髪美女!!
「――ちょっと、アンタ誰よ!!」
いったいどこから連れて来たんだ、こんな女!
●●●
「マリナの機嫌が悪そうなんだが、始めても良いのか?」
「ああ……」
昨日と変わり、後方で黒髪を結わえているエルザに問われた。
マリナに叩き起こされてからシャワーを浴びたのち、チトセさん達の部屋に集まった俺達。
入り口側では、人間形態のネレイスとナターシャが朝食というか、昼食の準備をしてくれている。
「……どうぞ」
今はどうしようもないし、むしろマリナの意識を別の方に向けて貰いたい。
「まず、特殊クエストをクリアした影響で、私はパワーアップした」
確かに格好とかも、以前より凝ったデザインになっている。
「具体的には?」
チトセさんもまだ聞いていなかったようで、エルザに尋ねた。
「まず、私の種族だが、ヴァンピールからヴァンパイアロードとなった」
種族からして別物に。
「複数の強力なスキルを新たに獲得したほか、私の職業が戦士から魔法戦士に変更されている」
「魔法戦士?」
「魔法戦士って言うのは、本来はLv100になった際に選べる職業のうちの一つで、Lvアップ時の恩恵が魔法使いと戦士の両方になるらしい」
リューナの尋ねに答えたのは、俺。
「つまり、エルザは二人分の得があるってわけ?」
「その通りだ、マリナ」
魔神子の隠れNPCも最初から魔法戦士らしく、ジュリーからその辺の話しを聞いていた。
「まあ、Lvアップ恩恵が同じ場合は、大抵が重複しないがな」
「Lv100になれば、誰でもその魔法戦士になれるって事か。しかも、他の選択肢もあるとは」
今は関係ないって事で、そん辺はまだジュリーから聞いていない。観測者によって少なからず変更されている可能性もあるしな。
先入観で墓穴を掘らせないためにも、ジュリーはあまり先のことは言わないようにしているらしい。
「それと、昨日訪れたあの“吸血皇の城”だが、私が契約者という形で、魔法の家として使用可能となった」
「「「「へ!?」」」」
クオリア以外の人間が、思わず驚いてしまう。
「言っておくが、モンスターは出て来ないし、クエストの時のように構造を無視したようなおかしな状態にはなっていない。ほとんど普通の城だ」
レギオン戦を考えれば、むしろあのままの方が良かった気もするけれど。
「少し話は変わるが、クエストの特別報酬である“ヴラド・キャリバー”は、私が使わせて貰いたい。構わないか?」
今はチトセさんが持っているはずだよな。
「俺は構わない」
「私も」
「私の得物とは形状が違うなら、別に構わないぞ」
「なら、問題ないな」
剣を使用している俺、マリナ、リューナから許可が出た時点で、エルザが使用する事が決まった。
「代わりと言ってはなんだが、コレは返すよ」
“光線拳銃∞”を、俺に渡してくるエルザ。
「良いのか?」
「ヴァンパイアロードとなった私は強力な能力を幾つも獲得したし、この武器は他の者が使用した方が全体的に有益だろう」
使い勝手の良い武器なのに、戦闘スタイルに合う人間が居ないのか。
「チトセさんが使ってみます?」
「え、遠慮しておきます」
光線銃でも抵抗があるらしい。
「じゃあ、昼食のあとは城の中を見せて貰おうかな。今日から寝泊まりに使っても良いんだよな?」
「マスターであるチトセが許せばな」
「もちろん、それはオッケーですよ」
思わぬ所で、魔法の家が手に入ることになったか。
「その前に、私達三人はそもそも、魔法の家の空間に入れるのかどうか」
「「……あ」」
マリナに指摘されるまで、すっかり忘れていた。
●●●
「“雷光斬”!!」
荒野を進んでいる最中、襲い掛かってきたアイアンハウンドを雷の斬撃で切り裂く。
「金属の鎧を纏った……ワンちゃんですか?」
「鎧というよりも、まるで皮膚から生えてきているみたいでした」
スゥーシャとタマが、お互いに意見を交わしている。
「それだけ次のステージ、ボス部屋に近付いている証拠だよ」
そう言いながら、落ちている赤と黄色と緑の三色宝箱に接近し、“盗術”で罠を解除。
○どれが欲しい?
●武器 ●防具 ●その他
「ジュリー様、これって?」
チョイスプレートに表示された内容について、尋ねてくるタマ。
「選択式の宝箱だよ。この荒野に落ちている物は、全部このタイプなんだ」
大してモンスターが出て来ないし、宝箱のポップ率が高いのもあって、あまり良い物は期待できないけれど。
まあ、売れば金策にはなる。
期待せずに武器……を選択しようとして防具を押してしまうと、出て来たのは……私のガントレットよりも一回り大きいくらいのアーモンド型の小さな盾。
「なんですか、それ?」
「“ゴルドガントレットシールド”、Sランク。ガントレットに装着するタイプのシールドで、“黄金障壁”があるやつだよね」
スライムのバルンバルンが説明する。
「じゃあ、この中だとジュリーさんで決まりですね」
「他にガントレットを使っている人は居ませんしね」
スゥーシャとタマにそう言われた。
今このステージに居るメンバーだと、使用できるのは私かナオくらいか。
「取り敢えず、私が使わせて貰うか」
“轟雷竜の剣甲手”の肘部分に付いている刃の取り回しが出来なくなるけれど、あんまり活用できていないし、魔法ダメージを半減してくれる“黄金障壁”の方が重宝する。
「……あの、ジュリーさん……クリスさんとなにかあったんですか?」
「へ?」
いきなりスゥーシャに尋ねられた。
「いや、特に心当たりは無いけれど?」
クリスの態度の変化は察していたけれど、その件について私に矛先が向いているとは思っていなかった。
「タマはどう思う?」
「なんとなくですけれど、ジュリー様になにか言いたそうにしているような気はしていました。この前のクエストの後くらいからですかね」
アオイの事とオルフェの件で、周りに対する注意が散漫になっていたのかもしれない。
「……そっか」
でも、クリスなら言いたいことは言ってきそうだけれど。
日本人は本音と建て前を使い分けるから、本音が分かりづらいって海外の人間は思っているらしいし。
……私から尋ねてみるべきだろうか?




