417.誰も座らない椅子
「皆のLvがかなり上がったけれど、使用人NPCが解禁される54を超えているのはヒビキだけか」
ぶっちゃけ、使用人NPCをパーティーに加えるメリットって、このレギオンにはあんまり無いんだよね。
今回の突発クエストで“シュメルの指輪”が大量に手に入ったから、今までみたいにパーティー人数を分散させずにすむし。
状況次第では、人数合わせに使えるけれど。
「チップの件は、取り敢えず保留で良いだろう。それより」
シレイアの視線の先に居るのは、アヤナ。
「私の事なら気にしなくて良いわ。辛気くさい空気を作られる方が困るから」
アヤナのあの感じ、吹っ切れたと言うよりは自棄になってるって考えた方が良いのかも。
ルイーサの話では、アヤナも神代文字を刻めるようになったみたいだから、私的にアオイの死は結果オーライかな。
口が裂けても、そんなこと皆の前では言わないけれど。
「アヤナがそれで良いなら、さっそく明日から攻略を再開しようと思うけれど」
サンヤに目を配り、説明を促す。
「私はリューナ付いていくって決めてるから、裏切ったりしないって誓うっすよ。なにより、うちのリーダーがこのレギオンに正式に加入するつもりみたいだし」
神代文字の使い手が加入するのは、そうじゃない人間、数百人以上の価値がある。
「ヒビキはどうして残ったんだ? アテル達に近い考えを持っていると思っていたが」
ルイーサが尋ねる。
「理由は幾つかありますが、一番の理由は、そもそも彼等とは相容れないということです」
「そうなのか?」
「世界を丸ごと滅ぼすという言葉に実感が湧かなかったというのもありますが、私は向こうに戻って、一部の人間をこの手で粛清したいのです。丸ごと滅ぼそうなどと言う彼等とは、根本的に相容れることはないでしょう」
まあ、筋は通ってるか。
なんでわざわざあんな狂った世界に戻って、直接手を下したいのかは理解できないけれど。
「ま、そういうわけだから、取り敢えずサンヤとヒビキは、ルイーサのパーティーに加わって」
火に特化したヒビキと、水と土を使うサンヤ。
戦士三人と魔法使い二人の五人パーティーになるし、かなりバランスが良くなるはず。
ヒビキもサンヤもバランスタイプだから、器用に立ち回っていたアオイの代わりになるだろうし。
「それと、トゥスカ達の話では、例の”エンバーミング・クライシス”の使い手は三十六ステージを離れたって」
「殺した人間の死体を操る能力か……他のSSランクは、一体どんな性能をしているのやら」
フェルナンダの言葉により、皆の意識が居なくなったアオイに向いていく。
「なんだか……寂しいですね」
タマの言葉に、空気がとても静かになる。
皆の視線は自然と、食堂のとある一点。実質、アオイの指定席になっていた椅子に注がれていた。
昨日から誰も、あの椅子に座ろうとはしていない。
●●●
「だいぶ冷えてきたな」
あれから幾つかのオアシスを経由し、ひたすら砂漠を進んでいた俺達だが、既に日が傾き始めていた。
「ですが、目的地は見えてきたようです」
高級軍馬を操るナターシャの視線の先には、安全エリアとなっている砂漠の上のコテージが。
今日の目的地であり、俺達の寝床だ。
「へー、雰囲気があって良いじゃないか」
アーチ状の白い柱と黄金の屋根の建物を、リューナは気に入ったようだ。
「建物内と周囲を確認した後は、すぐに夕ご飯に取り掛かろう。明日は朝早く、涼しいうちに出発したい」
「ですね。暑いのはもう懲り懲りです」
「マスターと同意見だよ」
チトセさんとエルザ、それにリューナも限界のようだ。
「今夜は早めに休もう」
コテージに辿り着くと、さっそく周囲の確認もとい、プレーヤーの足跡が無いかを確認。
「へー、上にはプールに大浴場もあるんだ」
「プレーヤーに襲われる危険性さえ無ければ、なかなかロマンチックなところですね」
「プールですか。確かに、今日は水浴びをしたい気分です」
マリナとチトセさんがそんなことを言っていると思っていたら――いきなりクオリアが脱ぎだした!?
「ちょ、クオリアさん!?」
「お前、またそんな! ありがとうございます!」
チトセさんが驚いている横で、何故か礼を言うリューナ……。
「すみません、つい殿方がいるのを忘れていました」
それは、クオリアは俺を男として見ていないという事では?
……自分から誘うなような言動をしているくせに。
「ユウダイ様、厨房で夕食の準備をしようと思いますが、チョイスプレートから食材を使用しても宜しいでしょうか?」
「ああ……うん。俺も手伝うよ」
「いえ、これはメイドたる私の仕事ですので。お気遣い無く」
「俺がそうしたいんだ」
たった今込み上げたこの感覚を忘れるためにも、なにかに集中していたいし。
★
夜、俺は一人で湯船に浸かっていた。
円形のジャグジータイプだけれど、十人くらいなら余裕で入れるくらいの広さがある。
お湯は温く、濡れた肌が外気に触れると寒いくらいだ。
外気自体は、発掘村の夜よりも遥かに暖かい。二十五度前後だろうか?
「ユウダイ」
寝間着姿で二階にやって来たのは、マリナ。
「もしかして、起こしちゃったか?」
「ううん、眠れてなかっただけ」
当たり前のように寝間着を脱ぎ落として、髪も結わえず湯の中に入ってくる。
「どうした?」
どこか怒っていそうな顔のマリナ。
「今なら、皆に気付かれずに相手シてあげられるかなって」
「いやいや」
さすがに気付かれる気が……。
「あんなキス見たら……負けたくないって思っちゃったんだもん」
昨日の、突発クエストの終わり際のことか。
感極まって、マリナ達に見られている事なんてまったく気にしていなかった。
「私、ユウダイの一番になるの……諦めないから」
正面から被さるように、湯を俺の首に撫で付けるように触れながら、唇を奪われる。
マリナのシットリ柔らかな身体の感触に、一気にそういう気分になってしまう。
「声抑えるから……シよ」
明日は、朝早くって言ったのに。
「俺も、我慢出来なさそうだ」
●●●
上から、水音と喘ぎ声が微かに聞こえてくる。
「……発情魔」
エッチな人達。
でも、その声音はどこか切なく、私の知る下卑た……媚びるようなそれとは違う。
……私まで、変な気分になって来ました。
しかも、階段の上部にはマリナ様を追い掛けたナターシャ様が居るし。
ああいう、従順で年老いない人に、私が老衰死するまで面倒を見て欲しい。
少し夜風に当たって頭を冷やそうとすると、チトセ様も同じように上体を起こす。
私に気付いたのか、誤魔化すように微かに笑っていた。




