41.敵意の眼光
宝物庫を出ると、巨大なリザードマン二体が襲い掛かってきた。
二体とも、通常のリザードマンよりも二回りは大きい。
「武器交換――“兇賊のサーベル”」
“強者のグレートソード”を“兇賊のサーベル”に持ち替え、リザードマンの首を撫でる。
派手に鮮血が舞い、ビクビクと震えたあと……リザードマンは倒れた。
「パワーブーメラン!」
トゥスカの放った“荒野の黄昏は色褪せない”が、リザードマンの上半身と下半身をお別れさせる。
「良いですね、手に馴染みます」
トゥスカが戻ってきたブーメランを受け取り、満足げな笑みを浮かべた。
『キューーーーー!!』
リザードマン二体が光になって消えると、通常よりも小さなリザードマンが十体以上、小さな穴から出て来て襲って来る!
「まさか、家族っていう裏設定でもあるのか?」
俺とトゥスカで仕留めたのが両親で、出て来たのが子供達……かな?
「パワーブーメラン!!」
「「「キューーーーーーーーーッ!!」」」
……トゥスカさんの容赦ない一撃によって、リザードマンの子供達が一匹残らず両断された。
俺は……無言で手を合わせた。
「ご主人様、手を合わせるのは食事の際にだけする事にしませんでしたか? 命を奪うたびに祈っていては危険だからと、ご主人様が」
「うん、気にしなくて大丈夫だから」
「……はあ」
それにしても、盗賊団の宝物庫を抜けたらリザードマンの家族……なんでだ?
「殺しちまったのかい、アイツらを」
洞窟内に、年老いた男の声が響く。
……さっきまで居たっけ?
「まあ、いずれは人を襲うようになっていただろうがな。だが、わしにとっては可愛いペットじゃった」
洞窟の隅っこに腰掛ける、おじいさんに近付く。
「NPCか」
知能のあるモンスターかと思い、焦ってしまった。
「気まぐれで拾って育てた二体のリザードマンだったが、成長するとわし以外の人間を襲うようになっちまってな。本当なら、わしが始末をつけにゃならなかった事だ。あんたらには礼をやろう」
なんだこれ?
「ご主人様、なぜ私達はこんな茶番を見せられなければいけないのでしょう?」
「まあまあ」
それだと、俺達とメシュの関係も茶番になってしまうから。
○おじいさんから、”Lvアップの実”か、パーティーメンバー全員が100000Gを受け取れます。
★“Lvアップの実” ★100000G ★貰わない
「……やめておこうか」
なんだか、リザードマンを始末した事に罪悪感を抱いてしまった。
始末しないという選択肢は無かったけれど。
「……ご主人様がそう言うなら」
貰わないを選択する。
「そうかい。まあ、どんな選択もあんたらの自由さ」
含みのある言い方だな。
俺とトゥスカが先へ進もうと歩き出す。
「――死ね! 若造共!!」
――襲ってきた爺の首を、左手で締め上げる!
「ガハッ!!」
よく見ると、手にはバンディットが使っていた物と同じ巨大針。
「わ……わしの……生き甲斐……を」
「絞殺」
爺を仕留めると、光に変わっていった。
「……いったいなんだったんだ?」
○落ちぶれた元盗賊の頭領を殺しました。
「盗賊だったのかよ!」
しかも、元頭領!
○貰わないを選択していましたので、Lvアップの実×2と、パーティーメンバー全員が200000Gを貰えます。
「ええー……」
なんじゃこりゃ。
「なるほど、この結果を見越しての貰わないという選択だったんですね。さすがご主人様」
いいえ、違います。
それにしてもこのゲームのイベント、少なからず胸糞悪い物ばっかり!
「……”Lvアップの実か”……後でで良いか」
使ったらLvが上がるのだろうけれど、Lv17になってから溜めた経験値がゼロになるのかどうかも分からない。
使うなら、Lv18になった直後の方が得だろう。
……この判断が、命取りにならなきゃ良いけれど。
洞窟の奥、暗がりになっている通路へと入っていく。
一度曲がり角があり、そこを過ぎるとすぐに出口が見えた。
「安全エリアだ」
メシュと三人で食事した場所に似ている。
違うのは滝があることと、奥にポータルがポツンと置かれている事か。
「トゥスカ、あれがポータルだ」
緑色に発光している物を、トゥスカに見せる。
「ということは、この先はボス部屋前に通じている。という事ですね」
「第一ステージと同じなら、そうなるな」
もしそうなら、今日中に第三ステージの街に行ける。
「街に着けば、メシュに会えるでしょうか?」
トゥスカも、俺と同じ事を考えていたらしい。
「これを持って、第三ステージの街へ来て」
メシュのあの言葉に、俺とトゥスカは第三ステージの街でメシュに会えるのではないかという淡い期待を抱いている。
「軽く昼食を取ったら、さっさと行こうか」
「はい!」
俺もトゥスカも、すっかりメシュの虜になってしまっているようだ。
★
トゥスカと二人でポータルに乗り、転移。
予想通り、第一ステージに似た暗い場所に出る。
違うのは、遠くから漏れてくる光の色が青ではなく橙色だということ。
「トゥスカ、やっぱりボス部屋前みたいだ」
「いよいよですか」
トゥスカには、魔神・四本腕について説明してある。
第一ステージと違って、あまりLvが上がっていないことは不安だ。
けれど、あの時と違い、今はトゥスカが傍に居てくれる。
今なら、妖精から弱点属性について聞くことにも意味があるしな。
属性付きと思われる武器もあれば、属性付与のスキルを俺とトゥスカ合わせて三種類も選択出来るし。
「来たね」
第一ステージの時と色が違うだけの妖精が左側に見えてくると、向かい側から女の声が。
「……ジュリーさん? 俺達よりも早くここまで来てたのか」
やっぱり、この人とは仲良くしておいた方が良いのかもしれない。
「ひ、久し振り……コセ♡」
「ああ。久し振り、ユリカ」
「ちゃ、ちゃんと名前を覚えてくれている♡!」
ユリカのあの反応……ちょっと心が痛い。
「お久しぶりです、コセさん」
「タマちゃんも元気そうだね、久し振り」
タマちゃんの名前は覚えちゃったな。
まあ、覚えやすい名前だし、仕方ないか。
「コセ、一つお願いがあるんだ」
「へ?」
パーティーを組もうって話じゃないよな?
最大パーティー人数は、現段階で四人。
ジュリー達の誰かが俺よりもLvが上なら、五人までは組めるかもしれないけれど。
「”ワイズマンの歯車”を譲って欲しい」
どうして……ジュリーが知っている?
同じ物を手に入れている?
だとしても、使い道が分からないアレをどうして欲しがる?
「ただでとは言わない。お金やなにかの装備と交換でも良い。第二ステージのボスの情報全てでも」
なんだ? 随分必死にお願いしてくるな。
「……悪いけれど、“ワイズマンの歯車”は渡せない。大切な物なんだ」
メシュと、最後に交わした約束。
「やっぱり、手に入れていたんだね……」
「「「え!?」」」
トゥスカ、ユリカ、タマの三人が――ジュリーが土下座した事に驚く。
俺も、正直驚いている。
だけれど、それ以上に不気味だと感じた。
なぜならば、俺がジュリーに抱いていた人物像と目の前の突拍子もない行動を取ったジュリーが……あまりにもかけ離れているから。
「なんで、土下座なんて」
「私の……貞操をあげても良い。だから、“ワイズマンの歯車”を譲ってください。お願いします!」
――急に、心が冷めていく。
ジュリーは綺麗だ。女神と形容しても良いくらい美しい。
正直に言えば、一度くらいそういう関係になってみたいと思わないでもない。
でも、俺は安っぽい女が嫌いだ。
安っぽい人間関係も嫌いだ。
だから、今の一言で俺の中のジュリーの格は底辺に堕ちた。
「行こう、トゥスカ」
「は、はい」
ユリカ達が驚いているところを見るに、これはジュリーの独断なのだろう。
「どうしても……譲ってはくれないんだね」
背後から――殺気を叩き付けられた!?
咄嗟に振り向き、”強者のグレートソード”の腹でジュリーの剣を受けとめる!!
「――君を殺して、”ワイズマンの歯車”を手に入れる」
ジュリーの敵意が込められた眼光が、俺の目に飛び込んできた。