407.死体恐慌の魔女イズミ
「……オベルト……なぜ」
斬られた兄さんが……力無くうつ伏せに倒れる。
「いったい、どういうつもり……」
幹部だという羚羊の人獣に問い質そうとした時、複数人の気配を感知――あっという間に囲まれてしまう!
「異世界人に……人魚?」
エルフや獣人、鳥人も居るし、男女共にかなりの数……いったい、どういう集まりなの?
「それよりも……これだけの人数の接近に気付けなかったなんて」
「まあ、それは当然よ」
私の背後で不気味な集団が二つに割れ、現れたのは、黒髪おかっぱ頭の……大杖を持った異世界人の女。
背は百五十センチあるかどうかで、完全な魔法使いタイプと思われる。
「貴女が……SSランク武器、”エンバーミング・クライシス”の使い手」
「ご明察。噂をわざと流させたとはいえ、よく特定出来たわね。私の外見までは教えなかったのに」
私が誰とも合流できていないこの状況で、いったいどうやってこれ程の数の仲間と合流を……。
「さっきの戦い、見てたわ。貴方達を私の――」
女が喋っている途中で、闖入者が現れる。
「チ! この私が喋っているのに……」
闖入者は真っ黒な女達……アレが、隠れNPCシャドウですか。
「その影共を捕らえろ!」
女の言葉に従い、動き出す一団。
半数があっという間に影を捻じ伏せるその様は、まるで人形のよう。
「連れて来なさい」
二体の影が無理矢理ひれ伏せられ、女の前に突き出される。
片方は、マクスウェルのNPCであるフェルナンダに似ていた。
「“死印契約”」
大杖の下側、鋭い杭の部分で影の頭を貫き……光に変える。
「やっぱりダメか。でも、良さげなサブ職業は手に入った」
もう一体の影はそのまま貫いて倒し、光に変えてしまう。
私を囲う集団の不気味なほど静かな気配に、“死印契約”という能力名……そして、エンバーミングという言葉の意味。
「……まさか、この場に居る貴方の仲間は……全員……」
「さすがに気付いちゃった? 獣のくせに、良い勘してるじゃない」
私の推測を、この女が肯定してしまう!
「このイズミ様が持つ“エンバーミング・クライシス”の能力は、“死印契約”で殺した者達を――無制限に操れる事なのよ!!」
女が杖を掲げた瞬間、足元から黒い空間が広がり――複数の人獣達が出て来る!?
「この前の反攻作戦で殺した、解放軍の奴等よ。つまり、貴女達のおかげで手に入った手駒と言えるわね~」
「あの作戦を利用して……」
「ノンノンノン。違うわ、あの作戦事態が私の仕込みよ。たまたま出会ったタイキに“獣の聖地”の事情を聞いてね。この私が、一計を案じてやったってわけ」
「な、なんだと……」
兄さん……良かった、まだ生きて……そうか、あの杖で殺さないと下僕に出来ないから、わざと動けなくなる程度のダメージしか与えていないんだ。
「全部、貴女の掌だったというわけですか」
「そゆこと~。いやー、笑ったわ。ちょっと脅せば必死に命乞いするような男が、アンタらレジスタンスのリーダーだってんだからさ~! タイキの奴さ、自分とこのレギオンリーダーが死んだのを良いことに、注目されたくて意気揚々とレジスタンスを起ち上げたんだってさ~! つまりお前らは、そんな小者に良いように使われた間抜けってわーけ~――アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」
「……やはり、貴様ら異世界人はッッ!! ゲホッ!! ゲホッ、ゲホッ!」
兄さんが、血を吐き出して虫の息に……。
「おっと、死ぬ前に殺してあげないとね~」
「やらせない」
“荒野の黄昏は大いなる導”を構える。
「お前、この人数に勝てると思ってるわけ? 言っておくけれど、コイツらは生前とほぼ同じ強さだよ。装備もスキルもそのまま。おかげで私は新しい装備は手に入らないし、逆にコイツらに追加することも出来ないんだけれどー」
どこまでもかんに障る女。
「貴女みたいな外道には、仲間など居ないのでしょう? ならば、貴女さえ殺してしまえば全て終わる!」
「言ってくれるじゃん――お前達、その女を捕まえろ!! 殺さないなら、どんな状態になっても構わないからさぁぁ!!」
「貴女は――ご主人様の脅威となる」
ご主人様の脅威は、身命を賭してでも取り除かなければならない!
●●●
「“桜火転剣術”――フレアブロッチェスラッシュ!!」
黒い植物を操るシャドウを、突発クエスト・ガルガンチュア行進曲で手に入れた特殊なスキルで両断した!
「後は……」
「“嘆きの牢獄”!!」
合流していた兎の獣人が、タイタンと思われる影を氷付けにしてトドメをさす。
影とは言え、アシェリーが倒されてしまったようで少なからずショックを受けている自分が居る。
「思ったほど強くなかったな」
「貴女、雰囲気が変わりましたね」
以前の彼女は、もっと軽薄というか……明るい感じがあったのに。
「そんなことより、急いで仲間を捜すわよ。サトミ様、無事だと良いけれど……」
彼女にも、私のように慕う主がいるらしい。
「連戦で消耗してますし、確かに合流はしたいところです――なにか来る!」
頭上から、途轍もない脅威が迫っているのを直感的に感知!
『――獣が二匹か』
機械の屈強なリザードマンのようなのが降りてきたと思ったら、女の声を発する。
「まさか……アルファ・ドラコニアン?」
『ハハハハハハ!! よく気付いたな、獣人』
「コイツが、例の竜人?」
「私が知っているのは赤い肌の生物だけれど、姿形はよく似ている」
『なるほど、お前が同胞を葬った者達の仲間か。ならば、少しは楽しめそうだ』
「なんでコイツが!」
『強力なモンスター十体が全て倒されると、俺達アルファ・ドラコニアンが一人だけ乱入出来る仕様になっていたのだ。ゲームバランスがどうとかで、本来よりも力を制限したアバターしか使えないが』
ハンデがあるとは言え、《龍意のケンシ》の手練れが束になってようやく倒せたという化け物を……消耗した私達だけで倒さなくてはならないのか。
「全力でやるぞ、クフェリス。コイツ相手に出し惜しみなんてしてたら、あっという間に殺される!」
「分かりました!」
戦闘中は異様なほど冷静な彼女が、焦りを顕わにするほどとは――忠告通り、“儚き桜花は燃ゆる”に最大の九文字を刻む。
彼女も、黒い円鋸に六文字を刻んだ。
「“疾風迅雷”」
“迅雷のクリスタルグリーブ”の効果を使用し、雷と風による超加速を得る!
「“桜火転剣術”――フレアブロッチェブレイズ!!
硬い敵には、切り裂くスラッシュよりも削り切るブレイズの方が有効!
『フン!』
「ベクトルコントロール!!」
躱そうとした瞬間、軌道を操作して追い詰める!
「“嘆きの牢獄”!!」
リンピョンが能力で、奴の足を凍らせて動きを制限してくれた!
『――小賢しい!!』
私の“儚き桜火は燃ゆる”が、見えない力によって一瞬止められ、リンピョンの氷まで独りでに弾けてしまう!?
『返してやる!』
私のブーメランを掴んで投げられると同時に、なにかによって身体の動きを止められた!?
「“氷獄剣術”――コキュートスブレイク!!」
『チ!』
リンピョンの攻撃に力を回したのか、すんでで硬直が解けた私は、“吸着のビーストガントレット”の効果でなんとか“儚き桜火は燃ゆる”を受け止める!
『少しは楽しませてくれる』
これが、宇宙最強の生物の力……厄介極まりない。




