383.孤島からの旅立ち
「いらっしゃい。ここは流れ物屋だよ」
第三十二ステージの流刑の孤島にて、早朝から用件を済ませようと六人で動いていた。
「流れ物屋?」
鳥人のNPCの言葉に、リューナが疑問を口にする。
「ここは、島に流れ付いた物を売る場所だ。品揃えは毎日変わる。ちなみに、全て一律1000Gだ。俺には物の価値がわからんのでね」
「Sランク武具が出ることは無いけれど、品揃えは本当にランダムらしい」
★鋼の剣 ★テンペストレイド ★天雷の剣の指輪
★鉄の斧 ★ドラゴメイルクロー ★霙王竜
★索敵のスキルカード ★サブ職業+2の腕輪
★おばあちゃんの骨棍棒 ★骨太者 ★金剛力士
★吹雪魔法使い ★大地魔法のスキルカード
★鎮魂歌のスキルカード ★反響のステッキ
「この状態じゃ、まだライブラリで閲覧は出来ないか」
詳細どころか、名前すら見当たらない。
「安いんだ、全て買えば良いだろう」
ヴァンピールの隠れNPC、エルザに言われる。
「まあ、見たこと無い物は全て購入するか」
図鑑を埋める行為は好きだし。
“鉄の斧”以外は全て購入する。
「ねえ、明日また来れば面白い物が手に入るんじゃ無いの?」
「今日の品揃えは、かなり運が良い方だろう。時間の無駄だ」
マリナの言葉に、エルザがつっかかるような言い方を。
「運の要素が絡むなら、当てにしすぎない方が良いだろう」
「ですね」
リューナの言葉にチトセさんが同意する。
「これで、この孤島での用件は終わりだな」
「鳥人用の武器が売っている店があるが、本当に行かなくて良いのか、クオリア?」
盲目の烏鳥人に尋ねるエルザ。
「ステッキのような物は欲しいですが、そうでなければ動きづらくなるだけですので」
二十八ステージからここに来るまでに手に入れた物の中に、エルザのお気に召す物はなかったそうな。
「ああ、そうだ」
今買った“反響のステッキ”を、クオリアに差し出す。
「……良いですね」
床をトントンと突き、感触を確かめているようだ。
「“反響のステッキ”、Cランク。稀に、叩いた敵を混乱状態に陥らせる杖。超音波で位置を確認する生物なら、高確率で状態異常に出来る」
隠れNPCだからか、エルザが解説してくる。
「確かに、床を鳴らすと特殊な音波が拡散しているのが分かります」
音波が判るって、何気に凄いのでは? 鳥人特有の能力なのだろうか。
●●●
「……ハァー」
朝から……というか、昨日の夜からずっと、レリーフェはため息をついている。
「コセは許してくれたみたいだし、いい加減に元気出しなよ」
“神秘の館”の食堂にて、ふっつぶしているレリーフェを慰めてみた。
「ユリカ……コセ殿が、大人の対応をしてくれただけかもしれないではないか」
「そういう、建前と本音を使い分けるのが好きな奴じゃないって」
初めて私とボス部屋の前で遭った時なんて、歯に衣着せぬ物言いだったし。
今の方が丸いし……案外アイツも、あの頃は余裕が無かったのかな。
「まあ、それだけでもないんだが……」
「もしかして、エルフのレギオンメンバーが一人行方不明になってるって件?」
「……うん」
レギオンの幹部を任せるくらいレリーフェが信頼していたエルフが……そのレギオンからいつの間にか抜けて居なくなってしまったらしい。
この件に関しては、触れても仕方ないか。
「ていうか、なんでコセが神代文字を十二文字使えるだけで、そんなに特別視するのよ?」
「我々エルフの伝承では、神代文字を多く刻めれば刻めるほど、運命に干渉できる高尚な精神性を持っている証とされているのだ」
「高尚な精神性……ねー」
私に比べたら、コセは聖人みたいなところあるけれど。
ていうか、それだと私が十二文字引き出せた意味が分からない。
まあ、あれから一度も十二文字刻めてないんだけれど。
「でもさ、コセや私以外にも十二文字刻める人間は居るじゃん。なんでコセに対してだけ、そんなに敬うのよ」
聞いた話、ユイやルイーサも、一時的に十二文字刻めた事があるらしいし。
「……男で神代文字を刻める者は、ごく稀なんだ。現在のエルフには、一人も居ないとされている」
「そんなに?」
そう言えば前に、女の方が親和性がどうのって誰かが言ってたような……。
「ああ。歴史上、十二文字なんて女を含めても数えるくらいしか居なかったはず」
「運命に干渉ってのは?」
「そのままの通りだよ。神代文字を刻める者が本気で望めば、世界がその方向に向かうべく運命が巡ると言われている。たとえ大多数の人間と対立することになろうと、運命を司る意思の力が総合的に強い方に傾くと」
「……はあ……」
文字を引き出そうとすればするほど感じるなんらかの奔流……あれが、運命その物ってこと?
確かに意識のような物は感じたし、流れに逆らおうとすればするほどキツくなってくるけれど。
それに、力を引き出そうとすればするほど、奔流に晒される感覚は強くなる。
「ああ、ちょっとテーブルを借りるよ」
メルシュが入ってきて、チョイスプレートから見たことの無い武具を次々と並べていく。
「これって、鍛冶屋に依頼していたって言う武具?」
「うん。ユリカ、今から言う面子を呼んできてくれる?」
「ええ、良いわよ」
その日は、新しい武器の習熟に励む者と、各々の趣味や休息に当てる者に別れて過ごした。
●●●
NPCに1500Gを払う。
「はい、行って良いよ」
孤島の祭壇があった場所とは反対方向に来た俺達は、そこから伸びるロープを伝って遠くの島、第三十二ステージのダンジョンへと向かうことに。
「これに乗っていくのか……」
ロープから吊るされた革製の椅子に座ると――NPCに思いっ切り押し出された!
「うおっ!!」
椅子は途轍もない速さでロープを滑り、急速に島へと近付いていく!
全然減速する気配が無い……これは、ちょっとまずいのでは?
――反対の島に到着寸前に椅子から飛び下り、上手く地面を転がって受け身を取る。
「あ、危なかった」
ロープが括られた大樹にぶつかり消える、俺が乗ってきた椅子。
「……そう言えば次って」
目の見えないクオリアだ!
「ぶつかる前に受け止めないと!」
彼女が座った椅子が高速で迫るのが見えたため、大樹の前で構える――と、すんでで跳びあがり、黒翼を生やして優雅に降り立つ……クオリアさん。
「ぐ、グフ!!」
気を取られた瞬間、猛スピードで迫る椅子が鎧の腹部に激突した……。
「あら、大人しく不埒な真似をされた方がよろしかったでしょうか?」
「い、いえ……ぶ、無事でなにより」
痛いやら恥ずかしいやら……穴があったら入りたい。下ネタじゃなくて。
「私は目が見えませんので、夜の方はリードしてくださいませ」
耳元で囁かれた本気とも冗談とも取れぬ妖しい声音に、ドキドキして痛みが和らぐ。
「……」
「もちろん、冗談でございます。助けてくれようとした事は理解していますので」
「ああ……はい」
会ったばかりなのに、なぜこうも手玉に取られているのだろう……。
その時の俺は、すぐそこまで近付いていた椅子とマリナの存在に気付いていなかった。




