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36.別れの挨拶

「運が良いのか……悪いのか」


 まだ探索していなかった二カ所も出口じゃなかった。


 残りは一つ。


 二度手間にならなかった分、ゲーム的には運が良いのかな。


 ただ、手に入ったのは5000Gと”魔導師の手袋”だけ。


 “魔導師の手袋”は俺もトゥスカも装備出来なかったため、おそらく魔法使い専用装備なのだろう。


 つまり、俺達にとって有用な装備が一つも手に入って居ないのだ。


 “低級アイテムの交換チケット”は、地味にありがたいけれど。


「少しくらい、戦力アップになりそうな物が欲しいよな」


 だからと言って、”グレートソード”を手に入れた時のような激闘は遠慮したい。


「ご主人様、私は装備を変更しようと思います」

「どうするつもりだ?」


 トゥスカが”ビッグブーメラン”と“雷の斧”を消し、先程手に入れた“鋼鉄のタワーシールド”と巨漢の男が持っていた金属のクラブを手にする。


「ブーメランは狭い通路だと使い勝手が悪くて。この“法喰いのメタルクラブ”の方が、取り回しが楽かと」


 理にかなっていると思う。


「トゥスカの判断を信じるよ」


 いよいよ、最後の通路へと足を踏み入れる。



●●●



「サトミさん達は、半年近くも奴隷に?」

「そうなのよ~。でも、私達よりも前にこの世界に連れて来られた人も、結構な数が居たみたいよ~」


 道すがら、サトミさん達と話をしていた。


 僕がこの村に来たときはほとんどプレーヤーは居なかったから、僕よりもずっと早く参加していた人が居たなんて思わなかった。


「それにしても、すっかりハーレム状態ね~」

「あー、ハハハハ……」


 僕のパーティーメンバーは、全員で七人。


 ボス戦の時にパーティーを組んだ一人でもあるシホさんと、ギルマスの命令で買った鹿獣人のエレジーさん。


 更にあのバカ男の奴隷になっていた、マーリちゃんとキューリちゃんも居る。


 二人が奴隷から解放されたあと、僕のパーティーメンバーになりたいと言ってきたためだ。


 ちなみにあのバカ男は、昨日ダンジョンで巨大蝙蝠の群れに殺されたらしい。


 パーティーメンバーの忠告を無視して、勝手に死んだそうだ。


 残りの二人は、第二ステージを攻略するために新たに購入した奴隷。


 二人とも女の子なのは、一人はエレジーさん達の推薦で選んだため。もう一人は、サトミさんの推薦で選んだからである。


 僕のパーティーメンバーが戦士に偏っていたため、魔法使い職が居た方が良いと考えていたから、こっちにとっても都合は良かった。


 ちょっと、男である僕の肩身が狭いけれど。


「私達は他パーティーと遭遇しない方を進むけれど、そっちは皆の方なのよね?」

「はい、その通りです」


 突発クエストのおかげで、僕の戦士.Lvは13まで上がっている。


 だから、パーティーは四人まで組めるようになっていたけれど、その時の僕等は五人。


 どちらにせよ新たに奴隷を購入する必要があったし、ならばとパーティーを二つに分け、一緒に行動する事にしたのだ。

 

「じゃあ、気を付けてね~。お互い、ギルマスに置いていかれないようにしましょう♪」

「はい! サトミさん達もお気を付けて!」


 サトミさん達四人が、左の穴へと入っていった。


「じゃあ、僕達も行こう! ギルマスに追い付くために!」

「「「「「「お、お~う」」」」」」


 また、突発クエストみたいな事が起きるかもしれないですからね! その時お役に立てるよう、ギルマスの傍におらねば!


 それにしても、皆の返事が弱い。なんでだろう?


「シホ……アイツはもしかして…………ゲイなの?」


 サトミさんの推薦で購入したナオさんが、シホさんになにか耳打ちしている。


「そ、そんなわけないでしょう! ……ないはず」


「ん?」


 シホさんがこっちを見て、なにか疑いの目を向けているような気が……?



●●●



「この通路、やたら罠が多いな。罠解除」


 巨大な(あぎと)が壁から出現し、ガチン!! という無骨な音を響かせて消え去る。


 これで、この通路だけで十一個目。

 その代わりなのか、モンスターが一切出てこないけれど。


 他の通路が平均二つくらいだったのを考えれば、この奥に盗賊の頭領とやらが居る可能性は高そうだな。


 もしかしたらなんらかの仕掛けを見逃したのかもしれないと不安になってきていたから、ちょっと安心。


「安全エリアだ」


 狭い通路の中腹が膨らんだように広くなっており、八畳くらいの広い空間は安全エリア特有の明るさで照らされていた。

 

 まだ昼には早いし、少し休んでから先に……。


 グギュルルルルルギュオオオォォォ!!


「…………トゥスカ?」

「ご主人様、恥ずかしいからって私になすりつけるのはやめてください」

「いや、俺じゃないぞ?」


「「……へ?」」


 俺とトゥスカの視線が、一人の少女に注がれる。


「…………ご、ごめんなさい」


 犯人はメシュでした。


「「……ご、ごめん」」


 そういえば、なにかに集中しているときはお腹が鳴らないって聞いたことがあるな。


 俺もトゥスカもかなり神経を研ぎ澄ませていたし、三人の中でメシュがお腹を鳴らすのは当然か。


 動きが鈍らないよう、今朝は特に軽めで済ませたし。


「お昼ご飯……食べようか」

「うん!」

「フフ、すぐに用意しますね♪」


 台のように平たい岩に俺が毛布を敷き、そこにトゥスカが皿を並べ、幾つかの鍋から料理を盛っていく。


 もう少し、鍋があった方が良いかな?


 そうすれば、すぐに食べられるメニューを増やせるし。


 ダンジョンに潜ってまだ数日だけれど、さすがに同じ物を食べ続けてたから飽きてきた。


「じゃあ、食べましょう!」


 俺とトゥスカが、それぞれのやり方で手を合わせる。


「「いただきます」」

「…………」


 メシュが固まったまま、いただきますを言わない。


「どうした?」

「ど、どっちが正しいの?」


 メシュが手の平を合わせたり、手の平に拳を合わせたりを繰り返している。


 昨夜も今朝も、俺は一緒に食事をしていなかったから、メシュはトゥスカの真似をして食べていた。


「どっちでも良いさ。大事なのは気持ちだ」


 むしろ、気持ちの無い礼をする方が失礼だ。


「じゃ、じゃあ! いただきます!」

「あ」


 メシュはトゥスカとは逆の拳を手の平に当てて、目を瞑った。


 今のトゥスカの反応はなんだ?


「ちゃんと食べ物に対する、命に対する礼の気持ちを込めたか?」

「うん! ちゃんと込めた!」


 ちょっと疑わしい……って、相手はNPCなんだから、気にする必要なんて無いだろう!


「早く食べよう!」

「トゥスカお姉ちゃんの美味しいご飯、メシュが全部食べちゃう!」


 満面の笑みを浮かべ、食べ始めるメシュ。


 作り物だと分かっていても、微笑ましいと感じてしまう。


 ……俺とトゥスカは、本当に本物なのだろうか?


 本物だと思わされているだけの偽物。例えば、脳や肉体データをコピーして、仮想空間に再現されただけだとしたら?


 今見ているこれらが、全て夢やまやかしだとしたら?


 そう思うだけで、自分という存在が薄っぺらい物に想えてしまう。


「お兄ちゃん、食べないの?」

「え? ……ああ、食べるよ」


 また、妙な感覚に襲われてしまっていた。


 メシュと居ると、自己が歪むような……崩れてしまうような感覚に襲われる。



            ★



「寝てしまいましたね」

「五歳くらいだもんな。お昼寝は当然か」


 俺の膝の上で眠るメシュ。


「可愛いですね」

「だな」


 本当に生きているかのようなぬくもりを感じる。


「そういえば、メシュが手を合わせた時、変な反応をしてたよな?」

「ああ……手が逆だと、違う意味になってしまうんですよ」

「違う意味?」


 トゥスカが左手の平に右拳を合わせる。いつもトゥスカがやっている方だ。


「私が暮らしていた地域では、こっちは感謝や歓迎の意味になります」


 手の平と拳が逆になる。


「こっちだと拒絶の意味になってしまうんです。認めないとか、関わるなとか。つまり絶縁、悪い意味での別れの挨拶なんです」


「そうだったのか」


 トゥスカと俺が育った文化は違う。


 もう少し、互いの事を知る努力をした方が良さそうだ。


 次の村やら町やらに着いたら、色々聞いてみよう。


「私はあまり気にする方ではないですけれど、大人の中にはやたらしきたりを守れとしつこいのが居たので。その割には、なぜそうするのかとかは全然教えてくれないんですけど」


 形式ばかり気にして、意味を理解していないタイプ、もしくは他人を思い通りにコントロールしたいだけのタイプかな。


「多分、他人を従えることで悦に浸りたい人間だったんだろうな」

「ご主人様もそう思います?」

「トゥスカもか」

「フフ。やっぱり気が合いますね、私達」

「だな」


 メシュを起こさないよう小さな声で、俺とトゥスカは他愛のない会話を繰り返した。


自己が歪む感覚は実体験を元に書いてます。寺の位牌置き場に入ると特に強く襲われてましたが、リフォームされた後はほとんど無くなりました。

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