332.亡者の怨嗟は祟り憑く
「……強い」
ジュリー様とスヴェトラーナさんが与えた傷が、見る見る塞がっていってしまう!
「私が!」
“蒼穹を駆けろ”に、六文字刻む!
スゥーシャとの訓練のおかげで、六文字なら実戦で充分に使えるくらいにはなりました。
《貸して》
女の人の声……それとも男の人?
《貴女の身体、ちょっとだけ貸して》
頭の奥の方で、微かに響いた!
「この感じ……」
街を回っていたときに不意に感じた――あの怖気と同じ!!
《――良い物あげるから、ちょっとだけ貸してね》
さっきよりも声が大きく聞こえてきたと思ったら――一気に私が呑み込まれていくッッッ!!
これ……神代文字を刻む時以上の――誰かの負の感情がッッ!!
「――”チャランケカムイ”」
私じゃない誰かが、私の身体を使って……淀んだ青紫のオーラを……纏ってしまった。
『ぅあああああああああああッッッ!!!』
私の意思や想いを封じ込めるような絶叫ののち――荒れ狂う靄の鞭へと突っ込んでいく私の身体!?
『”逢魔槍術”――オミナスチャージぃぃッッッ!!』
靄を突き破って、巨漢のモンスターの胸に槍を突き刺しながら激突した!!
この流れ込んでくる感情は……憎悪?
しかも、一人や二人じゃない……何十、下手をすれば百人以上かも。
『なーにすんだ――よぉぉぉッ!!』
――拳を横合いから見舞われ、吹き飛ばされる私の身体!
でも、痛みなんて感じていないかのように即座に反撃に!
『武器変換――“亡者の怨嗟は祟り憑く”ッッ!!』
私の“蒼穹を駆けろ”の代わりに出て来たのは……私が持っていないはずの、禍々しい朽ちた樹木のようなランス!!
『気味が悪ーんだよぉぉ!!』
『“冥界の波動”ぅぅぅッッ!!』
私が使えないはずのスキルを使って、襲い来る靄を黒灰色の波動が弾き消した!?
『“逢魔槍術”――オミナスストライクッッッ!!』
頭に突き刺して仮面の半分を砕くも、靄の男性は倒れない。
『ちょ、調子に乗るんじゃねーよッ、獣人風情がぁぁぁッッ!!』
男性の身体から角や牙のような物、人の手脚などが飛び出してきて――肥大化していく!!
『ぅあああああああッッッ!!!』
私の槍から朽ちた樹皮のような靄が噴き出し、無数のランスとなって男を穿ち続ける!
《足りない……力が――足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りないィィィィッッ!!》
この人達……恨みを晴らしたいだけなんだ――だったら、この人達の想いに応えてあげたい!!
『……ああ』
意識を集中させ――怨嗟の槍に神代の力を十二文字刻んだ!!
『――――“神代の怨嗟天罰”ぅぅぅぅぅぅッッッ!!!』
『嘘だぁぁぁぁぁぁああああああああッッッ!!!!』
槍に“魔眼”のような禍々しい黄色い眼が幾つも生えたその瞬間、槍から黒灰混じりの青白い光芒が掃射されて……靄の男性は……跡形もなく消し飛んでいました。
《ありがとう》
《ありがとう》
《ありがとう》
《ありがとう》
《ありがとう》
《ありがとう》
たくさんの人の感謝と共に、多くの人達の想いが浄化されながら私の中から消えていって……星の宙へと還っていった。
「……良かった……ですね」
そのまま、私は一気に意識が遠退いて――
●●●
「行くぞ」
夜が明け始めて間もなく、俺達は四人で隠れNPCと契約可能な場所、”荒廃の大地の村”の端にある洞穴へとやって来た。
「マリナ、頼んだ」
マリナの手には、ここの隠れNPCとの契約を可能とするアイテム、“鉱夫転職書”が。
俺が”橋の砦町”から出る際に、カウンター下に隠されていた宝箱から回収した物の一つ。
「じゃ、じゃあ……やるから」
緊張した様子のマリナが、洞穴の中にある木彫りに向かって紙を翳す。
○“鉱夫転職書”を使用しますか?
チョイスプレートが表示され、マリナはすぐにYESを選択。
○以下から一つを選択出来ます。
★ゴールヌィをパーティーに加える。
★山の主のサブ職業を手に入れる
★山の守りてのスキルカード・警鐘のスキルカードを手に入れる。
「じゃ、じゃあ……上から三番目を選ぶから」
こうして俺達は、隠れNPC固有のスキルカードを二枚手に入れた。
「おい、囲まれたぞ!」
早々に引き返すと、洞穴の入り口に居たエリューナさんから切羽詰まったような声が。
二人で、急いで洞穴の外へ!
「ミキコを返せ!」
凄い破廉恥な格好の曲刀使いが、女性の名を叫ぶ。
エリューナさんですら手こずったという高Lvの女集団が、この場所を取り囲んでいた。
「おい、私を名前で呼ぶな! チエリ!」
昨日、俺に負けて捕らえられたミキコという女性が叫ぶ。
現在彼女は、縛られた状態で、エリューナさんによって首に短剣を当てられていた。
「彼女を返しなさい、汚らしい男よ」
「初対面なのに、酷い言われようだな」
二十代前半くらいの女性で、派手な青味のドレスに、紺色の短髪が特徴的な女性が前に出てくる。
「美しき美女を二人も囲おうという男など、汚らしいに決まっているでしょう!」
あの女が、このレギオンのリーダー、タマコ。
女だけの集団で、《ザ・フェミニスターズ》などという名前……まあ、そういう事なんだろう。
「勝手なことを言うな。二人の意思を捻じ曲げて捕らえようとしているお前達の方が、よっぽど穢らしいだろう」
「貴様、タマコ様を愚弄するな!!」
「タマコ様を穢らわしいなど!」
「万死に値する!!」
全然話をする気が無さそうだな、コイツら。
昔のサトミが、なんだか可愛く思えてきた。
「取り引きだ。この女を返して欲しければ、私達を見逃せ!」
エリューナさんが交渉を始める。
「……嫌だと言ったら?」
「――この女を殺して、徹底抗戦を始めるだけだ。意地でも数人は殺してやる」
もの凄い洗練された殺気に、敵ではない俺まで気圧されそうだ。
「…………良いでしょう。ミキコを無事に返すのであれば、一時間だけ手を出さないと約束します」
「タマコ様……私のために」
一時間……約束を守る気があるからこその、リアルな時間な気もするけれど。
「《ザ・フェミニスターズ》に厳命します。一時間の間は、彼等に手を出さぬように」
「この女は、村から出て暫くした場所で返す」
「それは呑めないわ。今すぐに、この場で解放しなさい。でなければ――どんな犠牲を払ってでも、貴女達を殲滅します」
エリューナさん程じゃないけれど、真に迫った迫力がある。
「エリューナさん、条件を吞みましょう」
「本気か?」
「ええ。高級軍馬」
橋の砦町のロードナイトを倒して手に入れた、“騎士の高級軍馬の指輪”で呼び出した武装白馬に跨がった。
「マリナ」
「う、うん」
マリナの手を引き、俺の前に座らせる。
「エリューナさん」
「すぐに追い付く。馬を走らせろ!」
俺が馬を出して数秒後、人質を解放したエリューナさんが空を駆けて追い付いてきた。
万が一、人質を殺すかもと冷や冷やしていたけれど、ちゃんと生きたまま解放してくれたようだ。
理不尽には理不尽で返すけれど、約束をこちらから破るのは嫌だったから……。




