306.新たな戦闘スタイル
「じゃあ、次はコレを使わせて」
メルシュがモモカに、メダル二枚と複数枚のスキルカードを渡す。
「それは?」
「魔神・脳筋鶩から手に入れられる“脳筋野郎”と、魔神・琥珀樹の“樹液人間”のサブ職業、それと魔神・強壮守宮の”強壮再生のスキルカード”だね。他にも、常時適応タイプの基礎能力強化系を色々ね」
「その魔神から得た奴って、どういう効果があるんだ?」
「“脳筋野郎”は、全ての攻撃スキルの威力が半減する代わりに、武器や素手による攻撃が大幅に強化される戦士専用のサブ職業だ」
ジュリーが説明してくれる。
「TPやMPを節約したい時なんかは悪くないけれど、ほとんど使い道は無いかな。私達は人数も多いし」
「余程追い詰められたりしなければ……か」
バニラのように戦闘スタイルを一極化させないと、デメリットの方が大きいか。
「”強壮再生”は、傷を負うとMPを消費しながら傷を治す効果があるんだけれど、再生中は身体能力も強化されるんだよ」
「それ、全員分あっても良いくらいだったんじゃないか?」
「いや、MP配分が狂わされるし、そこまで再生能力が高いわけじゃない。身体能力はまあまあ強化されるし、有用なスキルではある……痛みを感じないゲームならね」
「痛みで動きが鈍る俺達は、そもそも怪我をしないように立ち回るのが基本か」
ジュリーの説明に、ようやく得心がいった。
「使い所が限られるスキルに、一つ分の枠を取られるのは出来れば避けたいし」
「確かに」
俺が今使えるスキルは最大三十。
既に、幾つかのスキルを予備スキル欄に回している状況。
「“樹液人間”のサブ職業は、血液の代わりに樹液を出し、痛みも抑えられる」
「“強壮再生”と相性が良いってわけか」
一つのパーティーだけならどちらかしか手に入れられないってのは、なかなか意地悪だな。
「マスター、ジュリーの言うことは素直に聞くんだ」
「「へ?」」
珍しく、いじけたような事を口にするメルシュ。
「……な、なーんちゃって」
もしかして今の発言、無意識だったのか?
「意外と、可愛い面もあるんだね」
「日常でこういう面を見せるのは、確かに珍しいな」
「な、なによ……もう」
本当に珍しく、素で照れている様子のメルシュ。
「コセ、コレを渡しておくよ」
ジュリーが実体化させたのは、ブラウンと黒の厳ついブーツ。
「……格好いい」
「昨日のクエスト中に宝箱の中から見付けた、“地天衝のブーツ”Aランク。”紫雲猿の靴”と感覚は違うだろうけれど、空で発動できる”瞬足“、“空衝”が使用できるよ」
「どうして俺に?」
「こ、コセに似合うと思って」
今日は、意外な人間の照れ顔が見られる日だな。
「それに、“紫雲猿の靴”は見た目的にちょっとミスマッチ感があったし」
「ああ……」
それは、俺もちょっと気にしてたけれど。
「ありがとう。ありがたく使わせて貰うよ」
あとで、使い勝手を確認しておくか。
取り敢えず、チョイスプレートを操作して靴を履き替えてみる。
「悪くない履き心地だ」
金属のパーツがあるせいか、”紫雲猿の靴”よりも重い。
底は厚めで、コッチの方が歩きやすい気がする。
この重さには、早めに慣れておいた方が良さそうだ。
「他にも、空を思いっ切り踏み締められる効果もあるから、コセの空中戦闘の幅が広がると思う」
少し試してみる。
「おう、ちょっと慣れが必要だな」
微妙な力の入れ具合で、空を踏めるかどうかが変わるのか。
「これなら空でも、地上と同じ感覚で剣を振れそうだ」
マントが無い方が身体全体で剣を振りやすそうだし、予想以上に今までよりも戦いやすくなるかもしれない。
「それと、これは”傷減のお守り”。少しだけだけれど、どんなダメージも軽減してくれる」
「どんなって……結構良いお守りなんじゃ」
お守りは大抵、ピンポイントで効果を発揮する物と聞いていた。
「レギオンリーダーであり、メルシュと契約しているコセは絶対に死んではならない。だから、コセには少しでも生き残れるように装備やスキルを優先させたい」
「ジュリー……」
嬉しいような……寂しいような。
もし、トゥスカ達レギオンメンバーの……妻やモモカが命を落としたとき……俺は耐えられるのだろうか。
「ユイさんにはこちらを」
「腕輪?」
ヨシノが、ユイに差し出す。
「“巨太刀の神降ろしの腕輪”、Sランクです」
「なんか凄そう」
「“太刀神降ろし”を一度発動すると、太刀の刀身を十倍に出来ます。ただし、使用中はTPが減り続けますのでお気をつけを」
「それ……まともに振れるかな?」
十倍の重さになったら、ユイの強みを殺すことになってしまいそうではある。
そう言えば、高速での近接戦闘に特化しているのはユイとクマムくらいなんだな、このレギオン。
「あれ、ヨシノの靴、いつの間に変わったの?」
「良く気付かれましたね、マスター。これは“生命の根のロングブーツ”、Aランク。基本性能は大した事ありませんが、土や水に触れているとTP・MP・肉体をほんの少しずつ回復してくれます。魔法のダメージも少しだけ軽減してくれるのです」
うっすらと青緑味を帯びた、樹皮のような白い靴か。ヨシノによく似合う。
「連れて来たよ」
シレイアとフェルナンダが、レリーフェさんと共に戻って来た。
「……凄い武具の数だな」
「レリーフェには、これを渡しておくね」
「これは……“アールヴの風弓”か。だが、私にはこの弓、“森は木漏れ日に包まれて”がある」
「「「出た」」」
「な、なんだ?」
みんな、そのレベルのネーミングセンスに敏感になっているよな。
「風属性で攻撃するならコッチの方が威力が出せるから、状況に応じて使い分ければ良いんだよ」
「そぉです。武器の特徴、理解はとてもぉ、大事!」
「頭が良くないと、適切に使いこなせないかもしれんが」
「わ、分かったわ! どんな弓も使いこなしてやろうじゃないか!」
メルシュにクリス、メグミの言葉に、投げ槍に折れるレリーフェさん……ちょっと可愛いと思ってしまった。
レギオンメンバーの中で、雰囲気が一番大人っぽかったからかな?
「シレイア、これ使って」
「大盤振る舞いだね、メルシュ。“古代弓使い”のサブ職業に“武将の黒馬の指輪”。それに“ウォーグリーブ”か。良いね」
黒い皮に、同じ光沢の金属パーツがくっ付いたタイプの靴か。俺の新しい靴に少し似ている。
「”火喰い鳥の甲脚”を外したから、鎧欄が空くね」
「ああ、そっか。“ウォーグリーブ”はその他装備でも良かったっけ。うっかりしてた」
「なにか代わりになるのはあるかい? 出来れば、軽めの鎧が良いんだけど」
シレイアの装備、大分変わりそうだな。
「なら……これはどう? ”狂獣の胸当て”」
牙が乱立したような、恐ろしいタイプの胸鎧……あれ、自分が怪我しそう。
「良いのがあるじゃないか」
「魔法を使えないシレイア向きだね」
「筋力の強化と引き換えに、魔法の威力を半減させるんだったね」
「シレイア、あんまり弓を使ってなかったしね」
ユイに合わせるのもあって、近接戦闘重視にしてたのかな?
以前、アマゾネスの得意武器は弓みたいな事を言ってたし。
「良い馬も手に入ったし、基本は馬上で戦うのもありかね」
「おい、メルシュ。私に、武器を召喚する指輪をくれ」
声を掛けてきたのはフェルナンダ。
「あれ、直接武器を振るうのは嫌がってなかったっけ?」
「誰がそんな事を言った。私はただ、これまでは後方に徹するつもりだっただけだ。だがルイーサが傍に居ない場合、このままでは力任せの敵に対抗するのは難しいと考えを改めることにした」
そう言えば、ルイーサと離されているときに青い鎧の男に襲われたんだったか。
今更だけれど、隠れNPCも決して完璧なんかじゃないんだな。
知れば知るほど、本当に生きている人間みたいに思えてくる。
そんなこんなで、アイテム分配は夕方近くまで続いた。




