301.獣の浮浪児バニラ
「コセー!!」
俺がノーザンと一発ヤ……お風呂から上がって食堂に行くと、モモカが駆けながら抱き付いてきた。
お風呂に入っていたからか、珍しく寝間着姿。
「元気いっぱいだな、モモカは」
「今日ね、新しいお友達が出来たんだよ!」
「それは良かったな」
例の、バニラって女の子だっけ。
いったいどんな子なのか。
「おいで、バニラ」
「キャウ!」
モモカと同じ寝間着姿で……まるで犬のように駆けてきた、長い赤髪の少女……この子がバニラ?
モモカよりは身体が大きいけれど、明らかに俺より年下。ちょうど俺とモモカの間くらいか?
「ハー、ハー、ハー、ハー」
舌を出し、犬のような呼吸を繰り返すバニラ。
「へと……犬のごっこ遊びをしてるのかな?」
違うとは思いつつ、可能性がありそうなケースを当たる。
「ううん。バニラは喋れなくて、動物さんのように動くんだよ! 可愛いでしょ!」
俺にはむしろ、違和感が凄くて怖いくらいなんだけど……。
「モモカ、この子はいったい……」
「怖い人から、モモカを助けてくれたんだよ! よくわからないけれど、ずっと一人だったみたい。森の方にママが居るみたいだけれど」
そう言えば、祭壇とは別の方角、王都の外側に森が広がってたな。
「クエストが終わったあと、モモカとは一度離れ離れになったようだけれど、わざわざ匂いを追って会いに来たようだったわ」
ザ・大和撫子という感じの美少女、サトミが説明してくれる。
「でも……この子に、いったいなにがあったのかしら?」
「少なくとも、彼女はこのダンジョン・ザ・チョイスで生まれた子でしょう」
そう言ったのは、寝間着姿で現れたドライアドの隠れNPC、ヨシノ。
「もしかして……モンスターに育てられたとか?」
狼に育てられた子供は、まるで本物の狼と同じように生きると言うし。
「ちょっと考えがたい事ですが、あり得なくはない……というより、状況的にそうとしか考えられないですね」
「でも、この世界のモンスターって本当に生きているわけじゃないんでしょう? 子育てなんて複雑な行動が出来る物なの?」
「ええ、そこがこの説を否定してしまう部分ではあるのですが……」
サトミもヨシノも、困惑を隠せないらしい。
「色々特殊な事情があるみたいだね、その子」
会話に参加してきたのはメルシュ。
「一週間に一度の納税をクリア出来ないと、強制的に奴隷にさせられてしまうはずなんだけれど……その子、所持金が凄いうえにアイテムを色々持っていて……」
メルシュが、なぜか言い淀んでいる?
「その子……Lvが55なんだよね」
「55……」
「あらま」
「凄まじいですね」
俺達の中で一番Lvが高いモモカよりも、更に上?
「Lvだけで言ったら、年少コンビが一番強いっていうね」
メルシュ、地味に悲しいから止めて。
「じゃあ、頑張ってお姉さんが色々教えてあげようかしら? まずは、お箸の持ち方からで良い?」
「言語からの方が良いのでは? 言葉が発せなければ、ろくにスキルなどを使用できませんし」
「……いや、そういうのは止めておこう」
サトミとヨシノの案をやんわりと却下する。
「あら、良いの? 即戦力に出来たかもしれないのに」
「狼に育てられた子供を保護して、人間らしく生活させようとした結果……過剰なストレスのせいか、早死にしてしまったという話を聞いたことがある」
とても嫌そうな様子だったそうで、その子供は大きなストレスに晒されていたはず。
結局、人間らしく生きられるようにしようとしたこと事態、人間側のエゴの押し付けだったって事なんだろう。
モモカの手のお菓子を、顔を近付ける形で直接食べてるし。
「ちょっと心は痛いけれど、ペット用のご飯入れかなにかをコンソールで探してみよう」
「では、彼女は戦力と思わない方が良いかもしれませんね」
ヨシノの言葉に同意しようとしたその時、メルシュの不適な笑みが見えた!
「め、メルシュ?」
「まさか、私が考えていたプランに、こうまで打って付けの子が現れるなんてね」
……その悪そうな表情の下でいったいなにを考えているんですか、メルシュさん。
★
夕食時、フェルナンダを除くいつもの面子に加え、レリーフェさんとバニラも食卓を共にすることに。
「見たことのない食事が多いな」
「食べたいのがあったら言ってね。私が、レリーフェちゃんの分まで取り分けちゃうから♡」
サトミ、レリーフェさんに対しても安定のちゃん付けなのか。
「エルフは菜食主義だから、野菜だけで頼む。魚などの、動物でダシを取っている物もダメだ」
「あら、それだとほとんど食べられなくなっちゃうわね」
菜食主義者……か。
「まったく食べられないというわけじゃないんですよね?」
「まあな。だが、身体に合わないのは確かだ。敏感な者は、肉や砂糖に対して拒絶反応を起こす場合もある。私の副官がそうだった」
「副官?」
「……私は、エルフ族を守護する六つの騎士団、そのうちの一つの長だった」
そんな彼女が奴隷だったという事は……。
「私が率いた森の騎士団は、デルタとの戦いに敗れて壊滅した。半数は落ち延びたと信じたいが……生き残った半数は、奴等に捕まってしまった」
どこか遠いところを見て、慚愧の念に駆られているようにも見えるレリーフェさん。
「湿っぽい話をしてしまったな。ところで……あれはどういう事なんだ?」
レリーフェさんが酷く嫌悪感をあらわにしているのは、バニラに対して。
予想通り、バニラは犬や猫のように三つのボールに入ったオカズやスープを床で食べている。
お尻を覆うくらいに長い赤髪を揺らしながら、筋肉質な手脚を四つん這いにした状態でガツガツベチャベチャと。
舌の使い方からして、どちらかと言えば猫かな?
「ああいう扱いをされている奴隷を見たことはあったが……まさか、神代文字を使うお前達がこんな!」
「いや、違うんだ。その子はなんというか……」
どう説明したら良いんだよ、これ。
俺達だって、バニラの事をなにも分かっていないのに。
「バニラ、もう全部食べたの? 偉ーい!」
「キャウ~♪」
モモカが撫で撫ですると、笑顔を振り撒くバニラ。
俺だって、複雑な気分になるよ。
「一応、皆にも説明しておくね。この子はバニラって名前で、クエスト中にモモカを助けてくれたらしいんだけれど、この通り獣のように振る舞うし、喋ることも出来ないんだよ。でも、無理に人間らしく振る舞わせようとはしないでね。酷いストレスを与えちゃうかもしれないから」
メルシュが、事情を知らない皆にも簡潔に、俺の意を汲む形で説明してくれる。
「懐いているモモカと、パーティーは固定にした方が良いだろうな」
とはいえ、他の人間と連携が取れるのか心配だ。
モモカも含めて、攻略不参加の方向に持っていけないだろうか。
「もしや……浮浪児の獣?」
「レリーフェさん、なにか知っているんですか?」
「森の方に行くと、獣のような子供の姿をしたモンスターに襲われると、奴隷を買いに来た奴等が口にしていた事がある……仲間がやられたとも」
バニラ……殺した人数は、一人や二人じゃないのかもしれない。
「大丈夫だよ、バニラは。私の言うこと聞いてくれる良い子だもん!」
お口を拭いてあげるモモカ……これじゃあ、ペットと飼い主の関係まんまだな。




