293.シャドーのシェーレ
「ちょっと!」
黒髪ショートカットの、白灰色ピッチリ服を着た少女が――いきなり私に襲い掛かってきた!
「やりますね、和服の方」
「……そっちこそ」
黒くて薄い、刀身の広い刀のようにも見えるけれど……形が常に不安定な得物。
十中八九、高ランクの特殊な武器。
「で……なんで襲ってくるの?」
「貴女は、元奴隷の主。元主の方が数が少ないでしょうから、一人でも多く殺し、さっさとクエストを終わらせようかと。装備も高ランクのようですし」
考え方が物騒すぎる……私も、同じ事考えてたけれど。
「というわけですので――死んでください」
墨汁のような太刀を、鞭のように振るってきた!?
――紙一重で躱し――石畳を容易く切り裂いてしまう!
「よく反応できましたね」
シレイアさんの攻撃に少し似てたから、咄嗟に反応する事が出来ただけ。とんだ初見殺しだよ。
「”太刀風”」
あの不定型な武器に対抗するには、風をぶつけて弾くべきと判断。
「”影傀儡”」
彼女の影から無数の触手が出て来て、勢いよく私を貫こうとしてきた!?
「――ハッ!!」
降り下ろしから眼前でスナップを利かせ、前方に強烈な風を叩きつけて触手を弾く!!
「”黒影魔法”――ブラックシャドーニードルズ!!」
「”逢魔の波動”!!」
黒の波動を撒き散らすことで真っ黒な針全てを弾き飛ばし、一気に距離を詰め――互いに突きを放つ!!
「……お見事です」
「……へ?」
紙一重の差で彼女の胸を突き刺したのに……手応えが無い。
白いポリゴンのような物が散りながらも、痛みなど無いかのように振る舞う敵の少女。
「どうやら貴女は、私が所属するレギオンの同盟相手だったようですね」
「同盟……相手?」
……なにそれ。
「失礼しました。お名前と所属レギオンを聞いても?」
武器を下げ、敵意が無い事を示す少女。
「えっと……ユイ、《龍意のケンシ》ってレギオンだよ」
「ジュリーさん達のお仲間でしたか。私は隠れNPCのシャドー、シェーレと申します。《日高見のケンシ》所属です」
それって、カオリお姉ちゃんと同じ……。
「同盟って言うのは?」
「レギオンの団長同士が、同盟を結ぶことです。私達は同盟を組んだ者同士だったので、貴女の刃は私を仕留めることが出来なかった。逆も然りです」
そういうシステムがあったんだ。
「おい、居たぞ!」
顔立ちやスタイルが良い人達が……あっという間に私達を取り囲んでいく。
「悪く思わないでください、異世界の方」
「高貴な種族である我々が、奴隷扱いなど許されない!」
解放されるために、私を狙ってるんだ。
ていうか、この人達が本物のエルフ……顔が綺麗すぎて、まるでゲームキャラみたい。
「なら、私も加勢させて貰っても良いかしら?」
カオリお姉ちゃんが、ヌルッと私とシェーレの近くに現れる!
「あの……どなたでしょう?」
「同じレギオン所属のカオリよ。よろしく、シェーレ」
シェーレが視線で確認してきたから、頷いておく。
「お姉ちゃん、本当は近くで見てたんでしょう?」
「あら、バレてた?」
タイミング良すぎるなと思って言ってみただけだったけれど……本当に見てたんだ。
「ごめんなさいね、シェーレ。貴女がこちらの所属か確かめるまでは、敵対するわけにはいかなかったの」
「当然だと思います」
て、私の事は良いの?
「この人数を前に、なにを暢気に話している!!」
「八人くらいなら、私達だけでもなんとかなりそうね」
「なんだと、貴様!!」
お姉ちゃんが焚き付けちゃったよ。
「まあ……そうだろうね」
この人達、全然達人って感じがしないし……たぶん、大したことない。
「行くわよ、二人とも!」
「舐めるな、異世界人!!」
カオリお姉ちゃんの合図で、エルフ達との戦闘が始まった。
●●●
「ヒヒヒヒヒヒ!! お嬢ちゃん……可愛いねぇ~」
怖い男の人が、剣を片手にこっちに近付いてくる。
あの人のオデコ……トゥスカのお胸にあったのと同じのが浮かんでる。
「いや!!」
「そんなに嫌がられると……むしろ――興奮しちゃうじゃないかぁぁぁぁッッ!!!」
「下がって、モモカ!!」
「この男は、私達が!」
ローゼとマリアが私を守ろうとしてくれた瞬間――なにかが男の人に飛び掛かった!!?
「こ、コイツ、まさか! ――浮浪児の獣!!? な、なんでこんな所に!?」
「見ちゃダメ!!」
男が組み伏せられて――喉に小っちゃな剣が刺さっていくのが、マリアが遮る直前に……一瞬だけ見えた。
マリアの手がどけられると……そこにはもう、男の人は居ない。
死んだんだ、あの人。
「……こっちに来る」
ローゼの警戒した声を聞いた瞬間、なんでか前に出る私。
「キャウーン! キャウーン!」
私よりも大っきくて汚らしい子が、まるで動物のような鳴き声を発しながら……サタちゃんみたいな動きで近付いてきた。
「モモカ、下がって!」
「ガルルルル」
マリアの声に怯えて、低い声を出し始めちゃった!
「シー、静かにして」
ゆっくり近付いて……撫で撫でしてあげる。
「キャウーン。キャウーン♪」
「この子、キンちゃんみたいで可愛い!」
でも、スッゴく臭い!
「この子、人間なの?」
「武器を使っているけれど……人の言葉を発する事は出来ないみたいね」
あ、そうだ!
「ねーねー、この子とパーティーを組んでみたい!」
「モモカはパーティーリーダーじゃないから、まずはパーティーから抜けないといけないけれど……どうする気?」
「良いから、やり方教えて!」
ローゼ達に言われたとおりにして、臭い子にパーティーを組むためのチョイスプレートを送る。
「キャウ?」
「こうするんだよ」
手の動きで操作を教えて、なんとかパーティーを組むのに成功ー!
「この子、バニラって名前なんだ」
”意思疎通の首輪”をあげて、私と一緒に装備して貰う!
そうしたら、バニラの気持ちがいっぱい……私の中に流れ込んできた。
●●●
「……強い」
黒尽くめの人間が、異世界人の人間の攻撃を避け続けている。
あの服装は、”隠者の装束”Aランク。
気配を大きく消してくれる代わりに、装備の制限が厳しいという、使い勝手があまり宜しくない衣服。
「クソ! 変な動きしやがって!」
男の剣を脱力したような動きで避け――次の瞬間には、喉に拳を叩き込んだ!!
『これで、能力の大半は封じた』
「ぐ……ぐそぅ……」
苦しむ男の腕の関節を決めて組み倒し……喉に短剣を突き刺す。
あれは、コサックダガーの類いでしょうか――。
『……おのれ』
同じ”隠者の装束”を身に着けた人間が私を狙うも、近場の植物で網を張っていたため奇襲を防げました。
「その声、女性でしたか」
こちらも得物は短剣で、蔦を切り裂き離れていく。
『どうした?』
『あの女、周囲の植物を操っています』
合流されてしまいましたか。
『奇怪な容姿。この世界の種族か?』
『とうに滅びたとされる、ドライアドに特徴が似ていますが…』
『なら、隠れNPCとやらだろう。我々のターゲットの範囲外だ。行くぞ』
『判りました』
二人が退いてくれる。
「……助かりましたね」
煉瓦だらけのこの街で、数少ない植物の密集地を早々に見付けられたのは運が良かったです。
それにしても、彼女達の言うターゲットとは一体……さっきの男性は、額に奴隷紋が無かったのに。
「彼女達の狙いは判りませんが……誰かが来てくれないと、最弱の私はここから動けない」
マスター・ユリカ、どうかご無事で。




